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従軍慰安婦問題の本質(14・完)-自民党岸田文雄ならびに安倍晋三政権下の経緯など-

 1 本日のこの〆の記述を始めるにあたり前言

 「本稿(14・完)」はこれでこの題名の記述として最終回となる。その間だいぶ間が空いたが,とくに昨日(2026年4月14日)まで書いてきた高市早苗政権の「ダメっぷり」てんこ盛り政権を批評する記述が10回もの連続モノになっていた関係などで,一時期,別の論題のほうに関心を向いたかたちになっていた。

 付記)「本稿(14・完)」はつぎの前編「本稿(13)」からだいぶ時間的に間隔ができたので,この「本稿(13)」のリンク先住所を指示しておくことにした。

 ごく最近の本稿記述に関連する新聞解説記事があったので,このさい紹介しておきたい。 

慰安婦の問題にフタ(排外)をすることは
はたして愛国的な行為か?

 --最近の日本は2024年2月24日,「ロシアの強権独裁者プーチン」が始めたウクライナ侵略戦争のために,とくにエネルギーを中心とする資源問題に少なからぬ悪影響が惹起されていた。

 その経過にくわえて,2026年(今年)2月28日にこんどは,基本的な素性・資質としてウラジミールとは親しい間柄:オトモダチである「アメリカの兇人大統領トランプ」が,イランの石油がほしいのだなどとわめきつつ,この国に対して,国際法を完全に無視した先制攻撃をかけて戦争を始めた。

 イラン側は対抗措置としてホルムズ海峡を閉鎖・管理するという対抗手段を講じたために,中東諸国から石油や天然ガス(LNG)を大量に輸入している諸国(アジア諸国はとくにその依存度が高い)は,すでに非常な苦境に追いこまれている。

 ところが,日本に冠してはとうとう,こういう事態まで起きているのに,政治・外交手腕はゼロ(見当違いに個人的な演技は大好きだが),経済・産業は無知(経済政策のイロハからして不在)であった「高市早苗という日本初の首相」が,あのこれまた漢字の識字能力では抜群に低水準だった「世襲政治屋3世:麻生太郎」に推され,2025年10月21日に自民党総裁に選ばれそして日本国の首相に就いていた。

 さて,前段のTOTOに関した日経記事からはつぎの段落を切り出し,紹介しておく。高市はたいそう遺憾なことに,首相としてこのような現実をまともに感知・認識・理解できる能力がない。この種の能力は,彼女の政治屋としての特性,つまり,事前に周知の「能力の不足・限界」であった。

ナフサ不足がいかに重大な産業技術問題なるか高市はからっきし分かっていない
つぎの図解はすでに紹介したことがあるが再度かかげておく
ナフサに注目するとさらにつぎのような製品が精製生産される
高市は首相としてなんら根拠もなしに石油の備蓄が2百何十何日分あるから
大丈夫だと力説していたが

そうであればTOTOの製造する製品が
いま突如停止することなどはありえないはずであった

問題は生産をするために不可欠な材料に関してその一品であっても
ボトルネック(隘路:実質的な途絶)が発生するとなるや
該当する製品の生産そのものが停止を余儀なくされる点にあった

その事実はナフサ由来の原材料が供給停止というなりゆき事態によって
すでに起きているのであるのに

日本はまだ石油の備蓄があるから当面する緊急の問題がないみたく発言した
高市はこの国の最高指導者して失格

 この人:高市早苗のやることなすことのいちいちが,いってみればトンチンカン以前の無策・無為というか,不作為的でなければ意図的に完全に無知・無能である。国内経済の運営はもちろん国際政治の舞台でも,実にみっともないだけの「実演(パフォーマンス)」を披露してきただけであった。しかも,自分はなにも気づかないまま,この国の今後をわざわざ火炎地獄のなかに,無識のまま引きこむような采配ぶりであったから,お話しにならないくらい,冗談にもなりえないくらい「程度が悪い」のである。この話題は現在進行形である。

 話をする角度を変えてみると,高市早苗は自身の両親が『教育勅語』を信奉する人間たちであったせいか,自分も,この明治時代にデッチ上げられに創作された「偽物の日本精神」を本気で信心している。

すべての価値観が天皇中心・絶対観に集約されていた
家・家族はなんといっても天皇家のタメにこそあるのだから

緩急あれば〔どのような事情のなかでも〕
人民(臣民)は天皇のために命を投げ捨てる覚悟をもてと強要している

21世紀のいまもこのように日本人は天皇徳仁のために・・・などといったら
日本国憲法の基本精神に真っ向から反する

だから高市は『教育勅語』大好き政治屋の発想としてこの憲法を変えたい

 なぜ,この種の論点を指摘するかというと,本稿・本論の問題である従軍慰安婦問題を考察するさい,いまの日本の首相が「女である事実」も顧慮しておく必要性があった事由・事情は重要であるが,とりわけ,この従軍慰安婦問題を,高市が女性である立場からどのように認知しているのかという論点をめぐってはある意味,「いわずもがなかもしれない」と,あえて事前に裁断しておく。

 高市早苗の立場であれば,たとえば三土修平が作図してくれた,つぎのような含意に大賛成だと推測できる。

上下関係でしか国民(臣民)がみないのが
『教育勅語』の価値観・世界観

 なお,本記述はもともと(初出された時期の関係上),まず岸田文雄政権時における関連した議論から始めていたので,残念ながら高市早苗首相の現在的な問題として,十分にとりあげた本題を論述することはできない。

 ここでは,つぎの本間 龍とと佐藤 章がAIに作らせた図解(最初の1点とつづく3点)も,ついでに参照しておきたい。いわんとする核心は説明するまでもない。

内政・外交の肝心な問題に対する高市早苗の政治実力はゼロ点に近い

しかも現状において逼迫させられている問題は佐藤 章が
いかのごとき画像を作って想像(イメージ)させている
佐藤 章:第1図
佐藤 章:第2図
経済産業大臣でありとくに「中東情勢に伴う重要物資安定確保担当大臣」も兼任する
赤沢亮正が利上げ(インフレの高潮を予防するために)を口にしたところ

高市早苗首相と片山さつき財務大臣が早速
金融政策について発言に注意するよう赤沢に対してくぎを刺したとの由

高市が経済・財務問題に完全にうとい点は仕方がないとしても

片山が元財務官僚(元は大蔵省)出身の大臣としてそのように
高市の意向に合わせて発言したとなれば

この国が溶融しはじめている現象はいよいよ深刻度を増す


 2 2023年9月23日「岸田内閣改造人事」に触れつつ従軍慰安婦問題の本質を再考する

 a) 岸田文雄は2023年9月23日に,内閣の人事を改造していた。なかでもとくにいままで,内閣官房副長を務めていた木原誠二は,『週刊文春』が同年7月から8月にかけて文春砲からの連射を被弾してきた立場から,この週刊誌を発行する出版社を刑事告訴し,反撃を試みていた。

 けれども,その後すでに1ヵ月以上(正確には40日ほど)が経過してきたころになると,その後につづけるための木原関連側からの動きは,なにも起こされていなかった。

 前段の話は,木原誠二が「現在の配偶者の妻」の「その元夫が殺された事件」に,なんらかの関係があったのではないかという疑いをめぐり,『週刊文春』が当時大々的に報道していた1件をめぐる出来事であった。この木原が首相としての岸田を実質補佐してきた姿は,正式な記者会見の場において木原がズボンのポケットに手を入れ,突っ立っていた姿が暴露されたりするかたちで,その意味あいが世間に伝えられていた。

 前菜的に以上のごとき話題をひとまず述べておき,つぎは,2021年11月10日に衆議院議員・自由民主党総裁岸田文雄が第101代内閣総理大臣に任命され,その後,2023年9月13日から2024年10月1日まで続いた「第2次岸田第2次改造内閣」における閣僚人事に,ここではとくに言及しておきたい。

 b) つまり,いまから2年と7か月ほど前になるが,2023年9月13日に発足し,2024年10月1日までつづいた第2次岸田再改造内閣は,「女性閣僚を過去最多タイの5人起用し,11人の初入閣を含む大幅刷新で支持率低迷の打破を狙った」と報道された。

 松野博一官房長官ら政権の骨格を維持しつつ,上川陽子外相や高市早苗経済安保担当相(留任)などを配置し,安定と刷新のバランスを図ったというのである。

 その後,2025年10月21日になると,その間に石破 茂内閣(2024年10月1日から2025年10月21日)をはさんで登場した高市政権の登場に,この岸田政権時の内閣改造「話」がどのような関連を有していたかを,いかに考えてみるかという話題よりも,

 いまでは,日本初の女性首相の登場となった現政権の担い手である高市早苗自身が実は,首相に就任してから半年近くが経った現在まですでに,政治も経済も社会もこれらあらゆる領域において,あのいまは亡き安倍晋三よりもさらに劣った

 「無知だらけのトンデモ人材であったサナエ的な事実」が,あまりにもみっとないかっこうで露わになっていた点に注意しておきたい。

 c) その高市早苗的に非常にまずい真実関係の資質や事情についてここでくわしく言及することはしないが,つぎのように『X』上でその最悪であって,まさに高市的に非常に大きな,それも決定的,致命的だというほかない欠点を,要領よく指摘し,表現する発言があった。

こんな人がいま日本の首相である
この画像のなかにはいま麻生太郎がこの早苗に代えて首相にしたい茂木敏充が座っている

 さらに高市早苗が首相として集団的自衛権向けにあれこれと,政治と経済に関して無知に等しい政治家としての認識水準にいらだった『日本経済新聞』朝刊に毎日掲載されているコラム「大機小機」は2月4日,日本経済新聞社がすでに高市に対して抱いているイラ立ちを,つぎのように表現していた。このコラムの題名は「物価上昇を容認する予算」となっていた。

      ◆〈大機小機〉 物価上昇を容認する予算 ◆
      =『日本経済新聞』2026年2月4日朝刊 =

 政府は2025年12月26日の閣議で2026年度当初予算案を決定したが,衆院解散により国会提出には至らず,予算案は宙に浮いた状態にある。こうした中,自民党は新たな公約として「2年間の食料品消費税ゼロ」をかかげたが,実施時期に関する高市早苗首相の発言はぶれている。

 経済学的にインフレ対策を整理すれば,① 総需要を抑制する財政運営,② 供給制約を緩和する投資,③ 期待インフレ率(とくに賃金期待)を安定させる政策,の3つに集約される。この観点からみると,2026年度予算案は,食料品消費税ゼロを組みこんだとしても,① を事実上犠牲にし,② と③ に依存する構造にある。

 歳出と減税の内容をみれば,エネルギー補助や低所得世帯支援にくわえ,食料品消費税ゼロによって家計の実質可処分所得は押し上げられる。短期的な生活防衛としては理解できるが,マクロ的には需要を刺激する効果が勝る。

 消費者物価指数(CPI)を一時的に押し下げる効果はあっても,統計上の水準効果に過ぎず,物価上昇圧力そのものを解消しない。補助金と減税を同時に用いる政策は価格シグナルを弱め,物価調整を先送りする危うさを伴う。

 デジタル化や温暖化への対応,防衛,人的資本への支出は,将来の供給力や生産性を高めるという点では評価できる。しかし,効果は中長期に表れ,短期的には資材価格や人件費の上昇を通じて,コストプッシュ型インフレを助長する局面も想定される。

 看過できないのが財源問題だ。食料品消費税ゼロは,2年間の時限措置であっても年間約5兆円の税収減をもたらす。確たる代替財源と実施時期が明示されねば,金融政策が正常化に向かう局面で,政府は本気で物価安定をめざしているのかという疑念を市場と国民に抱かせかねない。企業や家計は物価上昇の継続というインフレマインドを織りこむであろう。

 「責任ある積極財政」を標榜する2026年度予算案は,食料品消費税ゼロを含めても「インフレを抑えこむ予算」とはいいがたい。むしろ物価上昇を既成事実として受け入れ,負担を分配で和らげようとする予算だ。食料品消費税をゼロにしても,この予算案では,インフレ対策としての即効性も持続性も期待できず,物価上昇は当面続くとみるのが妥当であろう。(万年青)

大機小機

 この日経コラム大機小機は,高市政権の経済政策をたいそう危惧する立場から書かれており,多分,論説委員の誰かが執筆した,つまりいかにも記者が書いたらしい文面になっていた。これと同旨であったまた別の大機小機の文章があった。こちらは画像資料で紹介しておく。

大機小機再論

 もっとも,まるで狂人みたいな「加齢性認知症を発症させている疑い」までもたれているアメリカの大統領トランプ,この男自身が開戦した「イラン戦争」のせいで,しかもくわえて日本経済の運営が,あの「アベノミクス型の経済政策をそれも下手くそに志向」したがために,基本から「国民福祉を損な」い始めている。

 つまり,アホノミクスに重ね餅にさせがごとき,アホエノミクス的な無知だけは,その悪い意味でのムチムチの結果を,出現させはじめている。

 現時点の2026年4月中旬になってだが,国民生活において必需品価格の上昇傾向はたまったものではない水準にまでなっている。このところ,諸物価の値上がりは数%などといった生やさしい水準ではなく,ものに依っては,数割以上5~6割もざらという諸物価の上昇傾向になっている。前段で触れた石油由来の製品となると,すでに5割から倍という単位の値上げ率が,そろそろ出はじめている。

 政権発足からほぼ半年が経った,高市政権風の「外交が稚拙である触感」と「経済に無知である顛末」は,忌憚なく申せばなどと口上するまでもなく,「高市首相,アナタは,政治の勘どころの把持も経済の統計的な実態把握も,なにもまともには分かっていないね」といわざるをえない。 

 「高市がこの国初の女性首相として登場した事実」は,このようにすでに問題だらけであった。けれどもひとまず,その事実そのものはさておき,「第2次岸田第2次改造内閣の布陣」女性閣僚が最多タイだったときの様子のなかにうかがえた問題性を指摘してみたい。

 いまとなってみれば,女性閣僚の何人を大臣職に就けていたにせよ,実質面で自民党政権内に,なにか特別に代わり映えある事実がもたらされたわけではなかった。しかも,最初からそのように予知できた展開に関してはとくに,その女性閣僚のなかには現在の首相になっている高市早苗も「混ざっていた」というなりゆきなかにこそ,いまさらながらだが〈不吉な予兆〉が黙視されていた。

 d) 以上のごとき,岸田文雄政権時における内閣改造ごっこは,実につまらない閣僚人事の配膳模様になっていた。女性議員が多く入閣する事実そのものは,一般論として好ましい傾向である。それでは,これら女性閣僚たちが,この岸田文雄政権のもとで具体的になにをしてきたかといえば,「?」で応えるべき感想しか浮かばない。

 そもそも,この岸田文雄の第2次における再改造政権は,この首相の人事采配「欲」を満足させるための人事操作に過ぎず,大臣製造数を誇ることじたいが目的化した現状の自民党政権の「無恥,無痴の体たらく」ぶりを,あらためて正直に告白しただけであった。

 ともかくいま,2026年4月15日現在,日本国首相は高市早苗である。ところが,この日本初だという女総理大臣がこのいまどきに,前段に紹介した,『X』への「津田大介@tsuda」の Post どおりにその本性が暴露されていた。日経朝刊コラム「大機小機」も,この経済新聞紙なりに,イラ立ちを隠さない「高市批判」の見地を吐露していた。

 e) ところで,2026年2月8日に実施された衆議院解散総選挙の結果は,旧来型の大手メディア・マスコミが「自民党(と日本維新の会)が300席をうかがえる様相だ」と予測していたとおり,その結果は現政権側の圧倒的な勝利となり 316席を獲得した。

 もっとも,この選挙結果は小選挙区比例代表並立制の弊害を最大に結果させていた。その点は,自民党の比例区得票率が36.7%であった事実から即座に理解できる。一方の野党勢力は林立状態であったため,その弊害を高じさせる結果を誘引した。

 36.7%の得票率であった自民党がなにゆえ,3分の2を超える議席が取れるのか? この結果は完全に,現行の「選挙制度の欠陥」が剥き出しになったものだというほかない。

 ところがその一方で,この選挙においては,自民党政権から離脱した公明党(先に岸田内閣改造のところで氏名の挙っていた斎藤鉄夫が代表)が,立憲民主党と組んで新しく中道改革連合を発足させていたが,かえって新鮮味を有権者にはもたらすことができず,とりわけ立憲民主党は壊滅的な損壊を受けたと形容できるほど議席を減らした。

 その衆議院解散総選挙の結果いかんとほとんど無関連に問題であったのが,ともかく,高市早苗がいかに政治・経済・社会の問題に関しては全般的にと評してもいい事実であったが,その初歩的な理解すらなっていない事実(出来の悪い中学生レベル)にとどまっている点が,急速に浮上していた。

 f) 話は岸田文雄政権時のところにもう一度戻る。さて,当時において岸田文雄「政権」は,自身が首相としてこなす仕事・業務の前さばきのすべてに関して,木原誠二官房副長官の支援・助力なしにはなにもできていなかった。その筋の事情にくわしいジャーナリストは,そのように解説していた。

 岸田首相は前段に言及した内閣改造(2023年9月13日)をほどこすにあたっては,当時においてすでに既知の情報になっていたが,木原誠二をその閣僚候補から外した。そうだとなれば,その後において「世襲3代目の政治屋」である文雄の国家運営に大きな支障・不具合が生じなかったという保証が,なくなってしまうかもしれない。木原抜きの岸田政権の運行は,たいそうな不安をかかえこんで出発・進行していくと,そう判断せざるをえなかったからである。

 ところで,木原誠二は妻以外に第2夫人をかかえており,しかもこの女性の自宅から首相官邸に通勤していた事実も判明していた。そして,くわうるに「風俗業:デリヘル」の常連客であった事実も周知であった。木原がその顧客として風俗営業を利用する形態:目的は,なんといっても「▲番行為そのもの」にあった。

 すなわち,昔風にいえば「女郎買い」を頻繁におこなっていた内閣官房副長官は当時,『週刊文春』の十字砲火ごとき連続報道の攻撃を受けていた。ところが,これに対してなんら具体的に弁明も反論もしてこなかった。そうした経過のなかで,岸田文雄首相が当時(2023年9月13日に)正式に発足した内閣改造では,木原みずからが自身は退くことにした推理される。

 さて,その「デリバリーヘルス」とは,派遣型のファッションヘルスのことであり,略してデリヘルという。出張ヘルスとも呼ばれるように,その店舗は設けず,客のいる自宅やホテルなどに風俗嬢を派遣し,性的サービスをおこなう業態である。

 木原誠二はこのデリヘルの「▲番」を当然の前提にして,風俗嬢を頻繁に呼び利用していた。しかも,毎日の官邸への通勤のほうは,第2夫人が運転する車で送られてきていたというのだから,首相官邸の品位・品格そのものではなかったにせよ,本当にりっぱな品格の持主であった,つまり恥しらずの人物が岸田文雄の片腕であったことになる。

 g) 結局『東京新聞』の記事にも出ていたように,それでも岸田文雄は木原誠二の首を斬りたくはなかったというから,この首相はよほど木原を頼り,頼みの綱にしていたということになる。そのくらいに本来,岸田自身が政治家としての基本能力面においては,問題:不足・欠落があった事実を教えられる。

 しかし,その官房副長官がデリヘル買いの常習者で,しかも法律に抵触する「▲番行為」を前提に風俗嬢を呼んでいたというのだから,これをしらないわけがない首相が,それでも本日(ここでは2023年9月13日での話題であった)正式に発表された内閣改造人事については当初,木原を外したくなかったという情感をもっていたというのだから,この首相,よほど自分に自信がなかった点をみずから示したことになる。

 結局,その程度の「世襲3代目の政治屋」がこの国の運営を担当しているとなれば,政治はもちろん経済も社会も発展などできるわけがない,そのように思うほかない点は,本ブログ筆者1人だけが感じるものではあるまい。

 というようなここまでの記述は,デリヘルという〈商売・事業〉とは基本のところで共通する要因もあった問題が,本日の記述をもって最終回となる「従軍慰安婦」の問題でもあった。この事実じたいに関した特別の追加説明は不要である。

 しかし,同じ買春的な話題であっても,双方の問題をめぐる〈時空の相違〉は大きく,一筋縄では比較対照すらできない歴史の要因と状況が控えていた。とはいえ,それでも基底のところでは通時的に共通する要因もある。

 この2の記述の最後にふさわしい批判的な記述をつぎの引用しておく。これは,2023年9月13日から2024年10月1日まで続いた「第2次岸田第2次改造内閣」における閣僚人事の陣容を観たうえで,ある人が述べた感想である。

 以下の【参考記事】を『日刊ゲンダイ』の記事から紹介する。⇒この記事「岸田さんには危機感すらないらしい この難局に『内向きの保身改造』の無自覚」『日刊ゲンダイ』 2023年9月12日は http://www.asyura2.com/23/senkyo291/msg/726.html で全文が読める。


 3 本日の主題・副題はこうなる。「従軍慰安婦問題の本質(14・完)」ということで,「いまだに慰安婦問題を全面否定したい極右の故・安倍晋三的にデタラメ三昧だった政治集団:自民党政権は,21世紀の国際政治とは無縁の存在」とでも表現しておこう。

 なお,「本稿(14・完)」の記述は,いまから12年近く前の初出であり,2021年9月30日の更新などを経て,さらに本日にあらためて記述している。

 従軍慰安婦の歴史的な核心問題は「強制」性にある。だが,この歴史の事実を否定したがる迷盲政治家が蝟集する自民党は,2021年9月29日実施した自民総裁選で安倍晋三カイライの岸田文雄を選出,私物化(死物化)による内政をさらにだらしなく継続してきた。これでは日本の政治の未来に明るい展望はもてるはずもなかった。

 上の段落は2021年9月30日に書いた文章であったが,この指摘・内容はまさに本日(ここでは2023年9月13日,そして2026年4月15日)の時点になっても,まだそのとおりに進行中だと観察できる(のだから,なんというか実に情けないかぎり)。

 ところで,その2021年9月29日に実施された自民党総裁選は,安倍晋三・麻生太郎・甘利 章たちが,あたかも生ける亡霊集団が舞い踊るかの要領で,岸田文雄を選択,応援して当選させた。そうだとなれば,従軍慰安婦問題に対する自民党の歴史的な姿勢は,これからも当然に後ろ向きのままであり,振りかえってみなおすことを,再確認させた。

 (そして今日の2026年2月5日と4月15日)現在だと,高市早苗が首相に就いていた段階だが,従軍慰安婦問題については,彼女の発言は具体的に聞けた機会は少なかったが,過去において慰安婦問題に関した発言は「河野談話」(1993年)の見直しに関する文脈で発言したところから推しはかれる。

 その1993年8月4日,当時の官房長官であった河野洋平が,戦時中の従軍慰安婦問題に関する政府調査結果に基づき発表した談話は,「旧日本軍の関与と,意思に反して集められた強制性を認め,お詫びと反省を表明した」ものであり,この談話は現在も日本政府によって全体として継承されているゆえ,高市早苗のこの従軍慰安婦に対する基本姿勢は,河野談話とは異質である。

 高市早苗は,過去に戦争責任に関して自分は「当事者とはいえない世代であり,反省を求められるいわれもない」といった趣旨の発言をしており,政治家として歴史観の問題とは無縁の立場にいられると,いわば倒錯した理解を抱いている人物であった。

 しかし,そうした「歴史観を欠いたモノの見方」が「戦後生まれの世代である自分」の立場を表現させていた。高市なりの「戦争責任を問われたら瞬時に反発するといった無思想の態度」は,自分なりの思考回路をもとより欠落させており,彼女の立場に固有であった痼疾を色濃く表現させていた。

 そもそも自分が生まれていなかった時代における出来事については,自分は関係などいっさいなない,もちろん反省する立場にはないという発想じたいが,非常に興味深い「脱歴史宣言」になっていた。

 そのような理屈がはたして,政治家に通用する発言たりうるかと問われたら,否であった。すでに,首相としての発言としては,ろくでもない特徴をあからさまに露出した「高市の政治手腕」は,すでに大きな「?マーク」が突きつけられていた。

 ここで,産経新聞・読売新聞はいままで,安倍晋三第2次政権時(2012年12月26日発足)の「迷盲的な国家主義」に対して,露骨に寄りそったかのようにその反動路線を採用していた事実をめぐり,吟味してみたい。

 両紙は従軍慰安婦問題に関した報道姿勢となるや,ひたすら「歴史の事実」とは無縁であるかのように主張したがるばかりで,まともな問答にすらなりえない「闇雲な主張」を押し出していた。それだけに両紙は,この問題になると相当ムキになってしまい,〈社会の木鐸〉とは無縁だったとみなすほかない「言論機関の本性」を丸出しにしてきた

 両紙は「政治社会思想の次元」で観れば,日本におけるイエロー・ジャーナリズムをになえる「代表的な報道機関」になりはてていた。産経新聞(三K新聞)や読売新聞(ゴミ売り新聞)の立場は,自民党政府のプロパガンダ拡声器の役目ならよくはたしえたものの,「言論機関としての批判の立場」そのものは,「反動どころかほとんど社会悪」とみなすほかない領域に生息する新聞紙になりはてていた。

 要するに,安倍晋三の応援団でしかない「御用紙」「政府広報紙」は,この世の中には要らない。

 それにしてもあいもかわらず,支離滅裂で噴飯モノの報道姿勢が目立つ点は,『三K新聞』のほうは当然として,日本で一番の販売部数である大手紙『ゴミ売り新聞』までが,このサンケイと同列(自民党政権の第5列)に映るような報道姿勢を採っていて,まことに恥ずかしくもみっともなかった。この種になる新聞業界:大手メディア・マスコミにおける自堕落な惨状は,正視に堪えないくらい醜い。

 読売新聞社は過去,日本において原発を導入する旗手の立場を採っていた事実も忘れられない。正力松太郎という人物がその有名な関係者であった。この正力は,関東大震災直後の「朝鮮人虐殺事件」にも国家官僚として重大な関与をしていた記録をもつ。この松太郎あっての,いまの読売新聞社であった。日本の新聞紙史上,いってみれば「ある種の特殊な原罪」を背負っていたのが『読売新聞』である。


 4 ここではあらためて従軍慰安婦問題をめぐって「前置きの話」をしておきたい。

 以前,2014年8月5日と6日の出来事であった。『朝日新聞』が特集して報道した従軍慰安婦問題を見直した記事に対して,日本の新聞紙でいえば,とくに『産経新聞』『読売新聞』あたりが,なにを勘違いしたのか,この2紙も実質では,もともとまったく同じ内容の報道はしてきた。ところが,同業社の『朝日新聞』をなぜか,しゃかりきに非難・攻撃を繰り出していた。つまり天に唾する行為を,報道機関として平然と犯していた。

 従軍慰安婦問題に関しては〔当時までであっても〕すでに数多く文献・資料が公表されていた。つまり,日本においてそれまで公開されてきた従軍慰安婦問題関連の,そうした文献・資料史の蓄積・成果を,一部でもよかったのであるが当たってみれば,一目瞭然となる特定の事実に気づくはずであった。それらは,従軍慰安婦の問題が歴史的に強制「性」を基本にして発生していた事実を物語っていたのである。

 ところが,そのあまりにも明々白々であった「歴史の事実」をまっこうから否定していわく,「そうではない,強制連行などなかった」(そのさいとくに「狭義のそれ」を概念として区別・用意しえたつもりで)と,それも必死になって反論する人たちがいた。

 しかしながら,その狭義かあるいは広義かという論点は,従軍慰安婦問題をともかく否定するための材料に利用されていただけに,こちらから繰り出された議論は,初めから “否定のタメ” にだけになされていた。

 しかもこの問題になると,実証的になんら根拠もなく,まったく無責任にいい放ってきた政治家たちなどが,大勢いた。彼らは多分,従軍慰安婦問題の歴史を解明した関連の文献を,1冊も読んでいないのではないかと思わせるほど〈無知かつ無謀〉な見解を,そのころは無制限に,つまり惜しみなく披露していた。

 以前,安倍晋三第2次政権の政治家たちは,自分たちが大きな過誤に陥っていても,その過誤に気づくための努力はいっさいしようとしなかった。朝日新聞社を攻撃したいのであれば,まず従軍慰安婦問題に関する,これまでに判明している「歴史の事実」を最低限でも勉強したうえで挑めばよかったものを,単に問題じたいに対する自分たちの好悪の次元にのみ乗せてする評価・判断しかできなかった。

 ともかく彼らは,その関連する歴史の事実をまともに学習したことがない。ただ,この問題の存在を闇雲に否定し,問答無用に排除することにしか関心がなかったゆえ,そもそ従軍慰安婦問題をめぐり議論をすることじたいおぼつかない人びとが,「ともかく」この問題は否定だけしたい・するという〈虚妄の図式〉が,便宜的に創作させられていた。

 ところが,彼ら(従軍慰安婦問題を否定する特定の集団)の執るその攻撃方法を支える態度は,もともと事実にもとづかなかった。それだけに,完全に逆立ちしていた。なかでもそのいいぶんは,ほとんど狂乱に近い域にまで到達したかのような倒錯感まで充満させてもいた。

 もう一度強調しておく。従軍慰安婦問題には,旧日本軍のすなわち旧大日本帝国の国家意志が貫かれていたのである。とくに朝鮮人女性を連行した記録は,朝鮮総督府にその記録文書にあったが,敗戦直後に,その官庁資料はほとんどといっていいくらいそのすべてが焼却された。だが,東京の朝鮮総督府支所にはその写しがあり,それがいまも政府部署のどこかに隠匿されている。この点を初めに指摘したのは千田夏光であった。

 註記)千田夏光『従軍慰安婦 正篇』三一書房,1978年,11-12頁。

 敗戦後における日米密約問題でもそうであったように,アメリカ側に公文書として残されている文書が日本側には残されていない,といいはってきたように,いまは存在しない朝鮮総督府に従軍慰安婦関連の記録は求めるべくもないものの,日本の官庁のどこかに奥深く眠っている可能性が完全にないとはいいきれない。実際,ポツポツとだが発掘されることがあった。

 すべからく,強制連行は従軍慰安婦問題についてそれをありえないなどと主張したい者あるいはそうする者は,その誰であっても,すでに数多く公表されている専門研究書などのなかに記述されている「その強制性」にかかわる諸論点に関して,きちんと自身で読みこみ,必要があれば実証的に批判してから,積極的に論破にかかればよい。

 しかし,そうした学術的な基本作法とは無縁のいいがかり的な非難しか彼ら・彼女らにはできていなかった。ただ,感情面から浮上してくる否定的な反対論をいいはることに熱心であったに過ぎない。

 補記)本日のこの記述を更新する機会に,つぎの髙木健一『従軍慰安婦と戦後補償-日本の戦後責任-』三一書房,1992年の書評を紹介しておきたい。

 この書評のなかには「例の吉田清治(原文では清司と誤記)のフィクション的な語り」がとりあげられていたが,当時においてはまだ,この「吉田の問題」はまだ格別には意識されていなかった。なお,本ブログにおける「本稿」のこれまでの「連続もの」の記述のなかでは,この吉田清治の著作に関連する吟味は,別途おこなっている。

 また,この書評のなかにさらに登場する佐藤勝巳は,北朝鮮による日本人拉致問題に対しては,「理論指導」の見地に立って特定のイデオロギーを教導していた人物であった。ところが,この佐藤は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)が収集した金銭に関して,疑惑をもたれる場面を提供していたゆえ,なにをかいわんや。

 従軍慰安婦問題そのもの存在が,文句なしにともかく大嫌いな識者たちのなかには,反論や批判の仕方がいつの間にか,ひどく滑りすぎてしまい,つぎのような失敗を体験するハメになっていた。髙木健一が提訴した裁判に関する事後談である。少し長いが参考にしておきたい。この藤岡信勝や池田信夫の語り方は,事実とは無縁の発言をするところにこそ,彼らなりの言説に独自の個性が発揮されていた。

 5「藤岡信勝氏・池田信夫氏が『誤り』認め謝罪文慰安婦訴訟の弁護士批判記事-元慰安婦らによる 戦後補償の訴訟を多く手がけた高木健一弁護士が起こした名誉毀損訴訟2件が,相次いで和解した- 」『 ハフポスト』2016年7月26日 23時53分,https://www.huffingtonpost.jp/2016/07/26/fujioka-ikeda-apoligized_n_11208488.html から引用する。

 元慰安婦らによる戦後補償の訴訟を多く手がけた高木健一弁護士を批判する記事を雑誌やブログに書いた藤岡信勝・拓殖大客員教授と,アゴラ研究所所長の池田信夫氏が,それぞれ記述の誤りを認めて高木氏にお詫びする謝罪文が載ることになった。高木氏が起こした名誉毀損訴訟2件が,相次いで和解したためだ。

 a)〔2016年〕7月26日発売の月刊誌『WiLL』〔2016年〕9月号には以下の謝罪広告が載った。

 『WiLL』2013年9月号に掲載した藤岡信勝「『従軍慰安婦』で日本の名誉を売った2人の弁護士」と題する記事において,高木健一弁護士がインドネシアを訪問し,地元紙に元慰安婦を募集する「広告」を出したと述べた記述は,誤りであることを認め,お詫び致します。

 高木氏はサハリン残留韓国人の帰還問題や日本軍の慰安婦問題など戦後補償の裁判を多く手がけた弁護士。藤岡氏は,従来の歴史教科書が「自虐史観」の影響を受けていると批判して1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」を発足させ,現在は副会長。『WiLL』は今〔2016〕年初めまで文藝春秋出身の花田紀凱氏が編集長を務め,保守系の論客が多く寄稿する言論誌だ。

 2013年9月号の記事で藤岡氏は,高木氏ら2人の弁護士を「慰安婦問題をでっち上げ,世界にその噓をばらまいて国際的な大問題に仕立て上げた」と批判。高木氏について「インドネシアを訪問し,地元紙に『補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい』という内容の広告を出した」と書いた。

 高木氏は「記事で名誉を傷つけられた」などとして,藤岡氏と同誌発行元ワックを相手取り,慰謝料など1100万円の支払いと謝罪広告掲載を求めて2013年12月に提訴。「1993年の日弁連によるインドネシア調査には参加しておらず,現地紙に広告を出したとの事実はない」と主張した。

 東京地裁は2015年4月の判決で,高木氏がインドネシアを訪れ広告を出したとの記述について「真実との証明があったとはいえない」と認定する一方,「広告を掲載したかどうかは重要とはいえない」とも述べて,高木氏側の請求を棄却した。

 高木氏側は控訴。控訴審の東京高裁で今〔2016〕年6月20日,和解が成立した。被告側が『WiLL』誌上に謝罪広告を掲載し,原告側に解決金50万円を支払うとの内容だ。

 b) 一方,池田氏のブログ「池田信夫 blog」のトップページには,7月末までに以下の内容で謝罪文が載る予定だ。

 2014年9月1日に当ブログに掲載した記事において「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」「ハイエナ弁護士」と記載したことは誤りでしたので,高木健一弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

 池田氏は元NHK職員の経済学者。主宰する言論サイト『アゴラ』や自身の『池田信夫 blog』に時事問題に関するブログを掲載している。

 補記)本ブログは池田信夫をことを,安倍晋三寄りの識者と呼んでみたが,やはり完全に「当たり」であった。

〔記事に戻る→〕 高木氏は記事で名誉を傷つけられたとして2014年9月,池田氏を相手取り,慰謝料など330万円の支払いや謝罪文の掲載を求めて提訴。「戦後補償の訴訟では韓国人被害者から費用をいっさい受け取っていないのに『慰安婦を食い物にするハイエナ弁護士』とレッテルを貼られた」と主張した。

 今〔2016〕年7月20日,東京地裁で和解が成立。被告側が問題とされたブログの記述を削除し,トップページに7月末から30日間,謝罪文を掲示。原告側に和解金30万円を支払うとの内容だ。

 高木氏は「藤岡,池田両氏は事実と異なる記事を書き,元慰安婦を支援する運動をおとしめた。両者とも誤りを認めて謝罪広告や謝罪文を掲載し,解決金や和解金を支払うことになった。実質上の勝訴といえる和解だ」と話している。(朝日新聞編集委員・北野隆一) 

 といったような経過が当時にはあったものの,従軍慰安婦問題となると新聞紙でいえば『産経新聞』や『読売新聞』に,冷静さをともなった報道はまったく期待できていなかった。前段のごとき記事が出たことになっていても,たとえば『産経新聞』は翌年,つぎのような煽動目的とみまがうほかない記事を書いていた。見出しのみ紹介しておく。

 「 “情緒司法” 韓国焚きつけ 『解決済み』の戦後補償…人権派は日本の『非』強調,事実検証なく歴史も断罪」『産経新聞』2017/7/25 06:00,https://www.sankei.com/article/20170725-CXBHBLT2N5JEZDG3K27F3MNXAI/  

 この『産経新聞』の記事は,一字一句がいちいちピントはずれでなければ,初めから意図された論点はずしがなされていた。扇情的な見出し文句で埋まってもいた。議論じたいがすでに決着している問題であったにもかかわらず,あえて無視して蒸し返すための煽動記事であった。
 

 5「日本の沈黙に米政府が声を上げた慰安婦問題」『東亜日報』2014年8月7日「社説」http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2014080721628

 補注)『朝日新聞』2014年8月5日・6日朝刊が従軍慰安婦問題を特集記事にして以降,そのもっとも深い関係国である韓国では,このような関連記事がたくさん登場していた。

 なお,北朝鮮では,この従軍慰安婦問題を,日朝国交回復に向けてであれば,どのように利用できるかについてならば思案する。

補注

 --日本軍慰安婦被害者のイ・オクソン(87歳〔当時,以下同じ〕),カン・イルチュル(86歳)さんが〔2014年〕先〔7〕月30,31日,ホワイトハウスと国務省の関係者に会った。議会ではなく米政府が被害女性に公式に面談したのは異例だ。2人は,「私たちはもうすぐ死ぬ。慰安婦問題を解決しなければならない」と訴えた。5日,米国家安全保障会議(NSC)と国務省報道官は,「慰安婦問題は重大な人権違反」と確認した。

 慰安婦問題に対する米国社会の関心が高まっている。2010年以降,慰安婦の碑や平和の少女像が数ヵ所で設置された。2人の訪米も,ニュージャージー州ユニオンシティに設置された米国内の7つ目の碑の除幕のためだった。在米韓国人ではなく地方政府が主導した初のケースだ。除幕式で,ブライアン・スタック市長は,「慰安婦問題は,子孫への人権教育の問題だ。若者に過去にどのようなことが起こったのか教えてこそ同じ失敗が繰り返されない」と強調した。

 米政府と慰安婦被害者の面談は,マイク・ホンダ民主党議員がとりもった。2007年,下院を通過した「日本軍慰安婦決議案」の立役者だ。今〔2014〕年1月,オバマ大統領は7年ぶりに下院決議案の順守要求法案に署名することで,安倍政府に圧力をかけた。さまざまなチャンネルを通じて,米国人に慰安婦問題の本質を伝えることが重要だ。米政府が前向きに日本に過去の反省を促すようにしなければならない。

 国際社会の圧迫が強くなればなるほど,日本の立場は弱くなる。過去の反省の模範例であるドイツと違って,反人権犯罪を否定し,謝罪しない日本みずからが招いたことだ。今後,韓国政府は,慰安婦問題のように人間の尊厳と価値を傷つけることが地球上で再び起こらないよう国際社会の関心と支援をえることに努力しなければならない。

 〔2014年8月〕5日,朝日新聞は過去の退行的な社会に向かって勇気ある発言をした。3面にわたって「女性に対する自由の剥奪や尊厳の蹂躙など日本軍慰安婦問題の本質を直視しよう」と報じた。

 〔当時の〕安倍政府が,国際社会と日本国内の良心的勢力の声を無視することは,国家の品格を落とし,国民を辱めることだ。1991年8月14日,故金 学順(キム・ハクスン)さんが日本軍慰安婦の被害を世の中に初めてしらせた。残された被害者たちの最後の願いが実現するまで,どれほど待たなければならないのか。
 

 6「慰安婦:自民党・一部メディアは一斉に『朝日たたき』,産経『慰安婦=朝日新聞の捏造』,自民党『議会で記事検証が必要』」『朝鮮日報』2014年8月7日,http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/07/2014080700596.html?ent_rank_news 

 朝日新聞が32年前(2014年からの1992年のこと)に報道した旧日本軍従軍慰安婦関連の記事で,一部の過ちを認めたことを口実に,日本の一部メディアや自民党は「慰安婦の強制動員がねつ造である証拠」とこじつけ的な論法を展開している。

 付記)なお,朝鮮日報は1920年に創刊された韓国の最大有力紙。

 朝日新聞は第2次世界大戦時に済州島で女性を慰安婦として強制動員したという吉田清治氏=故人=の1982年のインタビュー記事を裏付ける証拠がみつからず,「一部に事実関係の誤りがあった」と〔2014年8月〕5日,認めた。

 これについて,自民党の石破 茂幹事長は「地域の平和と安定,隣国との友好や国民感情に大きな影響を与えてきた報道だ。検証を議会の場でもおこなうことが必要かもしれない」と,朝日新聞の記事を国会で検証する可能性があるという考えを明らかにした。

 産経新聞は〔2014年8月〕3日,3面にわたる特集記事で「慰安婦=朝日新聞のねつ造」という主張を展開した。同紙は社説で「朝日新聞が慰安婦問題の報道について,一部の記事が虚構だったことを認めた。(中略) 根拠なく作文された平成5年(1993年)の河野洋平官房長官談話などにおける,慰安婦が強制連行されたとの主張の根幹は,もはや崩れた」というこじつけ的な主張を繰り広げた。

 読売新聞も「これ(朝日新聞の吉田氏発言報道)が韓国の反日世論をあおっただけでなく,日本について誤った認識が,世界に広がる根拠のひとつとなった」と主張した。(東京=車 学峰(チャ・ハクポン)特派員)
 

 7「慰安婦問題めぐり… 日本,新聞各紙の戦争」『中央日報』2014年8月7日,http://japanese.joins.com/article/646/188646.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|ranking

 日本の朝日新聞が〔2014年8月〕5・6日の2回にかけて掲載した慰安婦関連の特集記事について日本の右派言論が波状攻勢を繰り広げた。「慰安婦問題の本質を直視してこそ未来がある」という記事の趣旨はものともせず,一部の記事の虚偽を認めたことに対して待っていたかのように「慰安婦強制動員は虚構だった」といった主張が続いた。

 これら右翼メディアは,韓日関係が悪化した全責任は朝日新聞の慰安婦記事にあるように追いこんでいる。保守政治権も関連記事を国会で検証する必要があるとして火に油を注いでいる。

 保守指向の産経と読売新聞が,先頭に立って「朝日たたき」に出た。産経は6日付1面に「朝日の慰安婦報道に間違い」という記事をはじめ,2・3・8面に集中的に批判記事を載せた。とくに社説では「慰安婦強制連行の根幹が崩れた」と主張した。

 「済州島(チェジュド)から205人の若い朝鮮人女性を狩猟するように強制的に連行していった」という日本人の吉田清治(故人)の主張を裏づけるだけの証言を新しく探せなかった朝日が記事を取り消したことに対するものだ。

 産経は引きつづき,慰安婦動員の強制性を認めた1993年河野談話を「根拠なく作文された」と釘を刺した。産経はまた「自国(日本)の名誉を守ろうとする一部論調が韓日両国の民族主義を刺激して問題を悪化させている」という朝日の指摘には「責任を転嫁している」と追い立てた。

 読売新聞も「朝日32年後の撤回,強制連行証言は虚偽」という1面記事など4面にわたって朝日を糾弾した。1991年8月に報道された慰安婦出身女性については「妓生(キーセン,芸者)学校に通っていた事実があとで明らかになったが,言及されなかった」として慰安婦被害女性の全員をさげすんだ。

 読売はまた最近,河野談話検証に参加した歴史学者・秦 郁彦が1992年,吉田証言に疑問を提起したが修正されなかったとして「20年以上放置していた朝日の責任は非常に重い」と断じた。

 秦 郁彦はまた,「慰安婦として自由を剥奪されて女性として尊厳を踏みにじられたのが問題の本質」という朝日の主張については,「広い意味の強制性があったとして日本政府の責任を問うのは『議論のすり替え』」として保守勢力の「責任否定論」を援護した。

 自民党も右翼言論の肩入れに参加した。朝日新聞によれば石破 茂幹事長は5日「地域の平和・安定,隣国との友好,国民感情に影響を及ぼした報道」として「議会で検証する必要があり,朝日の関係者を国会に呼び出す可能性もある」と話した。

 これに対して東京新聞は「報道内容に関連して,記者を証人や参考人として国会に呼ぶのはきわめて異例」としながら,「政府・与党に不利な報道をするメディアを牽制する手段として悪用されるなら報道の自由を侵害すること」と憂慮をあらわした。(引用終わり)

 この記事を介して明確に分かる産経新聞・読売新聞の報道姿勢は,一部の間違いを針小棒大に拡大解釈しようとする「意図的な悪意」を前面に押し出していた。

 吉田清治のでっち上げ話の問題は批判されるべきは当然であった。しかしこの吉田の存在があったからといって,従軍慰安婦問題そのものが歴史的になにも存在しえなかったように,極度に申し(わめき)たてた産経新聞・読売新聞の論調は完全に「タメにだけする偏執的なデタラメの議論」でしかありえなかった。

 要は,自分たちは日本人・日本民族の立場から,従軍慰安婦の問題が歴史の事実であっても,どうしても絶対に認めたくない。ただ「認めたくないものは認めたくない」のだ,どういっても「そういうことにしておきたいのだ」といいつのるだけであって,非常にかたくな立場に終始していた。

 朝日新聞社の報道内容がただちに「刑事裁判の被告人を生む」ような事件性があったわけではない。産経新聞と読売新聞の口調はともかく,必死になって「従軍慰安婦問題」じたいを頭から否定したい気分を,剥き出しにする発言を披露していた。

 それにしても,産経新聞や読売新聞は自社にとって都合の悪い「従軍慰安婦問題」に関する文献や資料には,いっさい目を通そうとはしていないようにしかみえない。というよりは「目を向けよう」とすらしなかったではないか。両紙のイエロー性は否が応でもにじみ出ていた。

 なかでも吉田清治の問題については,そもそも『産経新聞』も『読売新聞』も,そしてそのほか多くの他紙も,『朝日新聞』と同じようにとりあげ報道していた。この相互関係を踏まえていえば「天に唾するヘリクツ」そのものを,サンケイや読売は率先した格好で強弁したことになる。

 8「産経・読売,今度は韓国メディアを攻撃」『中央日報』2014年8月8日,http://japanese.joins.com/article/684/188684.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|ranking

 この中央日報の記事は,朝日新聞の慰安婦特集記事に関連させて,「韓国各紙,朝日を擁護」という記事をかかげた『産経新聞』2014年8月7日付の記事をとりあげている。

 産経は「韓国紙が『朝日は,日本の保守勢力が唱える(慰安婦問題に関する)責任否定論に警告を発した』と指摘」として「(朝日の)誤報が日韓関係や国際社会での対日観に及ぼした重大な影響には触れず,『潔い反省だ』と評価した」と,批判的に報道した。

 保守(極右)指向の産経・読売新聞が〔2014年〕8月7日の朝日新聞の慰安婦特集を扱った韓国メディアの報道を非難したのである。産経は「擁護」,読売は「追随(批判なく他人のあとに従う)」という表現を使いながら,韓国メディアが朝日に肩入れしたと主張し〔批判し〕た。

 これら新聞〔産経新聞や読売新聞〕は,朝日が慰安婦に関連した過去記事の一部の誤りを認めたことについて「結局,慰安婦強制動員は虚構だった」と主張して,韓国メディアにもその責任を転嫁した。産経は「韓国各紙は(朝日の)誤報そのものは問題視しなかった (中略) 一連の釈明や主張を代弁した」と批判し〔非難し〕た。

 中央日報が〔8月〕6日,「朝日が過去の一部の記事の誤りに対しては率直に認めたのが目を引く」という一部分を問題にして,「(朝日の)誤報が日韓関係や国際社会での対日観に及ぼした重大な影響には触れなかった」とした。朝日が一部の過去記事の誤りを認めたことを口実に,慰安婦問題の本質をひっくり返そうとするような〔産経新聞や読売新聞の〕論調だ,と指摘した。

 読売は「韓国メディア朝日に追随」という見出しの記事で,根拠もなく「韓国の専門家の間では『韓国では “少女20万人強制連行” などというとんでもない誤解が広まってしまった』との反省もある」と主張し,韓国マスコミがその誤解を呼び起こしたと主張した。

 そして,慰安婦被害女性の証言には目を向けず「朝鮮人女性を狩り出すようにして強制的に連行した」という日本人・吉田清治(死亡)の主張の新たな証言がないとし,強制連行の事実じたいを否定した。

 補記)この20万人説は歴史的に一定の根拠のある主張である。冒頭にかかげた本ブログの記述でも言及した問題点である。したがって,「とんでもない誤解」というほうが,実は,むしろトンデモな反論(感情的な反発)を返していたに過ぎない。

 補記)この記述に関連する事情をめぐっては,実際に日中戦争中5年間動員されつづけ中国において,いわば「三光作戦」の現地執行者下級兵士の1人にならざるをえなかった「自分自身の立場・行為」を認めていた曽根一夫の著作『南京虐殺と戦争』泰流社,1988年が,つぎのように語っていた点(現場認識にかかわる事実報告の一例)は,その「とんでもない誤解」のさらに高度なトンデモ性を指摘してくれている。

 この発言について曽根一夫はさらに,1993年につづいて公刊した『元下級兵士が体験見聞した従軍慰安婦』白石書店のなかで,非常にくわしくその実態を,それも個人的な体験を通してだが,専門的な研究者とはまた違った「蟻の視点からする従軍慰安婦総数の推算」を,「20万人くらいの慰安婦が従軍していたと思われる」と記述していた。

曽根一夫『元下級兵士が体験見聞した従軍慰安婦』16-17頁
同書 18-19頁

 補記)戦時体制期(1937-1945年)においては中国大陸だけではなく,旧日本軍の侵出した国々・地域のあらゆる場所において大なり小なりに設営され利用されていた「国営慰安所」(曽根,前掲書,77頁)の存在は,当時,戦地に派兵されていた将兵がくまなく接してきた存在であった。

 それゆえ,この歴史的な事実じたいを否定したがる「こちら側の事情(心情・感性)」は理解できなくはないけれども,従軍慰安婦の制度的な存在を否定したところで,どうやっても否定しきれるものではなかった。

 すなわち,吉田清治のでっち上げたごとき慰安婦狩り「そのもの」に相当する諸行為は,彼以外の関係者「無数」が,日本国家:日本軍からの直接的と間接的な依頼を受けておこなってきた。この種の話は,関連の文献のなかにはいくらでもみいだせる。

 吉田清治の発言を否定できたら,従軍慰安婦問題の事実史がなかったといえるほどにまで,旧日本軍が軍需物資のように常時,従軍する慰安婦として要員してきた女性たちの存在そのものを,完全に否定できるとまで異様に拡大解釈したり,妄想一辺倒に断定したりするのは,むしろ自国側の戦争犯罪行為を「臭いものにはフタ」の要領を本気で使いたかったからである。

〔記事に戻る→〕 過去の慰安婦関連の妄言を出した橋下 徹大阪市長は〔2014年8月〕6日,「(朝日の)罪はとても大きい」とし「強制連行の事実は少なくとも朝鮮半島においてはなかった」と主張した。石破 茂自民党幹事長は6日午後,BSフジ放送で「朝日の記事は日韓関係にも影響を与えた」とし「国会で朝日(慰安婦)報道を検証する」と述べた。

 補記)この橋下の独断そのものであった見解は,そもそもまともな主張にすらなっていなかった。石破の発言に至ってはすべてを他者・他社のせいにする独善的な押しつけ論でしかなかった。

 進歩指向の毎日新聞は7日付社説で「『旧日本軍の関与』という言葉で政治決着させた河野談話を安倍政権が引き継ぐと世界に約束した以上,広義の強制性か狭義の強制性か,といった国内論議に改めて時間を費やすのでは,国益を損ねる」と指摘した。


 9 さらに若干の詮議

 1) 過去の歴史

 浅薄な思考しかもちあわせない「ネトウヨ(歴史修正主義)」に観念の基盤を置いたかのような日本の右翼的な新聞社,また自民党の視野狭窄の幹部政治家,あるいは自治体首長の発言は,自分たちの教養水準のつたなさなど棚に上げたまま,「朝日新聞社がともかく間違えた(従軍慰安婦問題のごく小部分であったものについて)・悪い・憎い」という感情を横溢させていることだけは,よく伝わってきた。

 このような政治感覚や日常感情のあり方は,一歩間違えばただちに「すわ,戦争事態が発生か」という危険性につながりかねないものであった。

 第1次大戦を勃発させた原因は暗殺事件であったが,こんどは従軍慰安婦問題で「強制性があったのだの,いやなかっただの」いいあっている程度ゆえ,まだその心配は少なかったにせよ,その底に控える「問答無用」的な「他者攻撃性の粗暴さ」には,その間に1世紀もの時間が経過してきた現時点になっても,なおなにかしら危険な共通する要素を感得させる。

 それにしても,自民党総裁の(元)首相安倍晋三,自民党(元)幹事長の石破 茂,この2人はいずれも,世界政治の一角に存在するこの日本国の内政を任すには,その資質・実力に関して難があり過ぎた。

 安倍晋三は「戦後レジーム」のなんたるか,その本質理解において完全な欠落があった。石破になると防衛大臣にさせたら,戦争でもおっぱじめたい「身中に宿す虫」(「お宅」的性質)を,みずから勇気づけることに熱心であったかのような印象しか与えなかった政治家である。

 第2次大戦終了までの大日本帝国は,米欧の諸帝国主義国に準じた帝国主義路線をアジア地域において実践していた。しかし敗戦後,現在の日米安保条約体制下では,実質はアメリカに手綱を握られて(首根っこを押さえられて)いながら,いつもまでも愚かな対アジア政策でもってする対応しかできていなかった。

 最近(ここではまだ2014年のころの話だったが)でも,日本はロシアのプーチンから冷たい仕打ちを受けていたが,これにまともに対抗できるといえる対抗措置(外交交渉?でのやりとり)を,安倍晋三は実行できていたか? それにしても頼りない男であった。プーチンにはいいようにあしらわれていた晋三の姿ときたら,みっともないというか,まったくたよりないの一言であった。

 たとえば「安倍晋三内閣総理大臣記者会見,2014年5月15日」は,安倍が力んでこう語る姿を伝えていた。

 「内閣総理大臣である私は,いかなる事態にあっても,国民の命を守る責任があるはずです。そして,人々の幸せを願ってつくられた日本国憲法が,こうした事態にあって,国民の命を守る責任を放棄せよといっているとは私にはどうしても考えられません」

 だが,これはしごく当たりまえのことをいっていただけである。あとは日本国憲法にイチャモンをつけていた点では,秀逸な「憲法観」になっていた。また,いわれた「こうした事態」とは,集団的自衛権の憲法解釈論による「容認」への変更を理屈づけるときに例示した,それも専門家にいわせればきわめて非理的な想定話を意味した。

 2) 自覚症状がないままに自己陶酔の激しかった安倍晋三君

 たとえば,つぎの図解パネルが,集団的自衛権の必要性を説明するときに安倍晋三が使用したもののひとつである。だが,アメリカ側からすると,このような「想定」は現実にはほとんどありえないと批判されていた。それでも,このパネルを国会の場にもちだして説明した安倍晋三は,大まじめに,その必要性を解説していたのだから,これそこトンデモの典型例であった。

アメリカ軍がこのような助力を日本に依頼する可能性はありうるのか?
このたびのイラン戦争で具体的に依頼があったとは思えない

ところが

この説明板の趣旨にかかわっては高市早苗が首相になってすぐに
「台湾有事⇒存立危機事態」を口に出した問題に通じる中身であったせいか

この首相が軽はずみというかうかつにもトランプの自衛隊を出せという要求があれば
まるで「世論でわが軍を派兵いたします」といいかねなかったのが高市早苗であった

なおイラク戦争に関連する高市の動きに関した事情説明は本記述後段で記述する

 日本国の現状にとって,このような「私」=「内閣総理大臣」の安倍晋三君は,この一国にわざわざ〈国際的な緊張→危機〉をもたらしかねない「病原体:危険分子」を意味してきた。

 ところで,在日米軍基地はいったいなんのためにあるのか,みなさんご存知か?

 ここまで外国の軍隊が日本のそれも「東京(首都)の中心部」まで占有して基地を構えているのは,朝鮮戦争に連合軍の名目で参戦したアメリカ軍が戦死者3万6千人を出していた〈関係のある韓国〉をのぞけば,この日本だけである。

 いわば日本国は,自国首都の喉元(急所)の場所にまで「外国軍である米軍」を喜んで駐留させている。米軍にとってみれば,世界次元の軍事作戦に必要不可欠かつ非常に重要である在日基地が,この国のなかに散在して配置されている現状はきわめて好ましい。この軍事関係は,これから,いったいいつになったら解消されるのか?

 在日米軍基地が(かつての敵国が官軍ばりに)日本全国に点在している軍事的な必要性は,アメリカ側にとってみれば,いうまでもない事情である。だが,「敗戦という大きな歴史上の出来事」があったために日本側は,否応もなしに「賊軍(正確にいうと自衛隊の属軍)」にさせられる目に遭っていた。日本は現在もなお,そのアメリカとの政治的な服属関係,いいかえると「官軍⇔賊軍」の関係から脱却できる見通しがないままである。

 以前からそうであったがとくに最近(2021年以降になって)の安倍晋三君は「戦後レジームからの脱却」というお得意であったセリフを,もうすっかり口にしなくなった。

 以上のように言及されうる日本国をとりかこむ軍事情勢の政治社会的な意味は,いったい「なんであるったのか」を,昔もいまもそうであったが,まともに考えている日本人はどのくらいいたか?

 要は,そこに目立つかたちで映ってみえている日米関係のありようは「対米服属国家としての日本国」ではないのか? 安倍晋三は「従軍慰安婦」の問題をめぐってはアメリカ大統領に向かい,韓国や朝鮮ではないいわば実質,自国の宗主国の大将に対して「謝罪の意」を表わしていた。

 それでいて安倍晋三は,『朝日新聞』の誤報問題を奇貨として悪用する関係で,従軍慰安婦問題そのものを全面否定するために,まさしく権柄尽くに弾圧まがいの攻勢をかけていた。この人が従軍慰安婦問題に関した裏表の発言内容は,よほど物忘れのヒドイ人でなれば,絶対に自身の記憶から消せない言動であったはずである。

 またもうひとつの話題に触れておくと,閣議決定によってしごく簡単に集団的自衛権を方向付けた国になる以前から,この国は,現在の日米安保条約体制の枠組のなかに組み伏せられていたごとき相互関係にあり,「いざ鎌倉」という秋になれば,もっぱら「日本軍(自衛隊3軍)」が「米軍にご奉仕する関係しか生じえない」

 まともな独立国の間柄として観るとき,以上のような米日軍事同盟関係の現象態様が軍事学本質論としてなにを意味するか,いうだけヤボである。

 補記)2025年10月21日,新しく日本国首相となった高市早苗は,安倍晋三のまったくに不詳の女弟子であったらしく,11月7日に早速「台湾有事⇒存立危機事態」という下手なホラを吹いてしまった結果,いままでの日中関係が日中共同宣言にもとづき平和的な関係を維持していた間柄(外交関係)を,一瞬にして瓦解させた。

 彼女はその過ちを過ちと認識できず(というか意地になってがいる)ゆえに,中国と日本のその後における摩擦状態をこじらせつづけているまま,自身からはけっしてその過ちを認めない。安倍晋三でさえ禁欲して我慢し,いわずに我慢してきた対中関係のありようを,高市はいとも簡単に溶融させた。

 3) 徴兵制を敷きたい「彼ら」かも

 今〔2014〕年7月ころの時期までには,日本の18歳になっている若者全員に対して,政府から自衛隊入隊を勧誘するための案内状が届いているはずだという。これは初めての出来事であった。安倍晋三や石破 茂がなにをもくろんでいるかは,いまからみえみえである。

 なお,安倍晋三には子供はいない。石破 茂は女子の子供2人である。高市早苗には息子がいるが,40歳を超えているので徴兵制度があっても引っかからない年齢。なお,女性も自衛隊員になっている時代であり,2024年3月末現在で自衛隊の女性比率は約8.9%(約2万人)とのことである。

 いずれにせよ,集団的自衛権を認めた国に日本はなったのだから,とくにアメリカの都合で自衛隊3軍がどこの戦地・戦場に動員されるか(実質,米軍の都合で勝手にどこかに送りだされるか)分からない時代となった。女性兵士も兵隊であるかぎり,戦地に送られないという保証などない。

 集団的自衛権の直接の狙いは,在日米軍が日本を防衛する任務のためであるというよりも,日本の軍隊(自衛隊3軍)がアメリカ軍(アメリカインド太平洋軍)を補助し,さらには直接に代替させられる範囲を拡延させることにあった。この事実は,トランプがアメリカ大統領として再度登場し,東アジア地域の軍事情勢問題に関して日本(など)の関与を深めるよう圧力をかけてきた経過からも,周知のとおりである。

 アメリカ政府・軍部関係者は,いままでの日米軍事同盟関係にもとづく枠内で,自衛隊に対する柔軟な運用方法でもよいと考えていないわけではなかった。すでに十二分に属国化させえている日本国の自衛隊3軍が実在する。

 しかしそのような状態であっても,安倍晋三が独自の考えがあってのつもりだったか,愚かにも集団的自衛権を憲法解釈によって行使できる日本国に変質させてしまった。そして,こんどは高市早苗が首相になっているのだから,日本の若者たちはクワバラ,クワバラの政治状況になった。このままだと,いきなり若者たちが兵隊に取られる発生する時期がこないとは限らない。

 補記)トランプが始めたイラン戦争に関しては,高市早苗はアメリカに対して加勢のために自衛隊(海軍なら海上自衛隊)を派遣するつもりがあったものの,内閣官房参与今井尚哉に戒められそうはいかなかった。

 この日本初の女の首相,思慮もないままいったい,どこまで無謀な軍隊運用をするつもりか。自国産業経済の運営など窒息状態になってもかまわないのか。国民たちは用心していないと,この雑駁で浅慮なトンデモな首相に自国を倒壊されかねない。

 アメリカにだけ戦争・紛争はやらせておけばいいものを,あえて安倍や高市は,日本からしゃしゃり出るようにして,自分たちもこちら側の最高司令官になって「イイかっこう」でもつけてみたいのか,国民たちには要らぬ負担が突如発生させられるような時代に変えてしまった。

 いずれにせよ,アメリカ側においては以前,その種になる安倍晋三の申し出を歓迎しながらも,いささかならず迷惑顔でもって,ついでに小バカにもする態度がなかったとはいえないが,「あのボクちゃん首相」は,ともかく子供っぽくて困ったもんだ(けれども御しやすいね),という受けとめ方であった。

 しかもこんどは,あのヤンキー崩れ(の出来そこない)みたいなオバサンが登場し,日本はいつでも戦争できる(したい)国にするんだみたいに,威勢のいいかけ声を発声しはじめていた。アメリカ側としては大歓迎かもしれない。多分,下を向いてニンマリとほくそ笑んでいるかも……。
 

 9 高木健一『従軍慰安婦と戦後補償-日本の戦後責任-』三一書房,1992年の議論

 数万人から10万人を超える朝鮮人女性が組織的に日本軍の性の処理の道具にさせられたことは,明白な事実である。ところが,この驚くべき事実は,長い間,「闇」のなかに埋もれ,多くの戦後世代の日本人にしられることなくきた。なぜか。

 旧大日本帝国の陸海軍は,日中戦争・太平洋戦争(1937年7月7日~1945年8月15日〔9月2日〕)下,数多くの「不正義」をおこなっていた。そのなかでも,この「従軍慰安婦」問題は,とくに「不正義」の頂点を位置していた「国家の軍による恥しらずな行為」であった。にもかかわらず,問題の解明が困難であったいくつかの理由がある。

 以下の記述は,高木健一『従軍慰安婦と戦後補償-日本の戦後責任-』1992年(5-6頁)からの引照である。

 a) 公的な記録に乏しく,全体像の把握が困難をきわめる。日本政府がこの事実を認めたのは,戦後47年目であったのは,この理由による。

 b) 加害者たる日本軍将兵にとっても,戦闘行為は話せてもみずからの性的処理について,告白するその口はきわめて重い。中国戦線においてみずからの罪業を自己批判して自白した人でも,慰安婦についてだけはそう簡単には口に出せなかった。

 少し話題がズレたが,髙木健一の語る問題の内容に戻そう。

 c) なによりも,被害者たる元従軍慰安婦の口が重い。現在もなお儒教の影響の強い韓国・朝鮮人においては,当人のみでなく親族らもみずからの自尊心を傷つけられて恥を感じ,被害者と名乗り出るには大変な勇気がいる。

 d) このように解明の困難だった「朝鮮人従軍慰安婦問題」も,しかし最近になって従軍慰安婦自身の証言を筆頭に,さまざまな資料や証言が出はじめてきている。防衛庁図書館やアメリカの公文書館などから発見された資料が市民団体が開設した「従軍慰安婦110番」に寄せられた元軍人たちからの証言である。

 それらの記録や証言をみなおすと,この制度がまさに国家と天皇の名のもとに遂行された日本の侵略戦争の本質そのものにかかわるものであったことが,あらためて明白となる。

 安倍晋三や石破 茂といった自民党政治家や産経新聞・読売新聞といった新聞紙が,なにやら必死の形相になってまで,従軍慰安婦問題についてはその存在じたいはもちろんのこと,とりわけその強制「性」を否定したがるのは,もともとその回避もその否定もできない「歴史の事実」が厳然と控えていたからである。

 そしてとくに『3K新聞』や『ゴミ売り新聞』の本来的な立場は,歴史的事実としての従軍慰安婦問題であっても,とにかく,それを最初から既定観念的にいっさい認めたくなかった。ある意味で,その種の新聞社の基本姿勢は「語るに落ちた話に過ぎなかった」

 けれども,従軍慰安婦にされた女性:当事者の立場から回顧するあの戦争の時代は,「自分の一生を台なしにされた大事件」が国家の暴力によって,しかも大量の事例の発生となって起こされた。この歴史の事実は,絶対に許容しえない「戦争犯罪」としての「過去の大事件」であった。それは,旧日帝が国家を挙げて遂行した犯罪行為の顛末であった。

【参考文献】


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