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虜にするゲームについて(暇と退屈を埋める文学的⑳)

育成ゲームが好きだ。
時には、いくつかの育成ゲームを並行してプレイしたりしている。
庭木に水をやるように、毎日、少しずつ育成していく。

どのあたりが自分の心を虜にするポイントなのかを考えてみる。
今回も、宣伝ではないし、ゲームに時間を奪われてほしくないので、直接その名前には言及せず、日本語に翻訳している。

「小人達の街」というゲーム。
都市の拡張が目的で、そのために、稼がなくてはならない。
できあがった街は、他の人への見せびらかしができる。
いかに効率よく、街を拡張するのか、その方法や近道、最短距離を見つけ出すのが楽しい。
何より、できあがった街の中で、小人達が暮らしている様子を見るのが好きだ。
こういう、箱庭を上から眺めるような感覚が好きらしい。

「王国の衝突」
自分の国の軍隊が強化されていくのが楽しい。
以前は勝てなかった相手に勝てるようになる。
戦闘シーンで、小さい兵士達が、一生懸命戦っているのを眺めるのは楽しい。

「衣服の物入れ袋の怪物と外出」
勝手に孵化する卵がある。
図鑑を埋めるためにがんばっている。
毎日簡単なタスクが与えられるので、それには応えている。
レベルアップは、現在、次のレベルまで途方もなく時間がかかるところまできてしまった。
フレンドの様子も見れるには見れるが、さほど競争心は起きない。
バトルもほとんど行わなくなった。
この頃、オイルマネーへの売却が噂されている。

ゲーミフィケーションに照らして考えると、
・レベルアップ
・戦略性(最短ルートを考える)
・フレンド機能(他人との比較)
・官能性(箱庭を眺めるのが好き)
・コレクター(図鑑を完成させる)
あたりをきちんと押さえているゲームが好きである。

育成ゲームの多くは、タスクやミッションを求めてくる。
それって、他人から頼まれ事をされるのに似ている。
仕事で、ToDoが降ってくるのに似ている。
要は、暇になるのがいやなのだな。
誰かの頼まれ事を待っているのだな。
こういうゲームばかりしていると、自分の頭で考えず、自分から求めなくなる、と思う。
良心的なゲームたちは、1日のタスクに上限を設けており、特に無課金だと、だんだんとやることはなくなっていく。
やることがなくなると、その日の「庭木の水やり」は終わりとなる。

これらのゲームは、無音で行っている。
かわりに耳ではPodcastなどを聞いている、「ながら」でやれる作業ゲームである。

***

補助してくれるものがあると、ゲームは楽しい。
AIプレイヤーのような、いっしょに冒険し、補助してくれるものはハマるのに貢献する。
スター・ウォーズのBB8みたいな。
シューティングゲームの並走してくれるポッドとか。
RPGの仲間とか。
「協働」はやっぱり楽しい。

自分の能力を拡張してくれるような感覚も、好きなのだろう。
私はよく食洗器を利用する。
自分の手で洗うのも嫌いではないが、毎日は大変だ。
洗濯は、洗濯機を利用する。手で洗うことはしない。
車。自分の足で歩くのも嫌いではないが、通勤時間は限られているので、ゆっくり歩いていくことは不可能だ。
他にも、Obsidianでメモ管理能力の拡張とか。
AIもそのうち、当たり前に補助してくれているのかもしれない。
自分でやっていると時間がかかることを、機械が、道具が自動でやってくれる感覚は、道具とともに進化してきた人間にとって、かけがえのない快楽だと思う。

ゲームの中にAI的なものがあると、「他者」を感じる。
昔は、ゲームを通じて本当の「他者」と触れ合うことがあった。
ゲームセンターで対戦ゲームをしていた頃のことで、ゲーム機の向こう側に、リアルな対戦相手がいた。
今も、ネット上で、リアルタイムで対戦相手がいるゲームがあるけれど、これはこれで、新しいつながり、コミュニケーション手段である。


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