冷やし中華食べたい、革命中なのに #23
23話 ワセくんおつかいへ行く
『おれってそーとー渦中の人だと思うんだよね……寝起きに商店街行かされてる場合じゃなくない?ぱやちゃん』
誰よりも渦中ですよね。ただお店が閉まっては困るんで、とにかく急ぎましょう!
早朝の往来をあなたは駆ける。ナイト商店街まで一目散、脱兎でダチョウ、アーケードが見えたらギアを入れ、照りつける朝陽をものともせず。
『ぱやちゃんおれ速いんだけど足!』
ほんとですね!手術前も早かったのが、ここまで走力アップするとは大歓迎の副作用です。
『服もう乾いてきちゃった。けどこの作戦、結構涼しかったね』
脱水したての生乾き洗濯物を着てくるなんて冴えてますワセくん。さゆちゃんには止められましたけど。
『さゆちゃんはあれさ、やっぱ守るべきものが目の前ポポンと来てぴりぴりしてるんだよ。責任感強そうだし』
迂闊なことをして、ノンブリちゃんに何かあったら大変だから張り詰めて見えました。立派なひとです。
『ノンブリちゃん?』
あ、臨時のあだ名です。ハイスペさんと噂話をしてた時の。
『びっくりしたあ。ぱやちゃん昔カンブリちゃんだったから、兄弟ネーミングかと思った!』
ぼく、カンブリちゃんだったんですか??
『そう出世魚、頑張り屋だったもん。メダカちゃん、コハダちゃん、ハマチちゃん、で、中学出たあたりからカンブリちゃん』
出世ルート違うお魚ちょいちょい混じってますけど、順調に進化してたんですね。へええ。
『マッコウクジラちゃん辺りまで予定してた。ただまあリセット入ったし、ぱやちゃんのが呼びやすくていいよ。カンブリはキリッとしてるもん』
懐かしいのに新鮮で変な気分。
キリッとしてたぼく。ぱやっとしてしまったぼく。あなたはポンチョのフードを脱ぎ、首のネオン板をしっかり掲げ、アーケードをずんずん進む。
『次卵孵ったらトンブリちゃん?ドンブリちゃんにしちゃう?』
冗談ばかり言わないで、着きましたよ。
『開いてたよかったー。朝10時までだって』
かさかさ頬っぺのあの子は顔中しわくちゃに顰めて眠っていた。早くから起きて洗濯と掃除を同時進行してたさゆちゃんは、遅れて起きたあなたに買い物を命じた。
あなたは赤ちゃんに後ろ髪をひかれ出かけるのを渋ったが、ミルクもなんにもない。宅配はデータが残るからNGだそう。
なんだかカユそうに粉を吹いてもぞついてるのをほっとけない。
「わたしが行けばスムーズだけど、ハムと鳥男しかいない家にベビちゃん置いてくの怖い!」と頑なな彼女のかわりに、商店街の奥にある大きなドラッグステーションへダッシュだ。
オペ後に備わったのか、そのひょろ長い両腿とふくらはぎが秘めていた見事な脚力で。
ピヨンピヨーン。
自動ドアが開く。
広い店内には閉店間際の駆け込み客が数名、カウンターに若い白衣のお兄さんがひとり。
『飲むやつと……塗るやつ。あとなんだっけ?』
調べます。
サーチ。新生児、必須、身の回り品一覧。
非接触体温計、エアスポイト、ノー刺激保湿剤、くすぐりニコニコミトン、ヒナ用保温器。
あれ、鳥の飼育キットが混じっちゃった。
『おれもぱやちゃんも子育て初心者だもんね。お店の人に聞こ』
もう少し時間があれば、飼育と育児を分離しますからええと、ペットをソートじゃなくてええと……
『いいよいいよプロを頼ろう。ベビちゃん、のんぶりちゃん?泣いてるよおとーさーん、ミルクが飲みたいよー、ハムスターが重いよー』
さびおが上に乗ってるんですか?それは大迷惑行為です!
でしょでしょ、とあなたは足早にレジカウンターへ向かう。
「すみませんあのお、新生児グッズ全般ほしいんです。助けてください」
視覚調整用プロテーゼの透けるグラスアイがふたつ、チィィと音がしそうにこっちを見た。
「全般、ですか?」
「よくわかんなくてなんだっけ、まず飲むやつと……」
「ミルクタブレットですね。案内します」
お兄さんはあなたのネオンタグと、冷感ポンチョを窮屈に押し上げる両肩のふくらみをチィィと一瞥した。それからなんの興味も示さず、素早くカウンターを回り込んで売り場へ出てきた。そそくさと歩き出し、慌てて背中を追う。
「ここの上二段がそうです。成分的に大差ないんで、大容量パックおすすめです」
白い錠剤が数珠つなぎでベビーの口へ次々飛び込むイラスト。あなたは怪訝そうに受け取り、パッケージの説明書きを読む。
「この粒々を、赤ちゃんが飲むんです?」
「いえ、ボトルへ規定量の水を入れ、一粒落とすと殺菌、発泡、発熱します。軽く振れば適温ミルクの出来上がり」
「いいすね!買います買います、ボトルってのもください。あと咥えるやつ」
「味変おしゃぶりですね」
「んで塗るやつも……」
「カユミトレ~ルおすすめです。持ってくるんで、哺乳瓶好きな色選んでてください」
『ぱやちゃんあの人めちゃめちゃ話が早くない?中でエミュと会話してる速度じゃないリアクション』
お若いのにハイレベルな洞察力とプレゼン技術ですね!ミルクボトルも可愛らしいのがよりどりみどりですよ。
『ウサギ、ヒヨコ……はやめとこうね……甘えびないかなあ?おおおカレイドスコープ付きだって、これにしよ。飲みながら退屈しない』
あなたは質問し慣れている。
回答から取捨選択するのもお手のもの。
自分の感覚をぼくに丸ごとは明け渡さない。ダチョウやオオワシが相手でも、きっと自分や赤ちゃんを手放さないはず。
店員さんはぼくと別種の有能インターフェースで、売り場を一巡するうち必要なものがおおよそ揃った。袋詰めはお世辞にも丁寧と言えず内心ひやひやしたけれど、おむつやスキンクリームのサンプルを何種類も入れてくれた。
さゆちゃんに頼まれた小松菜やサツマイモ、走鳥類用スターターペレットなんかはスーパーで入手する。保湿タオルと保温タオルがセールで安かったから、追加でミニミニ靴下もお買い上げ。誰も見てないのにあなたは周囲をキョロキョロ検め、こそっと追加でカゴへ入れた。
『ぱやちゃんまぁた精肉店のデブい店長、行きも帰りも絶対目が合うんだけど』
お相手もこちらを見てる場合、そうなることが自然ですね。
スーパーを出ると立派な店構えのミートショップがある。看板には滑稽なウコッケイが描かれ、二階の窓に洗いざらしのタオルが何枚もはためく。あなたは片翼で顔を覆い、怯えたトーンの早口になった。
『なんで見んの?あの手に持ってんの串じゃない?おれ狙われてない?』
生肉だけでなく、唐揚げや焼き鳥も売ってるみたいですよ!さゆちゃんにお土産しましょうか。
『ヤダ怖い。あの店なんか殺傷系オーラを感じる!かえろかえろ』
それは油断大敵です、振り返らないで。
『なんでもフライは閉まっちゃってるし……なにちゃんだっけズングリちゃん?待ってるもんね』
ノンブリちゃんですよう。Non-breed Babyだそうです。のーん、ぶりぃ。
『テクニカル!』
意味が分かりません。うふふ。
『そんで暑い!汗がやばいのなんの』
タオルいっぱい購入したので拭きましょう。羽根が吸うと湿疹の原因になります。
『だめですーこれはノンブリちゃんのなんで。ほらパパは覚えた!名前』
立派です。でもただの仮名を無断で本名にしたら、さゆちゃんに怒られないでしょうか?
『そっか。けどさゆちゃんに任せたら新規の鳥ネーム出してこない?うわこれ悪口?』
絶妙に悪口のライン上です!
『よろしくない、やめとこう。無心で走ろう。羽根があったらなあー飛んで帰るのに』
あるっけ?あったわ!とあなたは笑って走る。
ぼくはよく寄り道をするので、体に翼が生える話をたくさん調べて持っている。
この国でうんと昔、好きなひとへ危険を知らせたくて、翅がほしい、飛んでいきたいと希ったお姫さまがいる。羽衣という外付けの翼を盗られ、返してと嘆く昔話も読んだ。墜落しそうなものはあらかじめ避けた。
あにまるずへ通うのは調べ物が目的だけど、モーフィで飛ぶのはコツがあるようなないような、癖になる楽しさ。
次行ったら、成功ママラウンジをもっと隈なく調査してこよう。
ノンブリちゃんの育て方や処遇も、矢継ぎ早な質問が飛んでくる前に下調べしようっと。
あなたは正しい。出ちゃったものは育てねばだからぼくは忙しくなる。
ワセくんぱやちゃん、さゆちゃんスペちゃんに、新しく加わる数奇なベビー。
ない胸が小躍りする。
羽根つき俊足列車から、どうか誰も降りませんように。
