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この不安定な世界で美術鑑賞はどう役に立つのか


この不安定な世界で

ウクライナ侵攻、パレスチナとイスラエルの戦争、アメリカによるベネズエラへの攻撃、台湾有事。

これまでの秩序が揺らぎ、世界は「力」こそが正義というような不安定なものになっています。

戦争や危機の時代にあって目の前の衣食住や安全が優先されるようになれば、文化や芸術は贅沢品となっていき、その存在意義を問われることになるのではないでしょうか。

そんな中で、美術鑑賞がどのように役に立つのか。

美術鑑賞なんて腹の足しにもならない、ゴッホの展覧会を観に行くお金で牛丼が何杯食べられるのか、という声も当然あるかと思います。

危機の時代だからこそ注意していること

一方で、私が注意したいと考えているのは、危機の時代には芸術や表現が政治的に利用される可能性が高いという点です。

ナチスのプロパガンダ美術や日本の戦争画のように、国家や民間の手で、芸術を通じて人々の感情や価値観を操作しようとしてきた例は歴史上無数にあります。

例えば、太平洋戦争で藤田嗣治の描いた戦争画が東京都竹橋の近代美術館に収蔵されています。

そしていま私たちが生きている現代では、生成AIやマイクロマーケティングにより、個人に向けて影響を与えるコストが格段に下がりました。

以前の時代に比べて、よりパーソナライズされた働きかけを、より低コストで行える時代になったと言えます。

ワクチンあるいは補助魔法としての美術鑑賞

こうした状況において美術鑑賞は、社会が冷静さを保つための一種のワクチンとして機能しうるのではないでしょうか。

美術鑑賞は、目の前の作品を「きれいだ」「面白い」と感性のみ受け取るだけでなく、社会・歴史・宗教・思想といった多角的な視点で捉えようとする営みです。

作品の構図、題材の選び方、どのような感情を引き起こすためにこの表現が選択されているのかを意識することは、目の前にある表現にすぐに飲み込まれないための訓練になります。

もちろん、美術鑑賞は万能の特効薬ではありませんし、社会問題を直接的に解決する力は持っていません。

それでも、作品を読み解く経験を積むことで、感情的に反応する前に一歩立ち止まり、その表現の意図や目的を冷静に判断する力を育むことができます。

間接的な効果だったとしても、美術鑑賞を通じて養われた思考力や判断力、他者理解の土台は、現代の不安定な世界を生き抜くための小さくても確かな力と言えるでしょう。

文章が堅苦しくなりましたが、美術鑑賞はドラクエで言えばフバーハやピオリムといった補助魔法のようなものとも言えるかもしれません。

それだけで相手を倒せるわけではないし、回復呪文のような直接的な効果はないけれど、この世界で生きるためのサポートとなりえる。

美術鑑賞という営みの1つの価値として、そういった効果があるのではないかと考えています。

ここまでお読みいただきありがとうございました。今後も美術鑑賞に関する記事を発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。



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