冷やし中華食べたい、革命中なのに #22
22話 卵の行方
「太めの手乗り文鳥みたいでかわいいねえ」
「やめてワセくん。トリで喩えないで」
「んじゃ手乗りインコ?」
「黙っててくれる?」
肩を寄せ合いシンク前で揉めてる。さゆちゃんは肘で、ひょろ長い図体の侵入を封じようと苦心してた。あなたははためかせた背中の翼をワサササ鳴らし、目を細め、意に介さぬ様子。
ぼくはドキドキする。鼓動が生まれたのが分かる。
高鳴って慌ただしい。
誰かの心音を手掴みで口に入れたみたいに、ドキドキしっぱなしだ。
小振りでヒューマンライクなカブトムシちゃん。濯いでもらえばアラ不思議、重たいまぶたを一筋こじ開けキッチンをひと睨み。
縮こまってた両手で迷惑そうにさゆちゃんの指プールを押し、決壊を目論む。
「いつ産んだんだろ?わたしここまで濃いピンク卵記憶にない」
顎のとんがりでさゆちゃんが示した先に、割られたライトコーラルの殻と破片が転がってる。
「おれも覚えてないなあ、産む時あの雲のほうのランプ見るようにしてるし」
「そんなことしてるんだ」
リビングには雲と三日月のモチーフライトがあり、それぞれ湿度と室温にあわせ自在に変形する。あなたはそれを甚く気に入り、ぽけーっとよく眺めてた。
『ぱやちゃんまじでいつ産んだのおれ。玉子ダイアリー的なものは残ってないん?』
残ってはいるんですが、白ばっかりでピンクは見当たらず確証が持てません……ぼくも血眼で探してます。
『さゆちゃんチェックをすり抜けてその辺転がったやつがあったのかなあ?おれがさびおのケージ目がけて産むとは思えない』
あり得ませんよ、現実的じゃない。円座に残っていたか、複数出たものを拾い損ねた、さびおが目ざとく発見した、などが現実的な仮説です。
『ぱやちゃんもしっかりしてきたねえ。お兄ちゃんなるんだもん、そりゃしっかりするか』
おにいちゃんんん??
『まあ悩んでる暇ない。出ちゃったもんは育てねばだ。がんばろ』
滅菌タオルは次から次へと出てくる。この家は動物の受け入れが万全だから、あらゆるアメニティーの予備がありそう。開けたことない引き出しやパントリーがまだまだある。
ぼくお兄ちゃんだっけ……なんでそうなるんだっけ?
さゆちゃんが大事そうに生成りのタオルで包んだ赤黒い子は妹?それとも弟?
「んえゆぅ」
「また言った!おぎゃあは言わない感じ?さゆちゃん座る?おれイス持ってこよっか」
「座りたいかも。お願い」
さゆちゃんは添えた手をそろそろ外し、ライチくらいのちっこい頭部をタオル地へ乗せた。お尻からもゆっくり指を抜く。グーの足指が宙へ浮く。三日月ランプが煌々と白み、キッチンまで明るくなる。
「よいしょ、ハイ座って。見してみして」
自分のぶんも運んできたあなたは、膝立ちで椅子へ上がり身を乗り出す。大きな影を落とし、あわてて一度、腰を引いた。浮足立つ羽根をしぼるように竦め、けれどブワリ広がってしまう。
「暗いー」
ごめんごめんとシンク上のライトも点け、「さわっていい?」とこらえ切れず尋ねた。
「いいよどうぞ。爪厳禁ね」
「おれ汚くない?対キッズ特有の有害菌いない?」
「わかんない。多少の雑菌はいる環境の方が自然だよ」
「いえーい!お父さんでーす!」
「はしゃがないで」
薬指の腹で、徐々に赤みの引いてゆく腹部のふくらみを撫でる。
「卵とおんなじ温度!」
「そうなんだ?わたしもさわる」
「お腹いっていいよ。おれおでこ行く」
「ほんとだ卵体温だ」
「でしょ?おでこ温度は若干低めです。つむじ回りに毟れたハゲ確認」
「ハゲてないよ、こんな頭黒々した赤ちゃんわたし初めて見るもん」
「おれもあかちゃんに疎いからびっくりした!見覚えある剛毛」
うはは、とあなたは笑い出し、つられ笑いのさゆちゃんから軽めのエルボーを胸元へ喰らった。バランスを崩しかけ椅子の上で低い街路樹みたいにがやがやさざめきながら、泣いてる。どうして?
「なんで泣いてんの?」
目ざとくさゆちゃんも突っ込む。あなたは体のそこかしこを震わせながら目尻を指の節で拭った。
「あの卵一個いっこにベビちゃんの可能性があったと思うとおれシンミリして」
「そんなわけないじゃん、調べたんだから。この殻以外全部わたしが調べた」
「んじゃこれどっから来たの」
「んえゆー」
一段と大きな声が出た。
サーチ。無断で失礼します。接続反応なし。あ、そうだ。
エミュノイドは撃ち込まれていない。ベビちゃんは空っぽだ。
ぼくは、あなたの鼻孔が羽毛をキャッチした時の、間近で盛大なくしゃみほどに驚いて、まじまじと見た。
差し延べるグーをさゆちゃんが摘まむと、ぱらぱら指が5本に分かれてく。息を吐くときタイミングが合えば声になる。ヒュウッと吸う。
粉ふきほっぺの奥でもぐもぐしている。
んと……あれ、お腹空いてないです?
「ミルクあげた方がよくない?んえゆは腹減りワードかもしれない」
髪をほぐしたり撫でつけたりをやめられないあなたの指が、おへそを指す。
「ヒナなら腹部に卵黄が残ってて、数日はそれを栄養にできるよ」
「あのーヒナじゃありませんベビちゃんなので。おっぱいを所望しております」
「下ネタ言ってる場合じゃないでしょ」
「おおおおっぱいはエロスじゃなくドリンク部門であります」
「声大きいって、あ。目開いた」
「おおおお!ぱっちりおめめおれ映るおれ映る」
あなたはさゆちゃんを肩で押しのけ、視線の先を奪取しようとする。うっとおしい翼攻撃をかわしつつ、呆れを通り越して彼女は言葉と裏腹、ずっと頬がほころんでる。
「なにがしたいのワセくんー」
「言うじゃんファーストインパクト!コンパクト?ヒナが最初に見た人を親って刷り込むやつ。あれやってる」
「インプリンティング?好きにしていいけどワセくんは親だよ。あとヒナかベビーがはっきりして。扱いづらい」
「ごめんごめん、ほらさゆちゃんも映っといた方がいいよ」
『お疲れさま』
あ、おつかれさまこんばんは。もうすぐ夜が明けますね。
『やっと一瞬寝たって感じね、ふたりとも。この先毎晩徹夜する気かしら』
最後はお互い寝たら負け感出してたので、なんでもいいからしばらく仮眠してほしいです。人間は体がもちません。
『初日だし、昂ぶって脳が眠らせてくれないのよ。制度史上初めて、交配ドーピングを施された男子が排出したカルシウムエッグから、ヒト科と思しき男子が孵ったんだもの』
男子?男子でした?
『さゆが確認済みよ』
男子の卵子はどなたのですか?
『卵子というより、メスダチョウ由来の卵形成系が動いた可能性が高いわ』
ダチョウとワセくんの子どもってことです?
『母系側にダチョウ由来カクテルの関与は濃い。ただ何を材料にしたのかまでは不明ね。父系にオオワシの関与があるかは追々わかるでしょ』
母体はワセくんでいいです?
『いいわ。生物学的分類は判定不能。でもムダ毛が生えてないし、面立ちも彼そっくり。それが答えじゃない?』
ダチョウさんはワセくんの体内素材を使うしかないから、ベビーちゃんのヒト優位は仕方がないってことです?
『そう。いかに型破りな調理法を発明しても、具材は彼という冷蔵庫内のあり合わせ』
あり合わせちゃんは口をつぐみ、ランドリーバスケット内にさゆちゃんが設置したタオルのお椀で、すやすや寝てる。それを挟んでくたびれ果てたお父さん(仮)お母さん(仮)の寝息。
カタコト物音が止まないさびおのケージ。
ハイスペさんはぼくよりうんと賢いので、やっぱり尋ねられた。
『あの夜の卵とアタリはついているんでしょう?』
……恐らくは。美術館の話をした後、ずいぶん遅くまでふたりはおしゃべりをしてました。なのに朝、卵はなかった。
同時刻、異変は群発的に起きていた。お祭り会場みたいに赤裸々なログからも明らか。
さゆちゃんが不意にハグをし、あなたは体も心も嬉しくて、ダチョウを巻き込み芯まで猛った。間違いなく卵を産んだのに確認もせず夜を送り朝を迎え、ケージから出したさびおと遊んだ。
けどさゆちゃんのトコロテン事件で気もそぞろ、揉みほぐしてもらえないさびおは床すれすれをお散歩し始めた。
『Non-breed Babyよ。現状、エミュノイドも搭載予定なし。狙われるわね』
だだだ誰にでしょう?
『誰にかしら。私が出生省なら狙うわ、秘匿すべきだもの』
夜が明ける。
アダムだかイブだかヒトかヒヨコか、すべてのものへ平等に朝を運ぶため。
