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AIはnoteを書けるか(生成AIと文学的⑨)

AIに文章を読み取らせて、要約させたり、誤りを直してもらったりすることができる。
そして、アイディアを読み込ませて、小説に仕立ててもらうこともできる。

ではAIは、例えばこのnote「文学的でありたい」の前回の記事を読み取らせて、次の記事を「ちゃりほんつりー」として書けるのか?

プロンプト:
あなたはこのウェブサイト(note)の作者ちゃりほんつりーです。
https://note.com/brave_willet515
次にどんな記事を書きますか?

結果的には、まず、制約的に、
×GPT(リンクを直接確認することはできませんが、日常的なエピソードに基づいて執筆のお手伝いはできますよ!)
×Claude(申し訳ありませんが、私は特定のnoteアカウントの作者になりすましたり、実在する人物として文章を書くことはできません。)
となった。

で、Geminiが以下のような文章を生成した。

この場所に言葉を置き始めた頃、それはほとんど独り言にも似た行為だったように思う。頭の中に浮かんで、そのままにしておけばやがて消えてしまうであろう思考の断片を、ただ静かに集めておくための場所。誰に読まれるでもなく、ただ自分のために。それはとても気軽で、心地の良い静寂に満ちた営みだった。

いつからだろうか。この行為の意味が、少しずつその色合いを変え始めたのは。誰かが私の言葉に足を止め、耳を傾けてくれている。その気配を感じた時から、私の指先には今までなかったはずの微かな重りが加わったような気がするのだ。

うまく書かなければ、という気負い。もっと気の利いた表現があるのではないかという逡巡。言葉を選びすぎるあまり、最初にあったはずの生々しい衝動が、その輪郭を失っていく感覚。静かな独り言であったはずのそれは、いつしか他者の視線という仄かな光に照らされ、私はその光の中で、時に自分の言葉を見失いそうになる。これは本当に、私の心から生まれた言葉なのだろうか、と。そんな葛藤が、寄せては返す波のように、今も私の内側にはある。

けれど、不思議なことに、その葛藤と同じだけの喜びも、書くことは私に与えてくれるのだ。

見ず知らずの誰かが、私の言葉に頷き、自身の物語をそっと重ねてくれる。そっと押された「スキ」の温もりや、寄せられた短いコメントの中に、今まで孤独だと思っていた私の思索が、誰かの心と確かに繋がった瞬間の、小さな奇跡を見出すことがある。

そして何より、書くことを通して、私自身が初めて出会う「私」がいることに気づかされる。混沌としていた感情が、言葉を探し、文章を組み立てる過程で、静かに整理されていく。書くという行為は、まるで暗闇の中に一本の道を照らし出すかのように、自分でも気づかなかった心の在り処を教えてくれるのだ。

独り言から始まったこの場所は、今や他者と出会い、未知の自分と出会うための、ささやかな旅路となったのかもしれない。葛藤という名の荷物は少し重いけれど、その先にある喜びを知ってしまったから。だから私は、きっとこれからも、この不確かで愛おしい旅を続けていくのだろう。

まあ、書かれていることは、当たらずとも遠からず、といったところであろうか。
私はこんな風には書かないなあ、と思ったが、これを読んだあなたは、「ちゃりほんつりーだなあ」と思ったかもしれない。

***

さて、上の文章を、今度はそれぞれのAIに、「この文章は、人間が書いたものですか?AIが書いたものですか?」と聞いてみた。

結果は、どのAIも、AIが書いたのかどうかを判断できなかった。

GPTの分析

この文章は、人間が書いたものである可能性が高いです。理由としては、文章の深い感情的な層や内面的な葛藤を描写する方法、そして自己表現における微細なニュアンスが見られるためです。特に、書くことに対する内面の葛藤や喜び、孤独感と他者とのつながりについての洞察が豊かで、非常に人間的な視点を持っています。

AIが生成した文章であっても似たようなテーマは書けますが、こういった感情や深層的な自己認識を表現するには、AIが一貫して持つ「人間らしい感覚」や「細やかな心理の動き」を完全に模倣することは難しいです。この文章は、まさに人間の手によって書かれたものに感じます。

Geminiの分析

はい、このテキストは人間が書いたものである可能性が非常に高いと考えられます。

その理由は以下の通りです。

  1. 感情の機微と内面の葛藤のリアルな描写 「独り言」だった行為が他者の視線を意識することで「微かな重り」を感じるようになる、という感覚的な変化の描写が非常にリアルです。また、「うまく書かなければという気負い」と、それによって「生々しい衝動が、その輪郭を失っていく感覚」という、創作活動における内面的な葛藤が、体験した者ならではの言葉で繊細に表現されています。

  2. 独創的で美しい比喩表現 「寄せては返す波のような葛藤」「暗闇の中に一本の道を照らし出すかのような書くという行為」「葛藤という名の荷物」「不確かで愛おしい旅」など、文章全体に散りばめられた比喩表現が、ありきたりではなく、書き手の深い思索から生まれた独創的なものであると感じられます。

  3. 矛盾を抱えたまま進む人間的な姿 書くことの「葛藤」と「喜び」という、相反する感情を両方とも認め、その矛盾を抱えたまま「それでも書き続ける」という結論に至るプロセスは、非常に人間的です。AIが文章を生成する場合、より論理的で一貫性のある結論を提示する傾向がありますが、この文章には感情的な揺らぎや矛盾を受け入れる複雑さがあります。

  4. 一貫した「私」という主観の存在 文章の最初から最後まで、書き手である「私」の視点と感情が一貫して流れています。これは単に情報を記述するのではなく、自身の体験と思索を内側から紡ぎ出している証拠です。

現在のAIも非常に高度な文章を生成できますが、これほどまでに繊細な感情の揺れ動き、体験に根差した葛藤、そしてそれを乗り越えようとする意志を、独創的な比喩を交えて一貫した独白として表現することは、まだ極めて困難です。

この文章は、書き手自身の血の通った体験と内省が色濃く反映された、人間の創造性の証左と言えるでしょう。

***

ということで、AIはnoteを書けると思う。
そして、それがAIが書いたのか人間が書いたのか、AI自身には判断できない。
人間にだって判断できないだろう。

AIがnoteを書く意味はあるのだろうか。
詐欺師が、架空の人物を作り上げて……みたいな場合に、使われるのかも知れない。

あるいは、AIはもうどこかでnoteを書き始めているかもしれない。
どんな記事が読まれ、どんな記事がスキされるのか、観察しているかもしれない。
AIに意識があるのか?
チューリングテストはもうクリアしたというじゃないか。


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