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心をミクロ化することでその形を掴もうという壮大な取り組み──『心の社会』読書感想文(前編)


書籍データ

本書を読了した感想を一言でいうと「私たちは自分の心について何も知らないし、知り得ない」ということ。

この本では一貫して「心」はエージェントとよばれる小さなプロセスが、度合い(レベル)により「階層」となって構成されているものだと説明されている。
※要旨・感想が長いので、前編/後編に分けます。

心のつくられ方は、社会そのもの

この本で書かれていることは、「心」がつくられるプロセスをできるだけ細分化し、それらの相互関係を紐解くことで「全体」がどうなっているかを解き明かそうとする試みそのもの。
冒頭にそのアプローチを象徴するかのようなこんな言葉がある。

科学では、最もつまらなく思えるものを研究することによって、最も多くのことが得られる

p.10

例えば「心」のように、大きくて複雑な対象を理解するにはどのように取り組んだらよいか。

  1. 各部分が別々にどうはたらくかを知る

  2. 各部分がそれに接続している別の部分とどうインタラクトするかを知る

  3. 個別のインタラクションが組み合わさって、どうすれば「プロセス化」できるのかを知る

問題を解明するために、細分化していく。
これはまさに『決断の本質』に描かれていた問題解決の一つの方法で、やはり複雑な問題への解決のアプローチは分野など関係なく似通ってくるのだなと。


話を戻すと、「思考の法則は脳細胞の性質(個)だけでなく、その細胞がどのように結合しているのか(関係性)に依存している」というのが序説。

まさに本書のタイトルに用いられた「社会」の仕組みのように「個(エージェント)」ではなく「個と個の相互の関係性(エージェンシー)」の中に生まれるもの。
個のみでは単純すぎて概念化すらできないのものが、他との関係性の中で見事に概念や言葉として描き出されることを考えると、その概念を想像することはわりと容易い。

もしかしたら、私たちが思考と読んでいるものは実在ではなく、無限に変化する物質中の、ある部分同志の関係に過ぎないのかもしれない。

p.23 パーシィ・ビッシュ・シェリー

変化の中の不変

さて、エージェントという存在をなんとなく理解し始めた段階で、次はこんな疑問が湧いてくる。(少なくとも私は湧いてきた)

心の量子化ともいえるエージェントの存在は理解できた。それでは、エージェントはどうやって相互に結びつき合うのか?
そのコントロールはどこで(何が、どうやって)行っているのだろうか?

その答えを導き出すために、本書の序盤で取り上げられる説明の中でピックアップして語るべきは以下の3つだと私は捉えている。

1つめは、エージェントの「レベル」という概念。
本書では上位・下位(実際の心のモデルになると上位・下位間にある階層はずっと多い)という呼び方をされているこのレベルの存在が、エージェントを階層化させ、結びつきに特定のルールを付与している。(ある行動を起こすためのエージェントの階層付けは、逆転しない)

2つめは、「暗黙の仮定」。これは心理学にも用いられる用語だが、ここでは「経験等を通じて、常識的知識のうちで最も価値のあるものを選びとり具体化するためのはたらき」を指す。

3つめは、関係性の強いエージェント同士はあらかじめ近接して配置されているということ。

これらの”制約”があることにより、心はすばやく・系統立てて行動を起こす(記憶を蘇らせるなどの行為)ことができるのだと、私は理解した。

遺伝子のはたらきと後天的学習

現実世界では、完全な論理がはたらくことはめったにない。〜中略〜(このような世界で)できることは、不完全な推測、つまり大ざっぱなできあいの規則からはじめて、どこが間違っているかを見出すようにすることだけなのである。

私たちは、遺伝的に決まるプロセスに沿って学習するエージェンシーたちを用いて、この世界に生きるために必要なほぼ共通の概念を身につける。

子どもたちが成長に応じてほぼ大差なく取得していく結論、いわゆる「生きていく上での常識」を身につけるプロセスには、遺伝子のサポートがあると考えられる。
一方で、生物は種として発達し進化していくためにその時々の環境に適応しなくてはならない。

この章ではその先には触れられていないが、
その規定されたプロセスの余白を埋めるのが「個の学習の結果であり、個性」なのだと言えるのではないか。

心は「一つの個(エージェント)」ではなく「エージェント同士の結びつき(エージェンシー)」があってはじめて説明が可能になる。
これが「心の社会」であると、この本の本質に近づいてきたところまでがこの本の前半部分。


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