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sado774
ネタバレの危険性、『ルックバック』について2(批評について②)
しかし、他人がその作品とどう出会ったのか、そしてどう読んだのか。深く感動した作品についてなら、同志を探すようなもので、興味は湧く。
作品を見た者同士が語り合う、どうしようもなく濃密な情報交換。
好きなものを語り合える、幸福な時間。
ダイアローグもいいけれど、自分は一体何を見たのかと、自分自身に問いかけるモノローグもいい。
感想文はモノローグである。
感想文は手帳にでも書いて仕舞っておいたらいいのに、便利な時代で、ネットで公開しようなどと思うから、おかしなことになる。
その感想文を読む人は、果たして作品を既読の人か、未読の人か。
未読の人が、あそこでこれがこうなってを読んでしまったのなら・・・。
ネタバレは、こうして起こってしまう。
批評のカタチ②
私は一体何を読んだのか?
その時の体験を語る。
当然、ネタバレはしてしまう。
ということで、映画『ルックバック』で、私は一体何を見たのか?
その時の体験を語ろうと思う。
当然、ネタバレをしてしまうので、、、
***ここからは、映画『ルックバック』に関するネタバレが含まれます。***
(こんな感じで、まだ見ていない人に、配慮したりして。)
映画『ルックバック』は、貧乏揺すりをしている少女の後ろ姿から始まる。
このシーンは、ジブリのアニメ『耳をすませば』に似ていると思った。
月島雫は、猫の国の物語を書き上げる。
あの映画も、創作に対する、真摯な物語である。
(創作したい少女って、絵になるよなあ。)
と、作品について自分が見たもの感じたことをただ垂れ流すように書いていると、当然ネタバレになってしまう。
ノベライズのようになったりする。
小説の感想文の場合は、上手な要約、になったりする。

