この頃の「目標→設定」と「プレッシャー」(社会人の武装の仕方㊽)
大学時代の就活から、社会人になってすぐの時期は、『手帳法』とかを参考にして、目標をかかげていた。
クレドも作ってみた。
人生のミッションも設定してみた。
若い頃は、それはそれで意味があったように思う。
この頃、「目標」ではダメで、「設定」、みたいな話をよく見るようになった。
それで、自分も目標はやめて、設定にすることにした。
今年の設定は、以下のようなものだ。
①繰り返すこと、身近になること。
②身体を、心を動かすこと。
③具体化していくこと。形にしていくこと。
④大きな流れの中に身を置くこと。
詳しく説明すると、
①は少しずつでいいので繰り返して、身近になれる、ということである。
長時間労働者のため、1時間とか2時間とかのまとまった時間をとることが困難である。
なので、毎日最低でもこれだけは、というものを5分とか10分とか繰り返すことにしている。
長年そういう生活を続けてしまったので、集中力もそれくらいしか続かない。
何日も集中してものを書いていた、学生時代が懐かしいうらめしい。
でも、愚痴を言っていても仕方がないので、例えば小説を数行は読むとか、学習事項に少しでも触れるとか、noteをちょっとずつ投稿するとか、そういうことをしている。
②は、文字通り、身体を動かす、運動をすること。
心が動くことをする、ということ。
③は、AIの力を借りてでも、形にしてみることで、次の一手が見えてくる、というようなこと。
人生もそう長くはないのだし、形にして、自分や他者の反応を見て、また次を形にして、ということが大事になってきているよなあ、ということ。
短編小説『タイランド』(村上春樹、「神の子どもたちはみな踊る」収録)では、「言葉は石になる」とあった。これは、形にしないほうがよい物事について書かれている。
負の感情は、形にしない方がいい。
だから注意深く、形にしていきたい。
④は、社会に関わるという覚悟でもある。
自分の中で閉じずに、大きな流れの中に身を置いているということ。
自分のキャリアについても、自然な流れの中で、任される役目が変わってくれば、それに応じよう、ということである。
前線のプレーヤーだけでなく、管理する側についても考えなくてはならなくなってきた。
***
そういう目標、もとい「設定」を、A4用紙に書いてみたが、それを壁に貼ったりはしていない。
そこまでプレッシャーをかけるものではないかな、という思いからだ。
でも、時折取り出して見ることができるところには置いてある。
noteのWidgetがある。
MacのデスクトップやiPhoneの画面に「下書き」、「フォロー中の新着記事」、「お題」などを表示するWidgetだ。
その中に、「連続の投稿継続」というものがある。
これは、毎日投稿、毎週投稿、毎月投稿を確認するもので、noteの投稿にプレッシャーがかかる。
プレッシャー、ストレスは、適度なら、健康にいい。
ちょっと無理をしているな、と思ったら、また生活環境を整理したい。
いろいろと忙しい春を超えて、夏がやって来ようとしている。
