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人の強さと弱さの両面を受け止められる社会(文学的な弱さ考①)

井上慎平氏の『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の弱さ考』という本を読んだ。

人の強さと弱さの両面を受け止められる社会の方が、結局は強いと思う

私は、著者のように休みをとっているわけではないが、ここに書かれた弱さが分かる。
分かる、という言葉をもう少し押し進めていくと、この言説に、共感する部分がある。
タイトルからして買いにくい人もいるかもしれないが、人の強さと弱さの両面を受け止められる社会の方が、結局は強いと思う。

強いチーム。
チームスポーツをする/見る/に関わる時に、「強いチーム」という言葉を使うことが好きだ。
それは、「勝てるチーム」ではなくて、「弱いチーム」でもない。
強いチームとは、勝てるだけのチームではない。
勝つためだけなら、お金を払っていい選手を集め、いいコーチを雇い、スパイをして敵の情報を盗み、時には刺客を雇って相手をおとしめる。
でもそうではなくて、強いチーム。
心が、想いが、絆が、強いチーム。
日本社会を考える時に、勝てるだけじゃなく、強い社会になってほしいと思う。
より良い社会に。
その時に、「弱さ」について考えることは、重要なことである。

「社会人としての武装」のための弱さ考

「社会人としての武装」ということについても書いてきた。
ビジネスパーソンとして社会で生きる時に、必要な武装のことについてだ。
その中のひとつに「文学的」があるので、こういうnoteを書いている。
そして、武装のひとつに、「弱さを知っている」こともあるのではないか。
このことについて考える時に、重要な本だったと思う。

社会人としての武装。
効率化や構造化。
心をなくしたほうがいいのではないか?
文学教育は社会人のたしなみか?文学的でないほうが、社会は生きやすいのではないか?

Youtubeで、「ビジネスマンの恋愛」のドラマがあった。
どの動画だったのかURLは失念したので紹介できないのだが、恋愛に契約書を持ち込んだり、進行書を持ち込んだり、ビジネスのフレームワークを持ち込む男性の話だった。
面白く見た。


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