AIによる効率化(生成AIと文学的⑦)
そうは言っても、長時間労働に身をやつしてしまう。
東に病気の子供あれば行って看病してやらなければならないし、西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負わなければならないし、南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといわなければならない。
新しいカイゼンを思いついた人があれば、やってみなけりゃならんじゃないか。
それでも、AIの登場は、不必要な業務を取り去ってくれるとか、効率化や時短など、長時間労働者が、より多くの自由時間を持てるんじゃないかと、希望を抱ける面もある。
時間があって、心に余裕があるときは、落ち着いて文学作品を読むことができるものだ。
「文学的」で書いてきたことの中に、「社会人としての武装」ハックス、みたいな話がある。
「環境」が、その個体の成長に影響を与えることがある。
使っている道具(ツール)によって、何かしら、影響があるものと考えられる。
AIの効率化のひとつに、「要約」がある。
けれど、文書の要約をAIに任せていたら、黒塗りの文書じゃないけど、権力にとって不都合な部分は、削り取られているかもしれない。
そういう点では注意しなければならない。
ツールが、人の心をなくしたり、青春を忘れたり、思いやりをなくしたり、文学的ではなくなる方面に向かわせるのではなく、より文学的である、という方面に向かわなくてはならない、と思う。
