一年前のわたしの、続き
noteのよい所って、記事にしておくことで、
「あの日」「あの時」の気持ちを鮮明に思い出せるところもあると思います。
記事もコメントも、いつも前向きで温かくて、
「こういう考え方、素敵だな」と思わせてくれる
フォロワーさん「きのころさん」が、
「続きを考えませんかコンテスト」という企画をされていました。
自分の過去記事の「続き」を書く。
これなら書けるかも!
わたしも参加してみよう!
そう思って、続きが書ける記事を探しにいきました。
そして、ほぼ1年前の茶道の記事を読み返して、思わず微笑んでしまいました…。
ああ、この頃のわたし、なんて真面目なんだろうって。
親指がピンと立ってしまうことに本気で悩み、
袱紗がうまくさばけないことに落ち込み、
「向いていないのかも」とまで思っていたあの頃。
思わず
「愛いやつよの~」って声が出ちゃいました(笑)
こんなふうに思っていたのは、
一生懸命取り組んでいた「証」なんだと思います。
今も正直に言えば、
親指は毎回毎回元気よく跳ねて先生に指摘されていますし、
袱紗さばきなどのお点前の作法も、相変わらず怪しいです…。
前回のお稽古の濃茶はだいぶ苦かったし…。
うまくいく日と、そうでない日の差も大きい。
心が乱れているのかしら?なんて思ったりもします。
今も一生懸命やってますし、決して不真面目になったわけではないとは思いますが…。
でもね。
何が一番変わったかというと…
「できない自分」に対するまなざしです。
この頃のわたしに、
今ならこう声をかけます。
「大丈夫。今もできていないことは山ほどあるけど、お花や茶具、周りの景色を見る余裕が出てきて楽しめてるよ」って。
不思議なのですが、
足の運び方はわりと身についてきました。
どちらの足から立つのか、
どちらから入るのか、
どう回るのか。
考えずともできるようになっている。
そして、間違えたときに「あ、違った」と気づけるようになり、
そして、先生に「ここどうでしたっけ?」と
聞けるようにもなりました。
これ、わたしにとっては大きな進歩です。
たぶん、手先の細かい動きよりも、
体全体を使う動きのほうが、
先に体に入ったのかもしれませんね。
うまくできるようになった、というより
「向き合い方」が変わった。
それがこの一年の変化で、あの時のわたしの続き。
noteも、茶道も、
上手になったわけではありません。
でも、続いている。
それはきっと、
応援してくれる人がいて、
そして何より、
自分が本当にやりたいことに気がついて行動しているからなのかなって思います。
「続き」は、これからも書いていける。
そう思えるだけで、もう十分幸せです。
素敵な企画をありがとうございます、きのころさん。
おかげで、あの頃の初心の気持ちと自分の成長に気づくことができました!
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ありがとうございます。とても嬉しいです。