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北朝鮮による日本人拉致問題の報道に既視できる物語性「再考」

 1 本日のこの記述は半年ほど前に公表した文書の更新・補正版であり,標題はほぼ冒頭の文言どおりであった。本日の記述としては「北朝鮮による日本人拉致問題を自分流に煽って生きてきたが,その解決にはなんら貢献しなかったミジメな者たちの物語」という見出しとしておきたい。

 という関係があったので,本日(2025年5月下旬)の段階ではその間に生まれたかもしれない「若干の空白期」に手当をするつもりで,このの記述をもって追加的な説明をおこなっておきたい。

 本ブログ筆者の購読は『毎日新聞』であるが,最近の「北朝鮮による拉致問題」に関した報道をとては,「解説記事」となるが,つぎのインタビュー記事があった。

 千葉紀和(記者)・インタビュー「拉致問題はなぜ進展しない? 取材30年高世 仁さんが明かす真相」『毎日新聞』2026年4月6日,https://mainichi.jp/articles/20260403/k00/00m/040/100000c

 この記事は全文で2980文字なので,このすべては引用しないで,後部のほぼ3分の1を紹介する。この段落は「北朝鮮による拉致問題」の現状をとくに指摘・説明した中身になっている。なお,最初の太字:「運動体の聖域化に疑問」は “小見出しの字句” であるが,ほかの太字は引用者が強調のために手をくわえたものである。

 運動体の聖域化に疑問

 時だけが過ぎ,拉致被害者も家族も高齢化が進む。訃報も相次ぎ,未帰国の被害者の親で存命なのは,めぐみさんの母早紀江さん(90歳)だけとなった。

 被害者の家族会と支援団体の「救う会」は,運動方針に「被害者全員の即時一括帰国」をかかげている。政府もこれを尊重しているが,高世さんは半ば聖域化されてきた運動体のあり方にも疑問を投げかける。

 「もちろん即時一括帰国が実現すればいい。でも,それでは事態が一歩も動かないのが現状です。なのに,方針に異論を唱える人をつぎつぎと排除してきた

 近年では石破 茂前首相が東京と平壌に相互の連絡事務所を開く構想を掲げたが,家族会などの強い反対で立ち消えになったことも。「意に沿わない報道も認めないから,メディアも扱いにくくなっているのでしょう。そんな状況に疑問をもつ有志が今回協力してくれました」

 高世さんはさらに踏みこむ。「救う会は日本会議など保守系団体の影響が強い。一部の幹部が兼任し,支部の住所も同じところがある。彼らは北朝鮮に強硬姿勢を取り,改憲などみずからの主張を実現するための駒として拉致問題を扱っているのでは」

 ほかにも拉致が長年見過ごされてきた理由,めぐみさんの「遺骨」の真相にも迫っているが,この先は3月に刊行した上下2巻の力作「拉致 封印された真実」(旬報社)に譲りたい。

 大事なのはこれからである。高市早苗首相は「私の代で突破口を」と解決への意欲をみせているが,どうだろうか。

 「期待が高いようですが,高市さんは首相になるまで拉致問題には熱心でなかった」。高世さんの顔は浮かないままだ。

 「トランプ米大統領に頼ってでも事態が動くならそれでいい。でも,即時一括帰国にこだわるかぎり無理です。政府は情報隠しを反省して公開し,国民の理解をえたうえで,少しでも多くの被害者を救出してほしい

 この国が主権国家なら,このまま「時間切れ」は許されない。【千葉紀和】

『毎日新聞』2026年4月6日

 ここで関連する記事などを紹介しておきたい。以下では各記事の日付に注意しておきたい。

安倍晋三の本心は最初からこのとおりであった
2018年7月中の新聞報道から
下部に続く( ↓ )
この記事は挿入の関係で字体の大きさに差があるが「ご容赦」

 昨年の,2025年11月3日月曜日(休日)にこういう集会が開かれていたと伝える記事が,『毎日新聞』11月4日朝刊に出ていた。これも,画像資料として紹介する。この記事に接したとき,本ブログ筆者の脳裡にすぐに浮かんだ印象は「既視感(デジャブ,déjà-vu)」であった。

この記事に書かれている内容に既視感を抱く
ということの意味はあえていわない

 これら新聞報道は,2025年11月段階までの記事から紹介したものである。これらはこれらなりに,その時点において「拉致問題」に関連する「日本側世間の動きのひとつひとつ」を報道していた。

 しかし,この「北朝鮮による日本人拉致問題」に関したこの種のニュースは,同年10月21日に発足していた「自民党と日本維新の会の野合政権」体制の場合でもまた,新首相として登壇した高市早苗政権制のもと,こちらでもまた「あらためて出てきた」ことになる「この拉致問題」をめぐっての,それなりの動向を現わしていた。

 前段にかかげた記事の注釈のなかに「既視感ということば」を出してみたのは,この種の報道はいままでたびたび,たとえばこの国首相が交替するときには「恒例の動向のひとつ」であったかのように,必らずでといっていいほどそうなっていってのだが,いわば間欠的に現われてもいた「定型的な事象」あった。

 「北朝鮮による日本人拉致問題」は,2002年9月17日,当時の首相小泉純一郎が北朝鮮を直接訪問し,金 正日から拉致問題の責任を認め,謝罪する言質がえられてからというもの,戦前からの旧大日本帝国が宗主国として朝鮮半島(韓半島)に対して与えてきた「歴史的な責任問題」など,これが一気に無に帰せたかのように,なんというか「一面で噴出したその怒り」とともに「他面では欣喜雀躍したかのような」日本・日本人側の反応が現象していた。

 しかしながら,日本は韓国(大韓民国)とは1965年に国交を回復し,正常化させえたものの,北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)とは敗戦後80年が過ぎているいまもなお,その障壁を乗り越えられないでいるといったごとき,実に不自然のままの両国関係に置かれている。

 そうした日朝関係の現状(まで)においては,拉致問題があたかも「金科玉条」とも形容されていい『大本』になっていた。

 ともかくいまでは,なんといっても「日本側には絶対的な被害者」がいて,それこそ「北朝鮮は完全に悪者だ」といったふうな,きわめて奇怪にもねじれた「歴史観」が,いいかえれば「葵の紋章」がこちらにはある(のだ!)ではないけれども,対・北朝鮮問題となるとそれを前面にかかげ,「自己(自国側)の立場のみを絶対視できた被害者的立場に由来する正義観」が,長期間,異様なまで昂揚されつづけてきた。

 本ブログ筆者流に形容すると,北朝鮮というあの「朝鮮非民主主義反人民偽共和国」は,親子3代の世襲独裁国家体制を保持しつづけるという畸型の支配体制を維持していなければ,一挙に崩壊するかもしれない脆弱さを有する。

 だが,いずれにせよ,日本がそんな国を相手にしてであっても「国交の正常化」を実現させないことには,国際政治としての両国間外交関係はなにひとつ前進できない。好き嫌いの次元で外交問題を考えていたら,なにも進展させえない「日朝関係」でありつづけていたゆえ,これからもさらに敗戦後1世紀が経過したころになってもまだ,国交がない国同士として継続していくようでは,外交の稚拙を相手国のせいばかりにはできない。

 そもそも外交関係問題は,好き嫌いの次元における問題ではない。現状のように「敗戦後史における日本側の歴史責任」が,いとも軽々しく無視できた格好になっていた。日本は拉致問題という無双の被害者集団を抱えているつもりゆえ,北朝鮮側がなにをいってこようが要求しようが,そんなものは論外・法外だという絶対意志を保持しえているつもりである。

 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の立場からすれば,「北朝鮮による日本人拉致問題」は,日本・日本人側にとって,非常に重大な問題である点は当然の事実である。誰にも否定などできない歴史的な問題である。しかし,だからといって「この問題を拡大鏡をいつも当ててみながら」「拉致,拉致,拉致・・・」〔の全面解決が必須だと〉と叫びつづけるだけでは,両国間の国交正常化はいつになっても,その手かがりすらつかめない。

 「北朝鮮による拉致問題」の根本解決がないかぎり「あの国との国交回復はならぬ」といわんばかりの「家族会」の立場は,これが「あたかも国家日本のまとうべき外套である」かのように振る舞ってきた。この種の事態が,これからもいつまでも続くのであれば,この国の外交問題として「相手国:北朝鮮」との対話は,いつまで経ってもそのとっかかりからしてを掴めないことになる。

 だからか,新しく首相になった高市早苗も,「日朝首脳会談の開催,高市首相が北朝鮮側に提案 … 拉致問題解決へ『手段を選ぶつもりない』」『読売新聞』2025年11月3日 16:00,https://www.yomiuri.co.jp/politics/20251103-OYT1T50039/ と表明し,その旨の意向がある点を日本社会に向けて鮮明にしていた。しかし,その意向が今後においてどのように実現されうるかの展望は,いまのところ具体的にはほとんどみとおせないでいる。

 そもそも,トランプに自分から異様に抱きついたり,テレビのニュースやネットのユーチューブ動画に流される「彼女の場末の老マダム風の色目使い」は,そもそも “男女を問わず” まともな政治家の演技ではありえない。かといって,それはそれで「彼女生来の政治屋としての表現力」であって,そう簡単には軌道修正が効くはずのないしぐさであった。

 さて,本日の話題「北朝鮮による日本人拉致問題」,いってみれば,21世紀になった日本社会のなかに登場した重大な関心事は,たとえば,2年前にやはり『毎日新聞』が報道していた〈類似:定型の記事〉があったので,すでに前段でもちだしてみた『既視感』という点に引き寄せる議論を始めるために紹介しよう。


 2「『怒り持って交渉を』 被害者家族ら,拉致解決へ集会」『毎日新聞』2024年5月12日(大阪)朝刊,https://mainichi.jp/articles/20240512/ddn/041/040/013000c

 この記事から引用する。 

 北朝鮮による拉致被害者の早期帰国を求める「国民大集会」が〔2024年5月〕11日,東京都千代田区で開かれた。拉致被害者家族会や支援団体などが主催し,約800人が参加した。横田めぐみさん(行方不明時13歳)の弟で,家族会代表の拓也さん(55歳,当時で以下も同じ)は被害者の親世代が高齢化していることに触れ「政府は怒りの気持ちを強くもって交渉を続けてほしい」と訴えた。

 1977年に拉致されためぐみさんは今〔2024〕年10月で60歳を迎える。拓也さんは「母と姉が日本で抱き合うことができるように力を貸してほしい」と強調した。

 母早紀江さん(88歳,当時)は「肝心なものがなにもみえてこない。どうしてこんなに長くかかるんだろう」といまの心境を吐露した。そのうえで,北朝鮮の金 正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記に向け「心を変えてください。親の元にお返しください。心からお願いします」と呼びかけた。

 1978年に拉致され,2002年に帰国を果たした曽我ひとみさん(64歳)も登壇。一緒に連れ去られていまだ消息不明の母ミヨシさん(行方不明時 46歳)が夢に出てきたことを明かし「夢ではなく母と一緒にこたつに入って,笑いながらたくさんたくさん話をしたい」と話した。

 〔5月〕12日が母の日であることにも触れ「(拉致されてから)母にカーネーション一本あげることもできないでいる。一日も早く帰ってくることを心から願っている」と訴えた。

 集会には岸田文雄首相も出席した。拉致問題解決への強い決意を示すとともに,日朝首脳会談について「トップ同士が腹を割って話し合う関係の構築が重要だ」と強調した。

『毎日新聞』2024年5月12日

 このような北朝鮮による日本人拉致被害者の救出問題に関しては,今世紀になってから金 正恩のオヤジ:金 正日が,2002年9月に小泉純一郎が北朝鮮を電撃訪問したさい,あちら側としてはきわめて珍しい態度であったのだが,「拉致は一部の人間が跳ね上がっての犯行だった,これは悪かった」みたいないい方で,いちおうは正式に日本側に謝罪した。

 そうなったところで日本側は俄然,「ほらみろ! あの北朝鮮の悪行ときたら,極悪どころか,絶対に許すことなどできない国家的な犯罪行為を犯してきたのだ」と,それ以後,いままで終始一貫,徹底的に,あの「北朝鮮非民主主義反人民偽共和国」という存在を指弾できる「決定的な証言」を,完璧にえたような立場になれていた。

 補記)北朝鮮に対峙してきたはずの日本側の関係官庁,とくに海上保安庁や警察庁の対応は,そのおおよその事情をしらないわけではなかったものの,以前(昔)は,拉致問題に対する警戒体制を意図して直接にはほとんど敷いていなかった。

 とりわけ,日本海側の海岸線からは長期間,北朝鮮からのスパイや特定要員が常時,日本国内に侵入・潜伏してもおり,しかも好き勝手にし放題であった。

 その事実を関係当局がしっていなかったわけでもない時代状況において,拉致問題が本当に発生していたからには,政府がその種の事件を解決のために徹底的な対応(調査・捜査)をおこない,その内容(犯行)が判明しだい〔相手国は国交のない現実があったとしても〕,外交上の努力にまでつなげて解決をめざすべきであったものが,実際には,きわめていいかげんに手抜きだらけの対応で済ましてきた。

 そうした日本側の基本的姿勢は,「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」とこの支援団体「救う会」といった,これら組織が採る行動方式を,のちに方向付けるさいの反射板になったわけで,この事実を無視したままだと現在における関連の議論はまともにできない。

日本側の基本的姿勢


 3 アメリカ大統領にも適当に利用(つまみ食い)されてきた日本人拉致被害の問題

 また,北朝鮮による日本人拉致問題をめぐっては,われわれの記憶にも残っているように,アメリカの大統領さえその例外ではない関与の仕方を記録してきた。直近までの歴代大統領の何人もが「拉致被害者の家族たち」に面会してきた。彼らは彼らなりにひとまずは,「日本のかかえる北朝鮮関連の国際問題」に対した関心を示す姿勢(ポーズ)は採っていたのである。

 たとえば,致被害者家族と米大統領の面会は2006年4月,当時のジョージ・W・ブッシュ大統領(息子)がホワイトハウスに横田さんらを招いていた。最近ではドナルド・ジョン・トランプ大統領〔1期目の任期中だった〕が2019年に,ジョセフ・バイデン米国大統領が2022年に,それぞれ彼ら・彼女らに面会していた。

 最新の報道では,「 グラス米大使,拉致被害者家族と初面会 『胸が締めつけられた』」『朝日新聞』2025年5月15日 20時16分,https://www.asahi.com/articles/AST5H3G2HT5HUTIL022M.html という見出しの報道もなされていた。

 「北朝鮮による拉致被害者の家族らは〔5月〕15日,4月に着任したグラス駐日米大使夫妻と大使公邸で初めて面会し,問題解決への米国の協力を改めて求めた」

 同じ点を報道していた『毎日新聞』2025年5月16日の記事を切り抜いてあったので,こちらの紙面からも紹介しておこう。

歴代の駐日アメリカ大使は日本人拉致問題に対して高い関心をもち
被害者家族との面会や解決に向けた日本政府への支援を継続的に表明してきた

ただしその国際政治的な実際の効果があった例しはいっさいなかったし
多分これからもそうでありつづける

 ところで,北朝鮮による日本人拉致被害者問題に関係しては,日本に帰国することができた人たちのうち,すでに有名人になっているが,蓮池 薫がいた。

 この蓮池の兄,透は,安倍晋三が首相であった時期の対応ぶりを,つまり「北朝鮮による日本人拉致問題」を,自分の外交関連の懸案事項として喧伝的にとりこみ利用するばかりであり,その実際の解決に向けてとなると,初めから本気で尽力などする気など(そのために必要な政治手腕すらもなかったが),からっきしもちあわせていなかった(いまは)この故人のことを,まだ首相の地位にいた時期であったが,つぎの本を公刊し徹底的に批判していた。

 この本は2015年12月に発行され,長期政権となった「安倍晋三の第2次政権」が発足してからちょうど3年目となる時点で,蓮池 透が実弟の薫が帰国(生還)できた事情・経緯などを踏まえ,安倍晋三のことをボロクソに酷評していた。

 蓮池 透のこの本,『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』2015年12月の中身を紹介するには,アマゾン通販の「ブックレビュー」が役に立つ。これの少し後段のほうから,その紹介をつぎにおこなうことにしたい。

 ところで,ある『フェイスブック』の画像資料( ↓ )のなかには,トランプの右隣にはたいそう神妙な顔つきをして,北朝鮮による日本人拉致問題の家族たちと面会していた,安倍晋三も写っていたものがあったので(2019年5月27日時点のこの画像資料 ↓ ),ある意味では「対米属国精神」がこの拉致問題にまで反映されているのかとまで思わせるに十分な,なんとも情けない光景になってもいた。

2019年5月27日

 けれども,蓮池 透にいわせればこの「世襲政治屋3世」の人物こそが,その「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三」自身なのであって,しかもまさに「冷血な面々」を代表する人物なのであった。参考にまでいえば,ただし,安倍晋三は名誉毀損で蓮池 透を,その本のことで裁判に訴えることはしていない。いってみれば,図星で当たりまえの批判を,蓮池は安倍に投じたに過ぎない。 

 なお,蓮池 透はいままで,れいわ新選組から国会議員に立候補した体験もしている(2019年7月と2022年7月の参議院選挙の比例区・落選)。

 要は「北朝鮮による日本人拉致問題」をめぐっては,あらゆる意味をもってだが,「各方面・各利害」の関係筋からする政治利用が,それも損得勘定もより広い視野に立ってだが,この問題を「自分たちのためにだけ」利用しようとする政治家たちならば,いわば雲霞のごとく寄りついていた。そういういままでの経過が,それはみごとに記録されてきた。

 ところで,その雲霞が雲霞でありうる確かなひとつの証拠というか目印がこれであった。自民党の国会議員を中心にこのブルーリボンバッチがよく着用されている。上着に着けていないと「オマエはまさに非国民」という雰囲気:空気さえあるのか,という印象を受けないのではないのが,このバッチの「聖なる」効用である。これを身に着けて「あなたも意思表示を」という文句が,なにやらこわく感じないではない。

着けない人は「もしかすると非国民」?

あちら側からだと多分こういう反論が返ってくるのではないか

1945年までいったいどのくらいの朝鮮人たちが日本に拉致同然に連れてこられ
そして人しれずに日本全国のあちこちで野垂れ死にした者が
いったい何人いるか分かっていない

このたぐいの話は「たがいに両国間で相殺できるもの=対象ではありえない」し
いまだに埋もれたままの犠牲者が無数いて

しかも記憶の彼方に追いやられている事実すら
日本・日本人側は無知であるだけでなくその事実を認めず否定し抹殺してきた

 蓮池 透は,実弟の薫がなんとか無事に日本に生還できていたという経緯のなかで,この弟がいわば「北朝鮮流に完全に洗脳されつくした頭脳状態」で帰国してきた事情に,真っ向から対決を迫られた。この2人の兄弟がいっしょになって,「洗脳状態にあった薫の症状」を克服するためには,相当の苦労と努力を要したものと推測できる。

 さてここでは,蓮池 透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』2015年に対して,それじたいとして,きわめて適切な批評がくわえられていて,そして関連する基本的な問題点も,それぞれなりに指摘したブックレビューを,この問題の出発点を再確認するために有用な参考資料として引用しておく。

 これらブックレビューを読むさい注意してほしいのは,北朝鮮による日本人拉致問題が実際に浮上してからというもの,すでに24年もの歳月が経ってきた現状にあるが,その根本解決の見通しができないまま,今日:2026年5月下旬まで来た事実である。

 なお,以下の紹介では論点になりそうな用語・語句は,太字で強調しておくことにした。

 その「 OGA-san 5つ星のうち 5.0 拉致問題を結局進ませない政治家の罪は重い」2025年3月31日

 ネット上では叩かれてる蓮池氏のお兄さんの書籍ということで気になって読んでみました。メディアや報道では出てこない真実に近いことが書かれており衝撃でした。

 とくに政治家や外務省らは当初は5人は一時帰国で済まそうとしていた方をしり,真剣に奪還を考えてないことに憤りを感じました。また,拉致被害者が日本に滞在してからも国が特別に保護したわけではなく生活費などは申請してようやく貰えたこと。

 自身の選挙パフォーマンスのために拉致被害者の家族らにスピーチさせ,結局は拉致問題対策をおざなりにしたことは正直呆れました。ブルーリボンも選挙パフォーマンスでつけてる議員のなんと多いことか

 ほかにも家族会が救う会に乗っとられ強行路線に走ったり,家族会に集まった寄付金も使途不明金が多々あり,帰宅した5人にはいきわたっていないなどほとんどが初めてしる情報でした。

 結果的に20年が経過してもまだ日本に戻れない家族が北朝鮮にはたくさんいて,小泉訪朝以来なにも結果が出せなかった政府の罪は重いと思いました。

 横田めぐみさんも母に会いたがっていたものの精神を壊していたことも察しました。 蓮池氏のとおりいまは,経済制裁をくわえるのは得策ではなく対話をもって交渉していくべきと思いました。 家族会や救う会のなかでも確執があったりした方は初めてしることになりました。拉致問題の裏側〔を〕の一つをしる貴重な一冊でした。


 その「曇り雨のち晴れ 5つ星のうち 4.0 拉致者奪還というとてつもない難題に立ち向かった著者の激白」2024年4月14日

 この書はレビューがむずかしい。弟の薫さんを北朝鮮に拉致され,政府認定の12名の拉致者を奪還しようと,原発技師である著者・蓮池 透の激白の書といえるが,かなり感情や推測も含まれていて,やむをえないとは思うが,劇場型過ぎる点が気になる。

 それは,弟を拉致というとんでもない非道,それを奪還するという大義と正義に裏打ちされた義憤があり,とにかく取り戻すんだという一念でいろんな言動をおこなったが,あまりにもまわりが動かない,真の関心事でないような扱いに対しての義憤が横溢している。

 また,「家族会」は事務局長の著者よりさらに過激で頑なな主張になり,それを利用しようとする政治家や右翼的な人物たちが集まって来て「救う会」を作り,「拉致者奪還」ではなく「北朝鮮脅威論・制裁論・歴史修正論」に利用していく。「家族会」が「守る会」に乗っとられる姿になっていったと書く。

 しかし,当時の彼は薄々感じながらも,著者自身も相当傍若無人にふるまったようである。後半3分の1あたりから,それらの反省の言葉が出てくるが,「持ち上げたと思ったら,こき下ろす」という義憤そのままが残る書き方になっている。そういう意味では,赤裸々な自分の思いや感情が出ているといえるが。

 しかしそれは,相手国や実際に動いてくれている人がどう受けとめるか,却って反発され動かない事態を招かざるをえない方向へ動く。それを利用とする連中には都合がよい状態になっていく

 結局,そういう彼も事務局長を解任〔されてしまい〕,「家族会から」除名されたとあるが,そういう著者にして追いやられるほど「拉致問題・家族会」も右翼的・強硬論になり,政治家や右翼的人物の北朝鮮攻撃に政治的に利用されていく

 「拉致被害者の奪還」はますます「枕詞」になり,純粋に応援している人は離れていく。実際に動いてくれている人も,後ろから鉄砲が飛んできたり,足を引っ張られることになる。なにをもっていちおうの解決とするのか決めない「エンドレス」な動きになっていった。著者の説得も「家族会」は聞く耳をもたず,著者を切った。

 文章表現・内容は,私からみると相当のバイアスがかかっているように思えるが,偽らざる著者の心情を表わしているものとして,読んでおくべき書であろう。こんど,蓮池 薫さんが書いた本を読むことにした。


 その「しゃし 5つ星のうち 5.0 冷血ではなく未熟な政治家の面々としたい」2020年9月15日

 読めてよかったです。北朝鮮による拉致問題を考える上で必携の書です。

 この視点からの意見は私が聞こうとしていなかったからかもしれませんが,流れてくるメディアからは聞けませんでした。蓮池 薫さんが話す「横田めぐみさん情報」を私は初めてしりました。

 客観的な視点でみれば,どのご家族も自分の家族が大切でそのためにやったことが疑いや批判を生み,亀裂が出来ていく様〔さま〕が読んでいて苦しくなりました。

 帰国できた拉致被害者の方々への政府の対応や心ないひとの罵声が5人を孤立させていきました。いまはクラウドファンディングが蓮池さんたちのもとへ直接支援を届けるでしょう。罵声は土台人と呼ばれる人たちがしてるのだろうな,と思えます。が,当時はそれができませんでした。

 田原総一朗氏がテレビで有本恵子さんは亡くなってるだろうと話したことで,裁判にもなりました。言論人としてはいわなければならなかったことを話したとして,100万円の慰謝料を支払っています。

 田原さんは上告しませんでした。しかし,そのあと拉致被害の生死はセンシティブな話題となり,全員生存前提での話しか進められなったという弊害も生まれました。

 著者は甥と姪の来日前,横田さんに「めぐみさんの娘に会いにいってはいけない,解決済みにされてしまう」といい,来日したあとに「会いにいったらどうですか」と話したそうです。

 読んでいて絶句しましたが。この言葉は多くの人を傷つけ苦しめたと思います。もっと違いういい方もあるように思いますが,帰国された5名は嬉しかったのではないでしょうか。帰ってこれただけでもラッキーなのにそのうえなにを望むのかという20年以上空白の国で心強かったと思います。

 また,外務省に秘策がなかったこと,各方面との連携が取れなかったこと,政治家が政治家らしく国の発展を望んだことが拉致問題の長期化につながったのだと思いました。帰国され5名にあったことを話してもらうための保護救済体制を整えれなかったことも原因だと思います。

 外務省に秘策がなかったと私は書いていますが,私がその担当になっても秘策は思いつきません。

 ですがこうして,ずっと拉致問題と格闘してこられた方たちの歩まれた道に生えた草を抜きながら,今田から判る問題点を洗い出し,ヒントにしていこうと思っています。

 蓮池さん,書いてくださり有難うございました。


 その「哲郎 5つ星のうち 5.0 素直・正直な手記」2018年9月21日

 家族会の初代事務局長を務めた著者の長年の活動経過と反省の含めた率直な手記である。

 普通の技術職サラリーマンが,特異な外交上の犯罪被害者の家族という立場に立たされ,試行錯誤を重ねた過程で,ご自分の失策と思われる部分も含めて公平に述べておられることに敬意を覚えた。

 以下,とくに印象に残ったことを箇条書きにメモする。

 ▼「救う会」が,被害者とその家族たちの状況に便乗して,右翼運動を展開していること。

 ▼ 現政権が唱える「経済制裁」がそれじたいを目的としてしまい,拉致問題解決のためには逆効果になっていること(p. 197)。

 ▼ 田原総一郎氏が,横田めぐみさんの死亡の可能性に言及したら激しいバッシングに遭った。言論のタブー化が蔓延している(p. 211)。

 ▼ 地村保志さんが,在日朝鮮人たちの引き裂かれた家族への同情を示しておられることの公平さに敬服(p. 243)。

 ▼ 韓国や中国との関係を良くし,北東アジア全体の平和の機運を盛り上げることによって,北朝鮮との関係改善が実現するという見識(p. 278)。現在〔当時〕の安倍政権の靖国神社参拝や,慰安婦問題を煽って,ヘイトスピーチをしているのでは,まったく拉致問題も解決しない。

蓮池透の本へのブックレビュー  


 4 北朝鮮による日本人拉致問題を自分たちのイデオロギー的な関心のみで引きまわしてきた,とくに佐藤勝巳という支離滅裂の日本人は,この問題を悪化させえても解決する手立ては創れなかった

 本ブログ筆者はすでに,佐藤勝巳「論」として基本的な批判をくわえた記述をもっている(ただし現在,本ブログ内では未公表)。

 佐藤勝巳は自分の障害に関した思い出話をまとめて公刊した本として,『「秘話」で綴る私と朝鮮』晩聲社,2014年があった。

 この本の出版元「晩聲社」は,「朝鮮半島関連の書籍も得意とする分野で,韓国の民主化運動や日韓関係に関する書籍を多く出版している」と説明されている。この出版社から発行された佐藤勝巳『「秘話」で綴る私と朝鮮』は,いってみれば,手前味噌の我田引水ばかりを牽強付会しきった「自叙伝風の私話・乱語」であった。

 佐藤勝巳については,現在は東京都立大学にその名称が戻されているが,首都大学東京であったとき,ここの教員であった鄭 大均が,つぎのように人物解説をしていた。この鄭のいいぶんには極論の嫌いがあり,しかもクセのある文面である点を,承知のうえで読んでほしい。

 「佐藤勝巳はわれらの同時代人」『日本戦略研究フォーラム』(なお,この記事は執筆の時期を明記していないので,ひとまず2014年〔後半の〕ころの文章だとみなしておく。この住所:記述のなかに指示されているリンク先住所への移動は不可,not found になっていた)から引用する。

 日韓関係はいま,長い「偽善と感傷」の時代を経て新しい葛藤の時代へと転換しつつある。偽善とは偽りの「善」,ないしはみせかけの「善」を意味するものであり,感傷とはその偽りやみせかけに無頓着なまま「善」に陶酔するナルシシズムのことである。

 1960年代から70年代にかけて,日本の進歩派たちが,北朝鮮にある本物の軍事独裁国家には目を閉じたまま,韓国の朴 正熙政権を極悪非道の独裁政権として批判しながら,「平和と民主主義」のナルシシズムを味わったのはその例であり,

 1980年代以後の日韓の歴史道徳的関係において,日本からやられたことを得意気に語る韓国人がみせてくれるのは「被害者」の偽善劇であり,ナルシシズムである。

 註記)浜崎洋介「福田恒存が今の日本を見たら」『文藝春秋 SPECIAL』2014年7月号。

 「偽善と感傷」の時代には,当然のことながら,その仕手たちとともにそれに同調する多くの機会主義たちがおり,またそれに抗う少数の抵抗者がいる,佐藤勝巳はその抵抗者であり,好奇心にあふれ,人と交わることを好み,論争を厭わない人間であった。

 そんな人間がコリアとの出会いの初期において誰に出会い,なにを考えていたのかを探るのが本稿の目的であるが,幸いというべきか,その遺作『「秘話」で綴る私と朝鮮』(晩聲社,2014年。以下『秘話』と記す)には佐藤の人との出会いの記憶が豊かに記されている。

 より早い時期に出た『わが体験的朝鮮問題』(東洋経済新聞社,1978年。以下『体験的』と記す)と『在日韓国・朝鮮人に問う』(亜紀書房,1991年)も貴重な資料で,本稿はこの3冊を主要な資料に佐藤勝巳の30代の人間関係の一端を明らかにしようとするものである。

佐藤勝巳関連・記述

 本ブログ筆者の佐藤勝巳「評」は,ここでは控えておくが,ここで簡便(安易?)に・別途にまた,「アマゾンのブックレビュー」から,ここでもう1点を引き出し,以下に参照することにしたい。

  ラグタイム ララバイ 5つ星のうち 2.0
      拉致被害者家族への誹謗さえなければ ★4つ
                   = 2014年4月27日 =

 一生を通じ,在日コリアンと真摯に交流,当初は支援者として,ある時期からは激しい批判者として生きた著者の遺作。

 帰国事業当時の寺尾五郎氏との交流や,寺尾氏のアジテーターとしての才能のすごさ,客観的には犯罪者にすぎないのにみずからを差別への反抗者として演じた悲喜劇的な人物金 嬉老との対決,1960年代の左翼運動の偽善などに対する記述は,確かに歴史的証言として価値あるものだ。

 また,著者と総連系在日コリアンとの深い人間的対話を記録した文章は,著者の在日コリアンの文化や風習への深い愛着と,北朝鮮に利用されつつも共産主義や祖国への信念をもちつづけた在日活動家への共感の念を示している。ダンスへの愛好や船についてのエッセイなどは著者のこれまでしられなかった一面をみせて微笑ましい。

 そのような貴重な本なのだが,あえて評価を厳しくしたのは,その美点をほとんど帳消しにしてしまうほど,みずからがかかわった日本人拉致救出運動についての記述に問題が多すぎたからだ。

 被害者家族への根拠なき誹謗を繰り返し,それでいて自分自身が1千万円の支援金を会計に届けず自分の判断で使ってしまい運動に大きなダメージを与えたことには一言も触れない。

 北朝鮮が早期に崩壊するという判断ミスを下したことも書かず,自分を運動から追い出したといって現場の運動家たちを無責任に批判する姿勢など,本来,編集の時点ですべてカットすべき,高齢による感情的揺らぎや私怨のほとばしりとしか思えない文章も本書には収録されてしまっているからだ。著者の名誉のためにも残念である。

佐藤勝巳・評

 この評者は金 嬉老事件を起こした当人のことを,「客観的には犯罪者にすぎないのにみずからを差別への反抗者として演じた悲喜劇的な人物」と上手に評定していた。だが,その「金の主観」を生じさせた「客観の事実」,つまり,日本国家の19世紀から20世紀にかけての,いわば旧日帝的な欺瞞精神史の羈絆から一歩も出ることのない,しかもその自覚もない「したり顔」ごときに繰り出した修辞は,感心しない。

 筆者もかつて,佐藤勝巳のある本に対してだったが,その根本の主張にまでかかわる批評を,雑誌や単行本のなかで公表したことがあった。だが,老齢期になっていた佐藤には,答えるつもり(気力)すらなかった様子にみうけたが,そうであったならばそれなりに自身の人生行路「末期」の舵取りだけは,慎重にすべきであった。

 なかでも,この人は自分だけ勝手なことをいい,しかもひどいことに「被害者家族への根拠なき誹謗を繰り返し,それでいて自分自身が1千万円の支援金を会計に届けず自分の判断で使ってしまい運動に大きなダメージを与えたことには一言も触れない」,つまりその金を「横領した」とまで指摘されていた。事実であった。

 お金の問題になると,人間の本性はバレやすい。あなたも私もきっとそうであるからには,ふだんからよほど注意しているべきであり,経済問題からは誰でもなにか問題を起こしやすいゆえ,細心の自重をもって対処していたほうがよい。

 要するに佐藤勝巳の場合,老境に達した人間がいつのまにか,あたかも白い大根と赤いニンジンとの区別がつかなくなったかのかのように,善悪の分別すらできなくなっていた。それこそ,老いの繰り言に嵌りこんでいたごとき自身の脳細胞の状態に気づくこともないまま,つまり,晩節になってからはその自覚がもてないまま「自分史」の足跡を客体視できなくなっていた。


 5 本ブログ内の関連する記述・紹介

 「蓮池兄弟の透と薫」の間柄(血縁関係)に関した話題のなかには,世間にはいっさいしらせるわけにはいかない問題が秘されていた。つぎの記述にその点が描かれている。

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【参考文献】

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