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ずっと本を読んでいる人に対する嫌悪感(文学を人生のBGMに⑩)

人生には可処分時間があって、読める本は限られている。
まだまだ読みたい本はあって、ならば、ずっと本を読んでいたい。
でも、仕事がある。

仕事場で、暇があれば本を開いている人がいる。
中毒である。
そして、その人に対して、ちょっとした嫌悪感がある。
おいおい、もうちょっと仕事をしてくれよ、みたいな。

自分が、そこまでは読めない、ということに対する嫉妬か?(仕事がある、責任がある、という方面だけではなく、そこまでは読書に没頭できない、読書に対する覚悟がない、というような方面にも嫉妬があるかもしれない。)
本を読むためには、今の仕事をやめりゃーいいじゃん。
ごりゅごさんは、そういうことがやれる仕事を自分で作ってきた。
Podcastですばらしいブックカタリストをされている。
そういう意味で村上春樹さん的だ。
ない道は、自分で切り開く。

今の仕事は、ブラックだが①安定のために②やりがいもあるから③幸運なことに、やめないでと言われて、求められているから④ある程度の地位もある⑤今までの積み重ねもある。
ホワイトに転職はしない。
今あなたがホワイトなら、でもしかし、退屈で誘惑に負けずに、文学し続けられるとも限らない。

エヴァの世界の中にずっといないで。
卒業して。
庵野監督は、そう思って、最終作で、「すべてのエヴァンゲリオンに、さようなら。」と言ったのではないか。
読書に耽溺することは素晴らしいが、現実を見ずに、物語の中に逃げ込んでいるのは違うとは思う。

齋藤孝氏は、有名になるまえ、一日のどれほどを読書に費やせるのか、実験したのだそうだ。
そのくらい、ともかく読んでいたのだそうだ。
そういう状況を、再び、考える必要があるのかもしれない。

断続的に読むためには?
①習慣化する
②断続しても継続するように記録する(メモ、note、書き込み)
このことについても考えていきたい。

『本を読む本』という本には、文学作品は集中して読んでしまえ、と書いてあった。
そのことについては、また今度。


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