蓮池 薫が語った「北朝鮮政治事情の渦中に自分が引きこまれた経緯」を,『日本人拉致』岩波新書,2025年5月を叩き台にして考える
1 蓮池 薫の最近作,『日本人拉致』岩波新書,2025年5月が語った「北朝鮮政治事情の渦中に自分が引きこまれた経緯」を吟味・討議・再考・批判する
はたして,蓮池 薫『日本人拉致』岩波新書,2025年5月における記述全体を,そのまま鵜呑みにして受けてとっていいのか,いまさらなのだが,一歩踏みこんでこまかく詮索し,あらためて詮議してみる「価値」があるのではないかという問題意識が,本記述の要点となる。
さて,蓮池 薫がこの「新著」『日本人拉致』のなかで過去24年間,「北朝鮮拉致被害者」の立場に置かれてきた観点から語った記述は,本ブログ筆者が試みる「蓮池 薫」をめぐる議論として,いかなる「問題の対象」として「想定ないしは措定」されればよかったのかについて,さきに説明しておきたい。
事前に指摘しておくべきことがらを断わっておく。蓮池 薫自身のみならず,ふつうの日本人であれば,この文章を読んだらまずは「相当の反発と違和感(読後感)」を抱くものと予想しておく。
しかし,問題は,蓮池 薫が自分の論著のなかで書いてきた諸点(問題)すべてを,彼自身の「北朝鮮体験」の事実(真実)を 100%,間違いなく正確に表現(反映)できているかという点は,注意深く分析し解釈をくわえておく余地があった。
a) はっきりいって,蓮池 薫の「発言」に関していうと,彼の書いてきた論著を読むかぎりでは,まだよく理解できない(しかねる),いわばそこには,あえてでもさらに「重箱の隅」を突っつくことになりそうな詮議をくわえてみたくなる,
つまり,あれこれ関連すると想像でき,推理されうる諸事情があったのか・なかったのかまでも含めての話題となるはずだが,こちらの諸条件も現実的に想定した,つまり問題意識に含めた立場を定めたうえで,かつより慎重でより入念にする考察が必要であった。
換言すると,「北朝鮮による日本人拉致被害者・当人」の1人となってしまったが,運良く日本に帰還できた彼が,いままで数多く発言してきた「意見・説明・解釈」に関しては,それを聞かされてきた側においては,まだすっきりとは納得がいかない〈なにか〉が残されているのではないか,という接し方があってもいい。
そうした方途も開けていると観察する立場から,蓮池 薫のいいぶんを聞くことによって,さらにより鮮明になる関連の事情もありうるのではないか,という問題意識があってもなんらおかしくところはない。
ふつうの人たちであれば従来,そうした疑問などいっさい抱く余地などいっさい抱くことなく,蓮池 薫の発言や論著における記述を文字どおりに読み,それなりに深い同情とあるいはそれなりに受けた所感をもって,聞いたり・読んだりしたはずである。
しかし,本ブログ筆者の場合は,古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国-北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか-』第三書館,2011年を入手し,読んで以来,いままで北朝鮮事情を多少は勉強してきた立場と突きあわせて深掘りしたつもりにもなって,あれこれと推理も働かせては,本日の記述を公表することになった。
ここでは,古川利明の同書については予断的なるかもしれないが,つぎのように画像資料を,前もってする説明の一助とするために挙げておきたい。


b) なお,古川利明は1965年の新潟県生まれ,1988年に慶應義塾大学文学部卒業後,毎日新聞社勤務,途中,細川護煕(1993-1994年内閣総理大臣 ,1996年まで衆議院議員)の「総理番」記者を務めたりもし,1996年東京新聞(中日新聞東京本社)入社,1997年7月退社。その後,フリージャーナリストとなって活躍した。
本ブログ筆者はこれまで,「北朝鮮による日本人拉致問題」を話題にとりあげてきたが(ただし,旧ブログでの記述であったので),本ブログ内では初めて言及する問題となった。
要は,蓮池 薫が今回,岩波新書として公刊した本,『日本人拉致』を読み解く努力をさらにとりくむことで,なにか新しい示唆がえられるのではないか,と期待してみた。
2 蓮池 薫『日本人拉致』岩波書店,2025年5月にかいまみえた論旨の基調:「通奏低音」
a) すでに前段に,古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国-北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか-』第三書館,2011年という本の「カバー・帯に書かれていた宣伝文句」は,画像資料として紹介してあったが,その「カバー・帯」(表・裏両面)に印字されていた「販売用の宣伝文句そのもの」を,つぎにあらためて文字として書き出しておく。
拉致被害者たちは
なぜ,何も語らないのか? なぜ,何も語れないのか?
北で,何をされたのか?
北で何をさせられたのか?
● 彼らは政府,家族会,救う会に真実を語っていない。
● 横田めぐみ「拉致完了」無線を傍受していた公安警察。
●「蓮池薫は私を拉致しに北から来た」(元小学校教員)
●「金大中拉致は角栄が条件付事前了承」と韓国高官説。
●「北でのことを話すと,残留被害者が戻れない」は本当?
などなど,拉致問題タブーに挑戦,万人の疑問解明!
以上の各文章は,販売促進を意識して表現された売り文句だから,それほど真剣になって受けとめる必要などない,という解釈ができる一方で,いやそうではなく,この本の核心が分かるようにキャッチコピー的に工夫した文言だから,これなりに沿った理解がそれなりに併せて必要ではないか,という立場も当然あっておかしいことはない。
ともかく,昨年(2025年),蓮池 薫が岩波新書として公刊したこの『日本人拉致』は,今後それなりの発行部数を上げていくものと予想される。もっとも,ベストセラー的に100万部までいくかどうかは分からないが,この本なりに10万部単位で売れていたと予測してもいた。
補記)この蓮池 薫『日本人拉致』は2025年5月発売であったが,その後1年が経過した時点でネット上からしりうる関係の情報としては,おおよそつぎの説明があった。
蓮池 薫『日本人拉致』(岩波新書,2025年11月刊)は,2026年2月時点で「新書大賞2026」(中央公論社主催)の第15位にランクインするベストセラーとなった。
岩波書店から,その具体的な総発行部数は公式発表されていないが,2025年12月発表の岩波書店における「ジャンル別売上部数」は,新書部門で第3位上位の売れ筋を記録した。
蓮池の本書はとりわけ,当事者がみずから拉致の深淵を綴った内容であるだけに,高い関心を集めた。
たとえば『ダイヤモンド・オンライン https://diamond.jp』は,2025年10月9日に「拉致被害当事者である蓮池さんが,北の工作の裏側を語り尽くす!」という記事を充てて,蓮池 薫『日本人拉致』の販売促進に寄与する報道をしていた。
要するに,蓮池 薫『日本人拉致』 は,北朝鮮による拉致被害当事者にされた著者が,自身の体験と調査をもとに,未解決事件の深淵を問いかける衝撃作であったと理解された。
「なぜ拉致され」「向こうでなにが起きていたのか」「そして拉致問題の真の解決とはなにか」を,「当事者の視点で描いた一冊ではないか」というふうにとらえられたこの本は,それなりに高い評判をえた。
もっとも,北朝鮮に24年間も拉致された蓮池 薫が無理やりに体験させられたところの,つまり,この「北朝鮮非民主主義反人民偽共和国」における実生活過程のなかで,彼がどのような人生観を会得せざるをえなかったか,いいかえると,必らずしも第3者に対しての記述や説明となれば,
なお明確には披露しきれていないと推察されうるべき論点との接合点をさぐってみると,本ブログ筆者にいわしめれば「われわれの目線:理解力をもってしては,なかなか映りにくいミッシングリンク」が,なにもなかったとはいえない。
蓮池のこの本は2025年5月20日に出版されていた。それからちょうど4か月ほどの時間が経過した2025年9月21日になった時点まで,その間においてネット上にはすでに,この本に関する読後「感」がいくつも登場していた。その時点で本ブログ筆者の目に入ったつぎの5点を紹介しておきたい。
できれば,これらの感想文はそれほど長い文章ではないので,ここでの途中で飛んで移動し読んだのち,このブログの主旨との比較もしてもらえれば好都合である。
「2025年73冊目『日本人拉致」』」,ブログ『note』2025年9月9日。
「【書評】帰国から24年を経て被害当事者が初めて明かす拉致問題の真相:蓮池薫著『日本人拉致』」『nippon.com』2025年7月18日。
「『人生の集大成』蓮池薫さん岩波新書『日本人拉致』5月20日出版,拉致の目的・北朝鮮での思想教育の実態つづる」『新潟日報』2025年5月19日。
「蓮池薫『日本人拉致』の衝撃」『古賀太のブログ』2025年7月8日。
「〈読んでみた〉『日本人拉致』蓮池薫著」『北海道新聞』2025年8月3日。
b) さて,蓮池『日本人拉致』の記述内容は,前段の引用枠内に紹介したごとき「出版元」などの宣伝文句をもっていわれていた諸問題に対して,はたしてどこまで答えているかに関心が向けられてよい。以下にそれらの文句に対していちおう,本ブログ筆者なりの理解を示しておきたい。
まず,前段に掲出してみた,古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国-北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか-』の「表側の帯」に書かれていた文句は,ここではとくに「拉致被害者のたち」のうちの1人であって,帰国(生還)できた蓮池 薫の場合に向けてとなるが,
「なぜ,何も語らないのか? なぜ,何も語れないのか? 北で,何をされたのか? 北で何をさせられたのか?」という点に関して判断するに,現時点となっては,蓮池が『日本人拉致』を公刊した事実をもって,おそらく優に合格点をもらえる書き方をし,応えていたことになる。しかし,そえrでもなお,本日におけるこの記述の文意は,蓮池が「なぜ日本では『何もしゃべれない』のか」という点に注目している。
c) とりわけ,古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国-北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか-』の「裏側の帯」に書かれた各項目については,さらに吟味が必要である。
最初に,「彼らは政府,家族会,救う会に真実を語っていない」という点は,多分,当たっている。まだまだ,本当には口に出せない事実が,いくつもまだ秘められたままにあると推察しても,けっしておかしくはない。
また,「横田めぐみ『拉致完了』無線を傍受していた公安警察」という点は,「北朝鮮による日本人拉致問題」を2002年9月17日,当時の日本国首相であった小泉純一郎が北朝鮮を訪問したさい,金 正日が「その事実を告白しても〈部下のせいにした〉」とはいえ,ともかく謝罪もした出来事に鑑みていえば,とくに警察庁側の「それまでの対・北朝鮮姿勢」は,不可解だったという以前に手ぬるさを痛感させた。
自国民の安全・安寧を日常的に護る任務に就いているはずの,警察庁の組織であっても,とりわけ公安警察部門となると,そもそもが「あっち向いてホイ」のごとき日常の活動をおこなっていたのか,という不信感を抱かせたのである。
最近に起きていたある事件をめぐっては,警視庁公安部外事1課の捜査体制からは「重大な冤罪・捏造事件」が発生し,最終的に警視庁側が謝罪するに至った問題は,その実例一件をさらに追加する出来事になっていた。
補記)その「ある事件」については,ウィキペディアの「大川原化工機事件」に関した解説を参照してほしい。
話題を戻そう。
d) さらに「蓮池 薫は私を拉致しに北から来た」(元小学校教員)という指摘が,本日の記述に関しては一番の注目点となる。この記述で主に取りあげている。古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国』第三書館,2011年はもちろん,その疑問を内容として真正面から論及していた。
古川利明の同書には,古川自身が取材した相手,横井邦彦という人物(小学校教員)から,
この横井が,自分を誘拐するためというか拉致するために「日本に来て活動していた蓮池 薫」に,実際に会ってのやりとりがあり,本当に拉致されそうになったのだが,当時,ある組織に所属している横井邦彦の立場に関係していわせたところでは,
「私を連れていったら,北朝鮮との関係で,かえって問題になる」とか,もともと「私はそうする相手としてふさわしくない人間だ」とかいったたぐいの反論の会話(誘拐されないための説得ないしは押し問答?)が,薫とのあいだでおこなわれたというのであった。
しかも,蓮池 薫は1人だけで「日本に入国して(?)」来て,そうした行動をしていたのではなく,背後に数人の「北朝鮮工作員」らしく人物もみえかくれしつつ,ときに,こちらの人物たちのところへ薫が戻って,相談もしながら,横井とは「そのさいのやりとりが交わされていた」というのである。
以上の話題は,つぎの画像をかかげた頁で終わっていた,第4章「直撃・帰国者5人の “見えないさるぐつわ” 」の次章,第5章「蓮池薫が私を拉致しに来た」で,詳細な説明がなされている。

e) 古川利明の本の帯(裏側)につづられていた文言は,こうつづけていたので,さらに言及してみたい。
「『金大中拉致は角栄が条件付事前了承』と韓国高官説」という点は,本論からは若干ズレこむ話題になるが,先ほど触れた警視庁公安部外事1課の捜査体制(重大な冤罪・捏造事件となった問題)の,いってみれば伏線をなす指摘になるかもしれない。もっとも,この指摘はその理解のためには,さらなる補助線が別個に必要だという条件付きでの話題としておくが……。
いずれにせよそこには,われわれ国民・市民・庶民の立場から容易にはうかがえない,つまり,ほとんど想像すらがもとより不可能であるというほかない「別世界的な国際政治の闇取引的な実情」が控えていたことになる。
さて,古川利明の本の帯(裏側)で最後に残っていた文句は,「『北でのことを話すと,残留被害者が戻れない』は本当?」かという疑問点を指示したうえで,ともかく「……などなど,拉致問題タブーに挑戦,万人の疑問解明!」と,謳っていた。
補説)以上の記述に関しては,つぎのごとき反論も並置しておくのが,議論の公平性を保つうえで有意義と思い,紹介しておきたい。両論併記のつもりはないが,この種の駁論を取りあげ理解する作業は,関連した議論をもっと深める契機になりうるはずである。
3 蓮池 薫『日本人拉致』岩波書店,2025年5月の含意
a) 本ブログ筆者は,この蓮池の本を読み終えた時点でこの記述にとりかかっていた。正直いって,前項の2で指摘したつもりだった諸問題が,この蓮池『日本人拉致』によって,いくらかでも鮮明に浮上させえたかといえば,必らずしもそうとはいえなかった。
蓮池のこの本『日本人拉致』は,「私自身,20年あまりにわたってマインドコントロールされていたため,北朝鮮当局の意向に背くことはできないと思っていたし,当然,北朝鮮に残る子どものもとへ戻る以外に道はないと思っていた」(はじめに,ⅱ-ⅲ頁)という記述に始まり,
「私たちが拉致被害者であり,もうすぐ日本に『里帰り』することもしっていたその人〔北朝鮮当局側のある特定人物のことを意味する(←ここは引用者の補足)〕は,私と2人きりになったとき,『日本に戻ったら,そのまま日本で暮らすべきだよ』と当たりまえのことのように話すのだった。私は『えっ』と思い,その言葉の真意を聞き返そうとしたが,彼はその場を去っていた」
という順序で,全体の記述が締められていた,蓮池のこの『日本人拉致』の論旨は,
最初の「はじめに」の「そのⅱ頁」ですでに,「日本に戻ったら,そのまま日本で暮らすべきだよ」といって,「私の背中を押してくれた」北朝鮮側のある人物,前段の発言をしてくれた人物がいた,という非常に重要な事実に関する記述をおこなっていたとき,
その人物(その朝鮮人の姓名は表に出すと当人に危険が及ぶので,その点を熟知していた蓮池 薫は隠していた)を登場させるかたちにしたうえで,この『日本人拉致』という本の全体を,構成面で「大きく包みこむ工夫をほどこすための視座:大前提」として,活用する仕組みにしていた。
b) そもそも事件の発端は,蓮池 薫が1987年7月末,まだ薫が中央大学3年に在学中の時期,以前からの付き合いがあった恋人の祐木子さんと新潟県柏崎市中央海岸にいたとき,北朝鮮の工作員たちに拉致された事件にあった。
北朝鮮で拉致生活をさせられるうちに,薫と祐木子の間柄を理解した北朝鮮側は,この2人を結婚させた。薫と祐木子はその後,2人の子どもを儲けるが,このこどもたちは日本に移住する寸前まで,自分たちが日本人の両親から生まれた事実をしらされていなかった。
つまり,北朝鮮に抑留中,薫・祐木子夫妻はそれほどまで気を遣い,子どもたちが多分,北朝鮮でそのままずっと暮らしていくほかない人生を予定(予想ではなく強いられると覚悟)していたと思われる。
薫・裕木子夫婦がそこまで自分たちの未来を,みずから定めておくほかなかった事実については,蓮池『日本人拉致』の,ここから段落あとに紹介することになるが,該当の「見開き頁」に書いてあった《手に負えない任務》というものは,実は,薫自身が北朝鮮において担当していた仕事であったと推理されても,なんらおかしくはない事情があった。
前段の論旨に戻れば,古川利明『〈さるぐつわ〉の祖国-北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか-』第三書館,2011年が究明しようとしていた「事件」,つまり,横井邦彦という人物(小学校教員)からの発信になっていたが,
この横井が語ったことには,自分を誘拐するためというか,拉致するために「日本に来て活動していた蓮池 薫」に,実際に会ってやりとりがあったのであり,しかも本当に横井が拉致されそうな場面まで,瞬時とはいえあったと説明されていた。
c) 2006年当時に起きていた「日本への蓮池 薫〈潜入〉」について,横井邦彦が実際に薫に会っていたと証言した点は,古川利明の本から該当する見開き頁を画像で紹介しておき,それにつづけては,蓮池 薫の「北朝鮮における工作員育成」に対する関与ぶりに関して,薫自身が『日本人拉致』のなかで説明した,その当該頁も紹介しておく。

この内容を裏付けられるなにかがつぎの蓮池の記述にはないか?

なんらかの含意が汲みとれないとはいえない
「手に負えない任務」をみずから担ったのが蓮池薫だった
という推理がいちがいに奇想天外だとはいいきれない
以上のごとくに推理してみた中身は,問題外であり,話にもならないという自信をもって反論し,完全に排除できるのであれば,これ以上はなにも詮索も議論も要らない。投了である。しかしながら,そこまで断定できる答えが蓮池 薫から十全に,つまり必要かつ充分に提供されないかぎり,以上に提起した疑問は,これからも完全に抹消することは不可能である。
d) いまから思えば,蓮池 薫の兄,透は,当初「一時帰国の予定で〈日本に来た〉蓮弟夫婦に対して北朝鮮に戻らないよう説得するために,相当の悪戦苦闘をした」と語っていた。それほど,薫の頭中は北朝鮮風の赤色に,いってみれば真っ赤っかに,徹底的に染めこまれていた。
薫夫婦がこどもたちに対して自分たち日本人である事実を伏せたまま,ひとまず日本に戻っていた事実は,24年間もの長期間,あの偉大なる首領様が,裁強権で支配する生き地獄のような閉鎖国で,生きのびていくためには,仕方のない,同情すべき点があった。
だが,本日のこの記述の範囲内で断わっておくべき論点は,蓮池 薫はその24年間,あの国で実質,牢獄生活を強いられていくうちに身につけざるをえなかった「北朝鮮風の処世術(サバイバル手法)」を,いったいいつまでこの日本国内でも観念として固持していたのかという点に対して,特定の疑念が向けられて不思議はない。
北朝鮮問題の専門家であれば,以上のような本ブログ筆者風の推論は,むげに排除することはないはずである。
e) 蓮池 薫『日本人拉致』の,Ⅴ「独裁下を生きるということ」という章の最後が,こう記述していた。
2002年の10月15日以後,「北朝鮮で長きにわたるマインドコントロールから抜けだし,本来の自分を取り戻すための第1歩を踏み出した日」が,「私たちは帰国後9日目の10月24日」となった。その日から「日本に留まって子どもを待つと決断した」(同書,199頁)。
その2002年10月15日であったが,北朝鮮による日本人拉致事件で,そのうちの生存者5人が,日本政府のチャーター機で羽田空港に到着した。24年ぶりに祖国の地を踏み,家族との再会を果たしたと報道されたときは,まだ北朝鮮には蓮池夫婦の2人のこどもはまだ現地にいた。この子どもたちは当時,自分たちが日本人である事実にまだ気づいていなかった。
その後,帰国できた拉致被害者は,蓮池 薫(45歳)と配偶者の奥土祐木子(46歳),地村保志(47歳),浜本富貴恵(47歳),曽我ひとみさん(43歳)の5人,いずれも1978年に拉致された人たちであった。
f) 帰国後とくに蓮池 薫は当時,東京電力に勤務していた兄の透とのあいだで,北朝鮮に完全に洗脳されつくしていた(殺されずに生きていくために,それこそ必死の思いで身につけてきたはずの)「サバイバル方法の徹底」だったからこそ,完璧に近いほどにまで身体化した「その北朝鮮流の洗脳状態」から,ともかく完全に解脱するための「熾烈な闘争(兄弟間のバトル)」が一括集中的に発生せざるをえなくなった。
物理学の「場の理論」ではないが,社会科学論にも存在する「場の理論」の説明によると,この「場の理論」は,個人の行動がその人の特性と周囲の環境(場)との相互作用によって決定されると説明する。
まさしくそのとおりであって,帰国後の蓮池 薫にとって,しばらくのあいだは,兄の透がその「場」を専有し主導したがごとき関係性(枠組)のなかで,薫という個人を徹底的に改変させるための,それも「元に戻す」という作業ではなく,「新たに蘇生・回復させる」という重大で困難な役目を果たしたことになる。
問題は,その「場の理論」的に変質・解脱させえたはずの「薫の側」における立場が,「それ以前と以後」(北朝鮮風の Before & After)の記録としては,あくまで「透と薫の兄弟間のみの絶対的マル秘」として,どこかへ収納されたことになった事実である。
g) 以上の推理が間違っているとか,トンデモなく非理の推論だとか反論したいのであれば,遠慮なく反批判のうえ,条理を尽くした説明を返してほしいところである。
だが,おそらくその期待は無理難題であり,場合によってはやぶ蛇になりかねないから,その「透⇔薫の脱洗脳過程」は,絶対に永遠に秘匿しておくべき記憶である。しかし,その詳細は文書化してでも残しておかないことには,ただ歴史の闇のなかに紛れて消えていくだけ……。
有田芳生『北朝鮮 拉致事件-極秘文書から見える真実-』集英社,2022年は,「拉致の目的は工作員の養成」だと説明していた(同書,53頁の小見出し・文句)。
そうだとしたら,蓮池 薫の北朝鮮による拉致は,所期の目的を「半ば」成功させていたといえなくはない。だが,その反面に残された「もう一方の半ば」,すなわち,日本において薫が「脱北朝鮮意識」を,なんとか全面的に成就した点は,当人自身が忘れないうちに,その記録をできれば「なにひとつ残すことなく」「文字にしておく価値がある」。
だが,その文字に残す試みは,前段に表現した「半ば」と,これに対するまた「もう一方の半ば」とを,合わせ鏡のようにはけっして「はめこめえないところ」に,ある種の苦難(苦悶)が記録されていたはずである。というのは,このふたつの「半ば」同士は本当は,逆機能の関係性を有しており,それゆえ相互背反的にしか,その存在を主張しえないからである。
しかもそうでありながらも,大元では,相互に表裏一体の絶対に分離しえない「深淵の関連性」を,本来より,つまり「歴史の蓄積体験」として本源的に存在論的な意味合いを保有していたからには,なおさらのこと,前段に指摘したごとき薫自身における「四半世紀にもおよんだ北朝鮮体験として自身の政治精神史に彫り込まれた蓄積,すなわちPTSD的でもあった傷跡」は,そう簡単には自身の記憶から完全に追放できるとは思えない。
参考記事)本日の記述に関連する『毎日新聞』の「インタビュー記事」があったので,以下の2件を紹介しておきたい。
⇒「拉致問題『早期解決を』 蓮池さん・曽我さん訴え 県民の集い / 埼玉」,『毎日新聞』2025年9月21日。
⇒「蓮池薫さんが語る拉致の核心-独裁者の全能感と自己満足のためだった」,『毎日新聞』2025年7月22日夕刊2面。この記事筆者の手元に切り抜いて保存してあったので,画像資料にして紹介する。


【参考文献】
