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籠もっていたい(文学を人生のBGMに⑱)
長時間労働者を自認する私はこの頃、籠もる機会を窺っている。
チャンスがあれば、家の鍵を閉じて、一人で書斎に引きこもっていたい。
誰とも会わず、心ゆくまで読書をしたり、ものを書いたり、映画を見たり、音楽を聴いたりするのだ。
大昔の人間で言えば、喧騒の市街地から離れ、洞窟の中で孤独に暮らす変わり者、そういう人間になりたいんだと思う。
村上春樹さんは、小説を書く時、孤独になる。
マラソンを走る時も、独りになる。
そういう時間を大切にされてこられた作家だ。
そういう人の言葉だから、私は信頼をおけるのだと思う。
孤独を知っている人を、私は信頼するのだと思う。
「孤独」というのは、ひとりぼっち、と似ているけれど、もう少し可哀想じゃない。
誰かと連携できない、つるめない、一緒にいられない、つがえない、とか、そういうことではない。
結婚していても、家族をもっても、私は孤独である。
本当の意味で、愛に気づいている者は孤独である。希望、喜び、絶頂、喪失、成就、夢、絶望、これらはすべて孤独である。
孤独を知らぬ愛が無意味であるのと同様に、愛へと向かう孤独だけが、真実である。
Mr. Childrenの『Any』を、あいかわらず聴いている。
愛してると君が言う 口先だけだとしても
たまらなく嬉しくなるから それもまた僕にとって真実
恐ろしいことに気付いてしまったんだけど、もしかしたら、逆に、私は本当には妻や子どもを愛していないかもしれない。
私のほうが、口先だけかもしれない。
それでも、妻や子どもたちは満面の笑みを返してくれる。
