第70話 介護予防ケアマネジメントって、普通のケアプランと何が違うん?
〜「できないこと」ではなく、「したい暮らし」から考える〜
基本チェックリストを終え、総合事業の事業対象者となった井上千代さん。
地域包括支援センターの相談室では、これから利用する支援について話し合いが始まっていた。
机の上には、千代さんが希望していたサービスが並んでいる。
・浴室掃除を手伝う訪問型サービス
・足腰を鍛える短期集中型の通所サービス
・地域の体操教室
・重い物を運んでもらう買い物支援
あやさんは、それらを用紙へ書き込んだ。
「これで、千代さんの介護予防ケアプランができますね」
向かいに座っていた西村さんが、やさしく尋ねた。
「では、この計画の目標は何ですか?」
「目標ですか?」
「はい。千代さんは、何のためにこれらの支援を利用するのでしょう」
あやさんは、用紙を見直した。
「週に一回、体操教室へ参加する。月に二回、浴室掃除を手伝ってもらう……」
「それは、サービスの利用予定ですね」
西村さんの言葉に、あやさんのペンが止まった。
「サービスを利用すること自体が、目標ではありません。千代さんが、その先でどんな暮らしをしたいのかを考える必要があります」
介護予防ケアマネジメントは、サービスを割り当てるだけの手続きではありません。本人の心身の状態や生活環境を確認し、本人の選択に基づいて目標を設定します。そのうえで、総合事業のサービス、一般介護予防事業、地域活動などを組み合わせ、本人が生活の中で介護予防に取り組めるよう支援します。心身機能だけでなく、「活動」や「社会参加」を見ることも重視されています。厚生労働省
「掃除をしてほしい」が本当の目標?
西村さんは、千代さんのほうへ身体を向けた。
「千代さんは、浴室掃除を手伝ってもらえるようになったら、何をしたいですか?」
「何をしたいって……お風呂が汚いのは嫌やからね」
「きれいになったお風呂を、誰かに見せたいですか?」
千代さんは、少し笑った。
「見せるような立派なお風呂やないよ」
そう答えたあと、机の上の写真へ目を落とした。
写真には、千代さんと小学生の孫が並んで写っている。
「秋になったら、孫が泊まりに来るんよ」
「楽しみですね」
「前は毎年泊まりに来てた。でも去年は、膝が痛くて家のことが十分にできんかったから、娘の家で会うだけにしたんよ」
千代さんは、少し寂しそうに続けた。
「今年は家に泊めてやりたい。孫が好きな煮物を作って、一緒に食べたいんや」
西村さんが、ゆっくりとうなずいた。
「それが、千代さんのしたい暮らしですね」
あやさんは新しい用紙を取り出し、一番上に書いた。
秋に孫を自宅へ迎え、一緒に夕食を楽しむ。
千代さんは、その文字をじっと見た。
「こんなことを、計画に書くん?」
「はい。むしろ、それを書くことが大切なんです」
「体操するとか、掃除するとかやなくて?」
「体操や掃除の支援は、その目標へ近づくための方法です」
あやさんは、先ほど書いたサービス名を見直した。
同じ内容なのに、見え方が変わっていた。
体操教室へ通うのは、出席回数を増やすためではない。
孫と買い物へ行くため。
台所に立って煮物を作るため。
自分の家で安心して孫を迎えるため。
サービスは目的ではなく、暮らしを取り戻すための手段だった。
家族の「全部してもらったら」に揺れる
数日後、千代さんの娘も交えて、支援内容を話し合うことになった。
娘は計画書を見るなり、心配そうに言った。
「母は頑張りすぎるんです。掃除も買い物も、全部ヘルパーさんにお願いできませんか?」
「全部は嫌やよ」
千代さんが、すぐに反論した。
「できることまで人にしてもらったら、本当にできんようになる」
「でも、また転んだらどうするの?」
「何でもしてもらって、座っとけっていうん?」
二人の声が少しずつ強くなる。
あやさんは、どちらの気持ちも分かる気がした。
千代さんは、自分の暮らしを守りたい。
娘は、母親の安全を守りたい。
けれど「本人にさせるか」「全部してあげるか」の二択では、どちらかが我慢することになる。
西村さんは、浴室の見取り図を広げた。
「千代さんが自分でできる場所と、危険な場所を分けてみましょう」
洗面台や脱衣所の整理は、千代さんが行う。
浴槽の奥や高い壁、滑りやすい床の掃除は、訪問型サービスで支援する。
重い米や飲料は配達を使う。
軽い買い物は体調を見ながら自分で選び、必要なときは買い物同行を利用する。
「自立支援は、何でも一人でさせることではありません」
西村さんが娘へ説明した。
「安全を確保しながら、本人ができることや役割を続けられるようにすることです。反対に、危険なことまで無理に続けてもらうのも介護予防ではありません」
介護予防は、単に筋力や栄養状態を改善することだけを指すのではありません。本人の生活や人生を尊重し、自立した生活をできるだけ長く続けられるように支援する考え方です。本人が家庭や地域で役割を持ち、社会参加を続けることも大切にされます。厚生労働省
娘は、しばらく考えてから言った。
「お母さんがすることを、全部止めたいわけじゃないんよ。ただ、無理してほしくないだけ」
「分かってるよ」
千代さんの声も、少しやわらかくなった。
「私も、転びたいわけやない。できんところは手伝ってもらうよ」
本人だけでなく、支援する人の役割も決める
サービス担当者との話し合いでは、理学療法士、訪問型サービスの担当者、体操教室の世話役、買い物支援の担当者が参加した。
まず、千代さんの目標が共有された。
秋に孫を自宅へ迎え、一緒に夕食を楽しむ。
理学療法士が言った。
「台所で安全に料理をするには、立ち続ける力だけでなく、方向転換や物を持って歩く動作も必要です」
訪問型サービスの担当者は、浴室の危険箇所を確認した。
「私たちは、千代さんが難しい部分を支援します。ただ、支援中に身体の動きが変わったり、掃除以外の家事も急に難しくなったりした場合は、地域包括支援センターへ連絡します」
体操教室の世話役は笑顔で言った。
「教室では、無理に回数を競わせません。千代さんが休みながら続けられるよう声をかけます」
買い物支援の担当者も続けた。
「重い物は注文配達を使いましょう。店へ行ける日は、商品を選ぶ楽しみも残します」
あやさんは、それぞれの役割を書き込んだ。
千代さんが取り組むこと
・毎朝、椅子から安全に立つ運動を行う
・無理のない範囲で、洗面台と脱衣所を整える
・疲れや膝の痛みを手帳へ記録する
・週一回、体操教室へ参加する
支援者が行うこと
・危険な浴室掃除を支援する
・短期集中型サービスで安全な動作を練習する
・重い物の買い物を支援する
・身体や生活の変化を共有する
「普通のケアプランと、流れは似ていますね」
あやさんが言うと、西村さんがうなずいた。
「アセスメントを行い、目標を設定し、支援者の役割を決め、実施後に評価するという基本は共通しています。ただ、介護予防ケアマネジメントでは、総合事業だけでなく、地域の通いの場や住民活動、本人自身の取組も含めて考えます」
要介護者の居宅サービス計画も、要支援者の介護予防サービス計画も、本人の状態や希望を踏まえて作成する点は共通しています。一方、介護予防ケアマネジメントは、主に要支援者や事業対象者が総合事業を利用する際に行われ、専門サービスだけでなく、一般介護予防事業や地域活動なども含めて支援を調整します。厚生労働省
頑張らせることが介護予防ではない
計画を始めて一か月後。
千代さんの膝が、以前より腫れていた。
「孫を迎えるために、毎日二十回立つ練習をしたんよ」
「計画では、痛みのない範囲で十回でしたよね」
あやさんが尋ねると、千代さんは目をそらした。
「早く元気になりたかったんや」
目標ができたことで、千代さんは前向きになった。
けれど、その前向きさが無理につながっていた。
あやさんは、自分の左膝の痛みを思い出した。
「頑張れば治る」と無理を重ね、余計に痛みが強くなったことがある。
(介護予防って、本人に頑張らせることやないんや)
理学療法士と相談し、立ち上がり運動は回数を減らした。
代わりに、痛みの少ない姿勢で行える運動を増やす。
体操教室でも、休憩用の椅子を近くに置くことになった。
買い物は、膝の状態が落ち着くまで配達を中心にする。
計画は、一度作ったら守り続ける命令書ではない。
暮らしや身体の変化に合わせて、何度でも見直すものだった。
介護予防ケアマネジメントでは、サービスの利用状況だけでなく、本人の生活能力や社会参加、目標の達成状況、新しい課題の有無を確認します。必要に応じて支援内容や目標を見直し、本人と評価を共有することが重要です。厚生労働省
三か月後の「卒業」
三か月後。
千代さんは、自宅の台所で煮物を作っていた。
長時間立ち続けないよう、途中で椅子へ座る。
重い鍋は、小さな鍋に替えた。
材料は、房子さんと一緒に地域の店で選んだ。
夕方、孫が大きな荷物を持ってやってきた。
「おばあちゃん、いい匂い!」
「味を見てみ。ちょっと薄いかもしれん」
孫が煮物を口に入れ、笑顔になった。
「おばあちゃんの味や」
千代さんは、うれしそうに笑った。
すべてが以前と同じに戻ったわけではない。
浴室の難しい掃除は、今も支援を受けている。
膝の痛みが強い日は、買い物へ行かない。
それでも、自分で献立を決め、料理をし、孫を家へ迎えることができた。
短期集中型の通所サービスは、目標を評価したうえで終了することになった。
その後は地域の体操教室へ通い、日々の運動を続ける。
「サービスを終わるって聞いたときは、追い出されるみたいで不安やったよ」
千代さんは笑いながら言った。
「でも、何もなくなるわけやないんやね」
「はい。必要な支援は続けます。状態が変われば、また計画を見直します」
サービスを終了することが、必ずしも介護予防ケアマネジメントの目的ではない。
必要なサービスを継続する人もいる。
支援を減らす人もいる。
地域活動へ移る人もいる。
大切なのは、本人が望む暮らしに近づいているかを一緒に確認し、次の支援を選ぶことだった。
今日の学び
・介護予防ケアマネジメントは、総合事業における「第1号介護予防支援事業」。
・主に要支援者や事業対象者が、総合事業のサービス・活動を利用する際に行われる。
・本人の心身状態、生活環境、希望を確認し、介護予防や社会参加に向けた目標を設定する。
・訪問型・通所型サービスだけでなく、一般介護予防事業、地域活動、市町村独自の支援、本人自身の取組なども含めて検討する。厚生労働省
・「週一回デイサービスへ行く」など、サービス利用そのものを生活目標にしない。
・本人がどんな暮らしをしたいのかを確認し、サービスを目標達成の手段として位置づける。
・アセスメント、目標設定、関係者との共有、サービス利用、モニタリング、評価という基本的な流れがある。
・計画は一度決めたら変えられないものではなく、本人の状態や目標に応じて見直す。
・自立支援とは、何でも一人で行わせることでも、サービスを必ず終了させることでもない。必要な支援を受けながら、本人ができることや役割を続けられるようにする。
・介護予防ケアマネジメントには、原則的なプロセスの「A」、一部を簡略化できる「B」、初回を中心に行う「C」があり、利用するサービスや本人の状態に応じて市町村が基準を定める。厚生労働省
学習進捗
第70話では、「介護予防ケアマネジメント」を学びました。
普通のケアプランとの違いを、次のように整理します。
居宅サービス計画
要介護者が介護給付のサービスなどを利用するための計画。
介護予防サービス計画
要支援者が予防給付のサービスなどを利用するための計画。
介護予防ケアマネジメント
要支援者や事業対象者が総合事業を利用するときに、専門的サービス、地域活動、本人の取組を組み合わせる支援。
どの計画でも、本人の希望を大切にすることは共通しています。
介護予防ケアマネジメントでは、特に「心身機能」だけでなく、家事や外出などの「活動」、人との交流や地域での役割といった「参加」を見ることが重要です。
あやさんの一言
最初の私は、利用するサービスをきれいに並べれば、計画ができると思っていました。
でも千代さんの目標は、体操教室へ休まず通うことでも、浴室を掃除してもらうことでもありませんでした。
孫を自宅へ迎え、一緒に煮物を食べること。
その暮らしを実現するために、体操や掃除の支援、買い物支援が必要だったんですね。
「何ができないか」だけを見るのではなく、「何をしたいのか」から考える。
それが、介護予防ケアマネジメントの出発点なのだと感じました。
次回予告
第71話 ケアマネジメントA・B・Cって、何が違うん?
〜利用する支援に合わせて、計画と見守り方を変える〜
同じ介護予防ケアマネジメントでも、すべての人に同じ手続きが必要なわけではありません。
計画書やサービス担当者会議、モニタリングを原則どおり行うケアマネジメントA。
一部の流れを簡略化できるケアマネジメントB。
初回の支援を中心に、本人のセルフマネジメントへつなぐケアマネジメントC。
次回は、三つの違いと、「簡略化することは支援を雑にすることではない」という大切な考え方を学びます。
