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noranekopochi
熱狂(暇と退屈を埋める文学的⑨)
熱狂する。
ハマる。
沼る。
冷静と情熱のあいだ。
辻仁成さんと江國香織さんの小説に、こういうタイトルのものがある。
恋愛の話ではないのだが、タイトルが秀逸なので、タイトルだけを援用する。
冷静はメタ認知で、
情熱は熱狂している状態。
熱狂とは、なんだろうか。
ドーパミン、興奮物質が出るような状態。
それだけ熱く、狂える対象がなければならない。
推しの子。出世競争。社会運動。自分の才能。制約(ルール)。
熱狂とは、なんだろうか。
中毒状態だろうか。
依存症状態だろうか。
少なくとも、簡単に剥がれてしまうような、離れてしまうような、トカトントンしてしまうようなものは、熱狂ではない。
ねちっこく、ねばっこく、離れられない、逃れられない、どうしても触ってしまう、どうしても考えてしまう、どうしてもその世界に戻ってしまう、そういうものこそ熱狂である。
谷崎潤一郎氏の小説に、『猫と庄造と二人のおんな』という小説があって、「隷属」について書かれてあったのを思い出す。
もうだいぶ前に読んだから、中身についてはぜんぜん思い出せないし、本棚に本もない。
それでネットを探したら、青空文庫にあった。
またそのうち読んでみようという機会にはなったが、どうやらこの小説の中では、猫に「隷属」する主人公と、その主人公に「隷属」する二人のおんなが描かれている。
人間達はみな「隷属」しているのだが、猫だけが自由である。
「隷属」は、あるいは幸せな状態である。その状態について、谷崎氏は他の小説でも描写している。
しかし、この小説では「自由な猫」が描かれる。
猫とはいったいなんなのか。
猫は退屈しているのだろうか。
人間は猫や異性に熱狂していれば退屈しないだろうか。
