冷やし中華食べたい、革命中なのに #24
24話 カセット
支払いはこれでと渡されたのは、さゆちゃんのへそくりチャージャー。トリマー時代貰ったチップを貯めてたものだという。
根っから周到なひとだ。ついつい余計なものまで買いすぎてしまったけれど、お陰で履歴を残さず、ベビー用品を集めることが出来た。
サーチ。へそくり、臍繰り。紡いだ麻糸(綜麻)をこつこつ巻き取る作業で貯めたわずかな金子。
さゆちゃんの器用な指が絡めた謎のコードは、ノンブリちゃんのおへそを手繰った命綱だったかもしれない。走るあなたはなんにも考えてないので、ぼくはコンクリートを蹴るたびリズムを刻み、たいして重要じゃない考えごとをしてる。
けど、それどころじゃなかった。
今度こそ本当にぼくたちは、それどころじゃなかった。
帰宅してあなたがポンチョを脱ぐより早く、血相を変えたさゆちゃんがシリコンタッパーを持ち駆け寄ってくる。
クールで秘密主義な彼女に不似合いの上気した頬と、寝不足で白目に血管が浮く赤いウサギの目。
「さびおが寄ってくる前に隠そうとしたんだけど見て、これ」
「なになにただいまー。任務完了であります。尾行もノーマーク。ナイスランおれ」
「真面目に見て。これ知ってたか、ぱやちゃんに聞いて」
呼ばれてる。
あなたは全然見ない。切迫したさゆちゃんの額から小鼻のあたりを珍しげに眺め、ノンブリちゃんを視線でウロウロ探し、荷物を出そうとする。
「スペちゃんとさっき検卵モジュール通したけど、組換え医療資材だって。アイスベイビーとかの補填材」
「これなに卵のカラ?昨日の?」
「そう。中見て早く、ピンクの字。ねえそれ靴下?足まだちぎったモッツァレラチーズ位だよ?」
「ちぎらないでー」
ようやく覗きこんだのは3つに割られた夕べの卵殻で、さらに乾いたせいで褪せたローズピンク色だ。さゆちゃんの指先がそのひとつを傾けた途端、バチンと一度ぼくが爆ぜた。
「線、線、数字……ん?これバーコード?なんでバーコード?」
「わかんない、ぱやちゃんにも読ませてほしい」
濃いピンクが滲んだ数列。今のバチンはなに?
さゆちゃんの短い息継ぎはヨーグルトの匂いがする。ポッドに入らず、ノンブリちゃんに付きっきりだったのかもしれない。ご飯を食べてないのかも。そういえばあなたも食べてないし、さらにそういえばで、昨日は卵も産んだ形跡がない。
『ぱやちゃんこれ商品化されてるんだけど』
違います。ぼくも今びっくりしてしまいましたが、これは末尾000Tなので、標準的な医療資材コードです。
『昨日あった?』
昨夜ワセくんが「記念品だからこれも洗って飾らねば」とシンクで洗った時は見た記憶がありません。殻に興味を持つヒマがなかったので。
『だよねだよね、おれも初めて知った。誰がこんなの打ってたんだろ』
産まれる前の卵に打てないと思うんですが……
バチン。また爆ぜた。痛い気がする。どこかが痛いよう。
「一応、冷蔵庫に残ってたワセくんの別の白卵を割って乾かした。けどなんにも浮かんでこないよ」
「んじゃこれだけ?ノンブリちゃんてば選ばれしスペシャルエッグ?」
「なにちゃん?なにちゃんて言った?」
「ノンブリちゃん!結構よくない?」
「良いわけないでしょナニソレどさくさに紛れて。なにこのバーコード全然選ばれてない」
「色々同時に怒らないで」
「ワセくんのメスダチョウが持ってたんだよ。カセットだっけ?交配種が植えられるやつ」
「持ってないよおれ。ダチョウも持ってない」
「産んでたじゃん毎日ポコポコ。産んでも産んでも食べるから、奥の手を使ったとか?」
「イヤぁ!」
『ぱやちゃんどうなってるんダチョウが!奥儀を!インナーで発動したらしい』
移植カセットは、交配種の腹腔内に設置される母床のことです。
『ボショーってだれ?』
母の床です。マミィズベッド。
『またメスぅ!うちのオオワシいつ仕事すんの!』
そうじゃなくって血管誘導材や、ええと……羽根を補修する予備細胞はそこから出して使ってます。
『わかんないお腹痛くなりそう』
ワセくんの羽根が抜けてもまた生え、腹毛も更新するのはそのカセットに鳥グッズ一式があるお陰です。お陰はおかしいですけど。
移植資材を生かしたまま置いておく母床。
ワセくんを材料にしながら、鳥を保つ生体資材だけ適時出す。
『しかもさ聞いた今の?おれまだ完全に許してないのに、ノンブリパニックでさらーっと流されてグサァーっと酷い言い草されてるんだけど!』
ぽこぽこ産む、は事実といえど本人に直接伝えるのは配慮に欠けてます。あとぼくそのバーコードを読むたびバチバチ苦しいです。
『大丈夫?寝不足だよね全員』
少し時間をください。
『いいよゆっくりで。おれノンブリちゃんチェックタイムしてくる』
ワセくん、どうせ変えるのに呼ばない方がいいですよその名前……
あなたはソファー下の即席ベッドへ向かう。すかさずさゆちゃんも大股で追いかけてきた。大人の大騒ぎを知らんぷり、赤みの引いた赤ん坊は、ピンクッション上のガーゼにちんまり仰向けでお休み中だ。
「可愛さがマシマシになってる!」
しぃー、寝てるの、と鼻にあてた人差し指でさゆちゃんに制され、お遣い帰りのお父さんは慌てて口をつぐむ。さびおのケージが音を立てて中から揺さぶられ、きっとたぶん、柵へしがみ付いてるに違いない。
入院診療計画書。診療明細。リハビリテーション総合実施計画書。
診断名。障害名。合併症、コントロール状態。ぼくはめくる。
運動障害。関節可動域。筋力低下。疼痛。上肢。肩甲帯。手術日。
違う、次。薬剤変更。免疫抑制。創部感染。
次。
次。
ぼくは検索と記憶の境目へ落ちる。末尾000Tは組換え卵形成スキャフォールド。誰でも調べられる。その先へ行かなくちゃ。
前じゃなく後ろ、ワセくんの過去。
卵になる前の卵原細胞へと誘導され、命になるより早く、おまえはここで未来を待て、と命じてくるのは誰ですか。
「ノンブリちゃん起きたらミルク飲むかな?」
「ちゃんと買えた?人間の赤ちゃん用?」
ベッド代わりの洗濯籠を両足で抱えこむあなたの背後から、さゆちゃんは首を伸ばし、不用意に触らないか監視してる。
「なんかねすごい親切な店員さん助けてくれた。トリ系もちょい買っといた、用意周到アピールで」
「わたし黄な粉と小松菜とさびおのペレット練って、緊急ダチョウご飯作っといた」
「さっすがさゆちゃんたら用意が周到のプロ!おれ試食する」
「ええ?絶対まずいよ」
「ノンブリちゃんのまずさを共に分かち合う」
「ひとんちの子に変な名前つけないでくれる?」
「でもさゆちゃん、のんぶりって最先端ぽいよ」
「いらないーそんな要素」
楽しそう……ひとんちの子だって。そっか、ここで生まれた赤ちゃんはさゆちゃんちの子なんだ。
ぼくは楽しげなリビングの会話から意識を無理やり逸らし、ワセくんの体を裏表まくり返す勢いで、発掘調査を再開する。ヘルスデータを手綱に日付けをさかのぼり、オペの前後に起きていたことを読み直す。
体内構成更新履歴。痛い。この辺かな?
あなたの受難に近づくほど輪ゴムで弾かれ、自責の念と疎外感が強まる。それを逆手に痛みの増減でダウジング。医療用語にぶつかればサーチ。羽根の根元が化膿したとき、原因候補を探し回った。
炎症時に何度も参照した移植資材一覧……あった。
《休眠性補填基材 1/1》
資材識別:****000T
詳細:内包資材につき非展開
拍子抜けするほど普通に、カセットの装備内容が羅列してある。
あなたの痛みを懸命に慰めながら、ダウングレード直後の霞んでしまったぼくはこれを見たんだ。そっか。そして、あなたを苦しめてる原因ではなさそうで通りすがった。眠ってるものにかまけてられなかった。あー。痛みで痛い。後悔する余地もないいじわるな仕様だ。
今度こそしっかりサーチ。人工卵子用の末尾000Tは、周囲から必要なものを集めて卵原細胞を支える、休眠性の足場材。なんだそれ。
製造時の識別コードがあるのはわかる。
ママ由来の卵子を作っても、卵で産まない女のひとの体内では役目を終え普通は消えるはず。ワセくんが卵でノンブリちゃんを産んだらうっかり、足場材まで殻へ巻き込んでしまい、そのナンバリングが現れ出でちゃった。
「あ、お目覚め」
あなたの声がする。ぼくはダチョウ。困った時はモーフィをかぶろう。
メスのダチョウ。飛べないけどリビングを自由に走り回ります。
施設を出て箱に入れられ、その箱も出ました。
日当たりが良くエアコンのしっかり効いた、快適な住処を発見。美味しい食事、静かでふかふかの寝床。新しい私の巣。
卵を形成しました。排出しました。でも胚がありません。
巣へ落としたはずの卵が消え、また形成。やっぱり胚がない。何度も繰り返し。
ぼくはダチョウ。産卵そのものには成功しているのに、繁殖だけが一度も完了しない。ラッピング工場はちゃんと動いてる。足りないのはギフトの中身だ。
持ってたはず。
この体に入るとき、私はそれを持たされたはず。
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