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ハウ ルラ ポ (Haw rura po) 声を運ぶ子 第五章 


冬の雪は、音を隠す。
足音も、川の声も、遠くで折れる枝の音も、白いものの下に沈んでしまう。
だから冬は静かな季節だと、子どものころの私は思っていた。
けれど、その冬、私は知った。

雪は音を消すのではない。
音を待っているのだ。
叫びも。
嘘も。
刃が抜かれる音も。
誰かが最後に残す言葉も。

すべてを白く受け止め、あとでゆっくり人の胸へ返す。
和解の宴が開かれる日、空は低かった。
雪は朝から細かく降っていた。風は強くない。けれど、顔に当たる雪は冷たく、まつげに積もると視界が白くにじんだ。


第五章 冬 『声を逃がす夜』



私たちは、松前の者が用意した場所へ向かった。
シャクシャインは前を歩いていた。
その背中は、秋の河原で見たときよりも少し重く見えた。
疲れているのだと思った。
でも、それだけではなかった。
まるで、これから渡る橋が、もう半分凍っていることを知っている人の背中だった。
父は私の隣を歩いていた。

「表へは出るな」
「分かってる」
「声を出すな」
「分かってる」
「何か変だと思ったら、シラリカのところへ行け」
「父は?」
「私のことはいい」
「よくない」

父は一瞬、言葉に詰まった。
それから、小さく言った。

「おまえは、倒れるな」

それだけだった。
私は何も言えなかった。
父の声が、いつもより遠く聞こえた。
雪のせいではない。
これから起こる何かが、もう私たちの間に降りはじめていた。

宴の場所には、和人たちが先にいた。
家の中には火が焚かれ、酒の匂いが満ちていた。
外は雪なのに、中は暑いほどだった。

 木の器。
 膳。
 酒の壺。
 笑い声。
 迎える言葉。
 座る場所を示す手。

すべてが、和解の形をしていた。
けれど、声が違った。

私は入口の陰に立ち、耳を澄ませた。
和人の言葉は、春よりも多く分かるようになっていた。
完全ではない。
けれど、音の癖、言葉の並び、嘘を隠すときの息は覚えている。

酒をすすめる男の声は、甘すぎた。
笑いながら「遠くから来てくれてありがたい」と言う声の奥に、早く座れ、早く飲め、早く黙れ、という硬いものがあった。

私は、父を見た。
父も気づいている。
顔には出さないが、肩が少し上がっていた。
シラリカは裏手にいた。
私と同じように、表には出ない。料理や酒器を運ぶ女たちに混じりながら、目だけで周囲を見ていた。

私は酒器を運ぶ役目を与えられていた。
小さな者は目立たない。
子どもが器を運んでも、和人は見ない。
見ないから、聞ける。
私は器を持ち、座の近くを通った。
シャクシャインは中央に近いところに座らされていた。
まわりにはアイヌの男たち。
その外側に和人たち。
座り方が、変だった。
迎えた者が外側にいる。
客を囲むように。
逃げ道を隠すように。
私は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

酒が注がれた。
和人の男が笑って言った。

「今日は争いを終える日だ」

その言葉は、きれいだった。
けれど、声の底が濁っていた。
私は、その濁りを覚えた。
シャクシャインは椀を見た。
すぐには飲まなかった。
場が一瞬、止まった。
和人の男はさらに笑った。

「どうした。疑うのか」

通訳役の男が、その意味をアイヌの言葉へ移した。
けれど、少しだけ柔らかくした。
疑うのか、という刃を、布で包んだような声だった。

私は息を止めた。
言葉が曲がった。
小さな曲がりだった。
でも、確かに曲がった。
シャクシャインの目が、ほんの一瞬、私のほうを向いた。
気づいている。
私はそう思った。
それでも、彼は椀を取った。


止めたい。
喉まで声が上がった。
でも、声を出せば、何が起こる。
ここで子どもが叫べば、和解の場を壊した者として斬られるかもしれない。
シャクシャインを危険にするかもしれない。
父も、シラリカも、周りの者たちも巻き込むかもしれない。
私は器を握りしめた。
指先が冷たかった。
火のそばにいるのに、雪の中に立っているようだった。

酒が回った。
笑い声が大きくなった。
アイヌの男たちの顔も赤くなっていった。
緊張がほどけたように見えた。
ある者は本当に安堵していた。
ある者は、これで冬を越せると思ったのかもしれない。
けれど、和人の足音は増えていた。

 外。
 壁の向こう。
 裏口の近く。
 雪を踏む音が、増えている。

私は、酒器を置き、裏手へ向かった。
シラリカがいた。

「変です」

私は小さく言った。

「何が」
「座り方。酒のすすめ方。通訳の言葉。外の足音。刀を預けたはずなのに、鉄の匂いがします」

シラリカの顔が変わった。

「出口を見ろ」

私はうなずいた。
走ると言っても、音を立てないように。
子どもの足は軽い。
小さいから通れる道がある。
裏口の隙間から外を見た。
雪の中に、影がいた。
ひとつではない。

 三つ。
 五つ。
 もっと。

和人の男たちが、外に立っていた。
刀の柄に手を置いている者もいた。
その中に、見覚えのある息があった。
顔では分からなかった。
雪と暗さで、人の輪郭は白く崩れていた。
けれど、息で分かった。
春の川で、笑わなかった若い男。
荷を背負い、何かを言いかけて、飲み込んだ男。
悪い鉄を包む前に、手を止めた男。
誰かが小さく呼んだ。

「佐吉」

その名が、雪の上に落ちた。
佐吉は返事をしなかった。
ただ、白い息を吐いた。
その息は、ほかの和人たちのものより短かった。
怖がっている。
私はそう聞いた。
誰を怖がっているのかは分からない。
私たちか。
上の者か。
この雪の夜に、自分がすることか。
けれど、怖がっていることだけは分かった。

罠だ。
その言葉が、胸の中で鳴った。
和解ではない。
宴ではない。
道を開く酒ではない。
道を閉じる酒だ。
私は表へ戻ろうとした。
その瞬間、内側で大きな声が上がった。
誰かが笑った。
誰かが椀を落とした。
木の器が床を転がる音がした。
そして、刃が抜かれる音。

それは、驚くほど小さかった。
私は、もっと大きな音がすると思っていた。
けれど刃は、静かに鞘を離れた。
次の瞬間、叫びが家の中を裂いた。
シラリカが私を引き寄せた。

「来るな!」

父の声が聞こえた。
表のほうで人が倒れる音がした。
酒の壺が割れた。
火の粉が舞った。
アイヌの言葉と和人の言葉が、ぐちゃぐちゃに混じった。
私は動けなかった。
耳が、全部を拾ってしまう。

 怒号。
 罵り。
 驚き。
 裏切りに気づいた声。
 酔いから覚めきれない声。
 誰かが誰かの名を呼ぶ声。

その中に、シャクシャインの声があった。
低く、短く、まっすぐな声。

「下がれ」

誰に向けたのか分からなかった。
でも、私はその声を聞いた。
私はシラリカの手を振りほどいた。

「だめ!」

シラリカが叫んだ。
私は中へ飛び込んだ。
火の明かりが揺れていた。
床には酒がこぼれ、赤く光っていた。
人々は立ち上がり、押し合い、倒れ、刃を避けようとしていた。
父が見えた。
父はひとりの和人と組み合っていた。
肩に傷を負ったのか、衣に血がにじんでいた。

その奥に、シャクシャインがいた。
彼は立っていた。
まだ倒れていなかった。
けれど、周囲を囲まれていた。
酒のせいか、足元がわずかに揺れていた。
それでも、彼の目は曇っていなかった。
私は彼のほうへ走った。
途中で誰かにぶつかった。
転びそうになりながら、膝で進んだ。

「シャクシャイン!」

私は叫んだ。
その声に、彼がこちらを見た。
その一瞬、時間が止まったようだった。
彼の目は、秋の河原と同じだった。
私を子どもとして見ていない。
道具としても見ていない。
声を運ぶ者として見ている。

「来るな」

彼は言った。

「でも」
「聞け」

その声は、怒号の中でもはっきり届いた。
私は止まった。
シャクシャインは懐から、小さな包みを取り出した。
布に包まれたものだった。
近くにいたアイヌの男へ渡そうとしたが、その男は背後から斬られ、倒れた。
シャクシャインは私を見た。

「受け取れ」

私は走った。
彼のそばへたどり着いた瞬間、誰かの刀が振り下ろされた。
シャクシャインが私を押した。
私は床を転がった。
包みが私の胸へ落ちた。
熱かった。
火に近かったからではない。
言葉の重さで熱かった。
シャクシャインが低く言った。

「逃げろ」
「いやです」
「逃げろ」
「置いていけない」

彼の顔が、ほんの一瞬だけ厳しくなった。

「私の命を運ぶな」

私は息を止めた。

「声を運べ」

その言葉は、刃より深く胸に入った。
シャクシャインは続けた。

「川の名を。火の名を。我らがここにいたことを」

私は包みを抱えた。

「どこへ」
「季節の中へ」
「季節?」
「春へ。夏へ。秋へ。冬へ」

和人の男が横から飛び込んできた。
シャクシャインが私を突き飛ばした。
私は再び床へ倒れた。
起き上がったとき、父が私を抱え上げた。

「行くぞ!」
「でも!」
「見るな!」

父の声は怒っていた。
けれど、その怒りの奥に、泣き声があった。
私は父に引きずられるように裏手へ向かった。
シラリカが戸を開けていた。
外の雪が、黒い夜の中で白く舞っていた。

「こっち!」

シラリカが叫んだ。
私たちは外へ飛び出した。
すぐ後ろで、家の中の叫びがさらに大きくなった。
誰かが追ってきた。
雪を蹴る音。
和人の怒鳴り声。
鉄の音。
父は私の背を押した。

「走れ!」

私は走った。
包みを胸に抱いたまま、雪の中を走った。
足がもつれた。
息が痛かった。
冷たい空気が喉を裂いた。

「後ろを振り返るな!」

父の声がした。
でも、私は振り返った。
建物の影が見えた。
火の光が漏れていた。
煙が雪に混じっていた。
その中に、シャクシャインの姿はもう見えなかった。
父が私の腕をつかみ直した。

「見るな!」
「シャクシャインが!」
「声を運べと言われたのだろう!」

私は息を飲んだ。
父は聞いていたのだ。
あの混乱の中で。
刃と叫びの中で。

私たちは森へ入った。
木々の間は暗かった。
雪は深く、足を取られた。
シラリカが先を行き、父が後ろを守った。
私のほかに、二人の子どもと、腕を負傷した若い男がいた。
逃げられたのは、それだけだった。
追っ手の声が近づいた。

 和人の言葉。
 怒り。
 命令。
 探せ。
 逃がすな。
 子どももだ。

その声に、別の男の息が一度だけ詰まった。
佐吉だった。
斬りたくない。
そう聞こえた。
けれど、雪を踏む足音は止まらなかった。
私はその音を聞いてしまった。
胸の中で、包みがさらに重くなった。
若い男が倒れた。

「もう、歩けない」

シラリカが戻ろうとした。
父が止めた。

「時間がない」
「置いていけない」
「追いつかれる」

子どもたちが泣きはじめた。
泣き声は雪の中で小さく、けれど鋭かった。
追っ手に聞こえる。
私はそう思った。
声を止めなければ。
でも、泣くなと言えば、余計に泣く。
私は、祖母の声を思い出した。
火が、少し食べてくれる。
でも、ここに火はない。
火がないなら、思い出せ。
母が持たせてくれた袋。
祖母が削った木片。
火を思い出すためのもの。
私は首から下げた袋を握った。
そして、歌い出した。
声は震えた。
喉は冷たく、痛かった。
でも、私は歌った。
火のそばで祖母が低く置いた、短い歌だった。
最初、誰も反応しなかった。
追っ手の声が近づく。
雪の中で足音が増える。
父が刃を構えた。
私は歌い続けた。
低く。
短く。
息を合わせるように。
シラリカが声を重ねた。
次に、泣いていた子どもがしゃくりあげながら同じ拍を取った。
若い男が、雪の上で歯を食いしばりながら息を合わせた。

 歌は、敵を倒さなかった。
 風を呼んだわけでもない。
 木を動かしたわけでもない。
 雪を深くしたわけでもない。

でも、ばらばらだった呼吸が、ひとつになった。
泣き声が歌に混じり、足音が拍に変わった。
若い男がもう一度立ち上がった。
子どもたちが互いの手を握った。
シラリカが道を指した。

「川へ」

父が言った。

「凍っている」
「だから渡れる」
「割れたら」
「ここにいれば斬られる」

私たちは川へ向かった。
冬の川は、白く眠っているように見えた。
けれど、その下で水が流れているのを私は知っていた。
春に名を教わった川とは別の川。
でも、川は川だ。
道であり、声であり、カムイの通る場所。
私は川の名を知らなかった。
知らない川を渡るのが怖かった。
するとシラリカが、息を切らしながら言った。

「名を知らぬなら、許しを乞え」

私はうなずいた。
川の前で、ほんの一瞬立ち止まった。

「名を知らずに渡ります。奪いに来たのではありません。少しだけ、道を貸してください」

声は小さかった。
でも、言った。
父が先に乗った。
氷が鳴った。
全員が息を止めた。
父が一歩進む。
また氷が鳴る。
追っ手の声が森の端に来た。

「早く!」

シラリカが子どもを押した。
私は包みを胸に抱き、氷の上へ足を置いた。
冷たさが足から胸へ上がった。
氷の下で、水が動いていた。
見えないけれど、確かに流れている。
私たちは一列になって渡った。

 歌を続けた。
 声を小さく。
 息を合わせて。
 足を合わせて。

途中で、若い男がよろけた。
氷が大きく鳴った。
子どもが叫びかけた。
私は歌を強くした。
泣くな、ではない。
歌え。

その声に、子どもが必死に口を動かした。
音にならなくてもよかった。
息が合えば、それでよかった。
あと少し。
あと少し。
岸へ着いた瞬間、背後で氷が割れた。
追っ手のひとりが踏み込んだのだ。
大きな音がして、水が黒く口を開けた。
叫び声が上がった。
和人たちが足を止めた。
私は振り返りそうになった。
その声の中に、佐吉の息がある気がしたからだ。
でも、シラリカが私の肩を押した。

「行け」

私たちは森の奥へ進んだ。
どれほど歩いたのか分からない。
夜は長く、雪は深く、足は感覚を失った。
父の息がだんだん荒くなっていた。
肩の傷が深い。
それでも父は、最後尾を歩いた。

やがて、小さな岩陰にたどり着いた。
風を少しだけ避けられる場所だった。
シラリカが雪を払い、子どもたちを座らせた。
若い男は倒れるように横になった。
父も膝をついた。

「父」

私は駆け寄った。

「大丈夫だ」

大丈夫ではない声だった。
私は包みを取り出した。
シャクシャインが託したもの。
布は酒と煙と血の匂いがした。

「開けるな」

父が言った。

「どうして」
「まだだ」

シラリカも言った。

「火の前で開けるものだ」
「ここには火がない」
「なら、火のある場所まで運ぶ」

運ぶ。
その言葉が、胸に刺さった。
私は包みを抱えた。
父が、雪の上に座り込んだまま私を見ていた。

「おまえは、見たな」

私はうなずいた。

「聞いたな」

うなずいた。

「なら、忘れるな」
「忘れられない」

父は少しだけ息を吐いた。

「憎しみだけにするな」

私は顔を上げた。

「でも」

私の声は震えた。

「どうやって」

父はすぐには答えなかった。
シラリカが、岩陰の外を見ていた。
空が少しだけ白みはじめていた。
夜が終わろうとしていた。
けれど、私には終わりに思えなかった。
何かが始まってしまったのだと思った。
父はゆっくり言った。

「笑いながら嘘をついた声も覚えろ。刃を抜いた音も覚えろ」

雪が父の髪に降っていた。

「だが、聞いたなら、怖がっていた息も捨てるな」

私は、森の向こうの足音を思い出した。
佐吉の息。
斬りたくないと聞こえた息。
それでも止まらなかった足音。

「あの人は、止まりませんでした」

父はうなずいた。

「なら、そのことも覚えろ」
「許すのですか」
「違う」

父の声は、かすれていた。
それでも、はっきりしていた。
私は泣きそうになった。

いい人だったことにしてはいけない。
ただの鬼だったことにしてもいけない。
聞いたままを、持たなければならない。

重すぎる。
そう思った。
父は続けた。

「春を覚えろ」

私は父を見た。

「川に杭が立った春を。川の名を教わった春を」

父は息を吸った。
苦しそうだった。

「夏を覚えろ」
「父」
「秋を覚えろ」

私は父の手を握った。
父の手は冷たかった。

「冬を覚えろ」

私は泣いていた。
いつから泣いていたのか分からなかった。
涙は頬で冷え、すぐに痛くなった。

「父も一緒に戻ろう」

父は、私の手を少しだけ握り返した。

「戻る。だが、おまえは先に行け」
「いや」
「運べ」
「いや」
「曲げるな」

また、その言葉だった。
私は、首を振った。

「重すぎる」

父は、少しだけ笑ったように見えた。

「重いと言えたな」

そう言って、目を閉じた。
眠ったのではなかった。
眠ったのだと、私は思いたかった。
火は、なかった。

シラリカが私の肩に手を置いた。

「行くよ」
「まだ」
「夜が明ける。追っ手がまた来る」
「父が」

シラリカの手に、力が入った。

「私は昔、運べなかった」

私は顔を上げた。

「声を、運べなかった。間に合わなかった」

雪が、彼女の白い髪に降っていた。

「だから、いま運べと言っている。おまえに同じ夜を持たせないために」

その声は、低かった。
怒っているのでも、急かしているのでもなかった。

「おまえの父は、声を逃がせと言った」

私は父の手を離せなかった。
シラリカは強く言った。

「シャクシャインも、同じことを言った」

その名で、私は動けなくなった。
シャクシャインの声がよみがえった。

私の命を運ぶな。
声を運べ。

私は父の手を、そっと雪の上に置いた。
そして、額を下げた。

「戻ります」

声に出して言った。

「火のあるところへ戻ります」

父は答えなかった。
でも、その口元が、少しだけ緩んだように見えた。

私たちは歩き出した。
朝の雪は青かった。
木々の影は長く、空はまだ重かった。
私は包みを胸に抱えていた。
その中に何があるのか、まだ知らない。
けれど、分かっていた。
これは、命ではない。
命より軽く、命より重いもの。
声だ。
私は歩きながら、冬の歌のかけらを胸の中で繰り返した。

 火。
 声。
 新しい年。
 物語。

火のあるところへ戻ったら、私は語る。
シャクシャインを救えなかった夜を。
父を置いてきた朝を。
佐吉の足音が止まらなかったことを。
それでも、声だけは雪の中から逃がしたことを。


雪は、まだ降っていた。
けれど、遠くで川の音がした。
冬の下を、春へ向かって流れる音だった。



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