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やり残し感4(社会人の武装の仕方㊵)
物語の「やり残し」感。
終わらない物語。
例えば連載中のもの。
「完」となるまでは、終わらない。
ドラゴンボール。スラムダンク。幽遊白書。
私の青春時代に夢中になった連載たちだ。
あるいは途中で打ち切られた連載。
録画とかのデータ損失で、見れなくなった物語。
昔、ビデオテープで録画をしていた時代。
ビデオテープが切れてしまい、途中でその番組が切れていた。
レンタルなどもまだまだな時代で、見逃した番組は、そのまま、見ることができなかったものがあった。
例えばスターウォーズ。
世界観だけを共有して、無限に物語は作られていく。
何度も再構築、再生産され、物語は拡大していく。
途中でやめる学習、というか、どこまでもどこまでも深い、学問の世界。
哲学とか。
「問い」だけで答えがない。
どこまでも終わらないので、不完全に耐える、ということが重要である。
もちろん人生そのものも、終わるまでは終わらない。
つまり、過程こそ楽しい。
そして、不完全なものばかりな中で、「完結した」と思わせる物語は、やっぱりすばらしい。
そう書いた時に、エヴァンゲリオンのことを思い出した。
1995年に始まり、何年も楽しませてくれた上で、2021年に『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で、ああこれで完結した、と感じさせた、あのことを思い出した。
ああ、ちゃんと終わってたよ、と、多くのファンが思ったと思う、あの経験を。
あるいは村上春樹の小説。
不思議で、なんだかよくわからなくても、ちゃんと終わっているという感じがする。
