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創作者の育成(創作的な文学的⑮)

アマチュアの創作者がいて、プロの創作者もいて。

創作者の育成について。
アマチュアな創作を、励ますような場所があってもいい。
そういうレベルの、奨励するような、批評も必要だとは思う。
現在、小説の、育成するような、奨励するような批評はどこにあるのか?
「文学賞の批評」には、そういうものが見られる。
ネット上の言説は、そこらへんが入り乱れると、苦しくなる。
暖かい目で見ていいと思う。

ネットで誰もが批評をできるようになった時代、「文学批評の方法」についても考えていきたい。

プロの世界は、ある程度厳しい言説があってもよいと思う。
競争社会であるし、悪いものを、金を払って見せられる筋合いは、消費者にはない。
そんな余裕は、時間にもお金にもない。
率直な意見の方が、創作者の未来のためにも、よいかもしれない。
褒めてばっかりではスポイルされてしまう。
まがりなりにも、それでお金をもらうプロである。
礼儀はわきまえた上でのある程度の酷評は、むしろ糧だと思わなければならない。
大量出版の時代、ふるいにかけることも重要であるし。

村上春樹氏のように、「言われなき酷評」は、臭い馬小屋のように、鼻をつまんで通り過ぎればいい。

昔、パトロンが創作者をかこい、お金の面で工面して、いいものを追求する、という時代もあった。
若い創作者の、金銭面での援助についても重要である。
佐々木俊尚さんが、以前のVoicyでそんなことも語られていた。

現代は、チーム、合同製作するものも多い。
漫画『推しの子』など、原作者と漫画家が別れている場合。しかし、お二人は、展開について二人で意見しあっているらしい。

映画やアニメなど、多くの人によって作られているものも多い。
脚本自体も、チームで創作しているものも多い。
そこでは、駆け出しの創作者クリエイターと、ベテランが、教育も兼ねながら、創作に励んでいる。
漫画『ダンダダン』の作者は、有名な作家さんのもとで、アシスタントを経験したことも、飛躍の大きなきっかけとなったらしい。

共同執筆された小説も存在する。
ただ、一人で物語制作のすべてをやろうと思ったら、すべてできるメディアとして、小説は重宝されるのかもしれない。



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