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モジュール(暇と退屈を埋める文学的⑬)

分断、断片化、モジュール化。

「モジュール化」というのは、製品やシステムを構成する部品や機能を、独立した単位(モジュール)に分割することだ。
モジュール化によって、製品の多様化や製造の効率化、品質の安定化などが実現できる。

車をハンドル、椅子、タコメーター、エアバッグなどの単位にモジュール化すれば、その「部分」を交換したり、アップデートしたりすることが可能だ。
オプションとして、その「部分」を自分好みにカスタマイズすることもできるようになる。

逆に言うと、モジュールは組み合わせることで、「車」という総体を生成する。
分断された毎日は、組み合わさることで、「私」という人間を形成する。

仕事内容もモジュール化している。
効率のために、モジュール化する。
段取りとかがそうである。
いつ電話がかかってきてもいいように、オフィスにいるときは、細かく切り分けた、モジュール化した仕事をこなすようにしている。
モジュール化した仕事は、その部分を他人に任せることもできる。

仕事のモジュール化、仕事の分断のよすがは、ToDoリストである。
ある仕事があって、それをスモールステップA、B、Cに分ける。
Aはやり終えたので、あとはBとCの段取りが残っている。
ちょっとあちらに対応してから、Bをやろう。Cは明日かもしれない。
Bを2分の1こなしたら、他の対応が入った。
結局、Bの残り2分の1と、Cが、明日に回った。
そのことを、ToDoリストに記入しておく。

分断されているが、今日から明日へ接続していることが大切だ。
無心に行える作業のようなものなら、簡単にToDoリストに落とし込み、明日もこなすことができるだろうが、情熱や心が入り込むような物事の場合、ちょっと難しいことになる。
明日も私は同じ情熱をもって、この物事に対峙できるだろうか?
小説執筆などがそうである。
途中でやめて、明日に接続しているだろうか?
分断されても続けられる、耐久性が必要である。
明日に接続されなかった、持続されなかった物事は、そこまでのものではなかった、と、割り切ることもできる。
それはそれで、物事をふるいにかけ、取捨選択できる機会である、とも言えるかも知れないが。

今日から明日に接続し、持続し、残ったものは、楽しいこと、退屈しないことであるとも言えるかもしれない。
「暇と退屈」について考えているのだが、そうしてふるいにかけて、人生を充実させていく機会になるのかもしれない。
眠りによる分断。
それを超えて接続することについて。


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