短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(35) だいじなところをとんとんつー
エモーショナル怪人 エモ山 これまでのおはなし
「犬」が息をしていた。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
ときどき、口を閉じ、舌を湿らす。
舌が渇いちゃうから、今日からは口を閉じて鼻で息をすることにしようなどという回路は、「犬」にはない。
俺は「犬」の綱を握り芝生公園の公衆トイレ前に立っていた。
さっきまでは馬鹿のようにひたすら歩きまくっていた「犬」、
歩くことこそが人生、
犬生であると腹を決めたかのように歩き続けていた「犬」も、
今はおとなしく地面に腰を落としていた。
はっははっははずっとやっていた。
「犬」は口を閉じない。
だから、今ちょっと息を止めてみようかなとか、そういうことも、きっと考えたりはしないだろう。
俺は息を止めてみた。
公衆トイレから、においが漂ってくるからだ。
「犬」は俺よりも鼻がいいはずだから、もっとにおっているはずだけど、
はっははっはと平気でやっているのである。
吸い込んでいるのである。
吸って吐いているのである。
つまりこの状況を、「犬」は受け入れている。
そういうものだとしている。
そういうにおいのする場所だ、と把握している。
そして座っている。
公衆トイレの前で、臭いにおいをかぎながら、はっははっはと座っている。
そして見る。
ときどき「犬」は、よこめでちらりと俺を見た。
基本知らぬふりなのだが、ときおり「犬」の黒目の端に、白い三日月が出てくる。
それは「犬」が眼球を動かしたということで、黒目は俺に向く。
横目で「犬」が、俺を見る。
吠えるでもなく、尻尾をふさふさ振るでもなく。
「なんかいるなー」って感じで見る。
そして知らぬふりに戻る。
はっははっはとやりながら。
つまりその場において、「犬」にとって俺はにおいと同格だった。
なんかにおう。
なんかいる。
はっははっは。
それ以上はなかった。
俺は人間だから、待ってる間になにかをしなくちゃ、って気になる。
やっぱ女子トイレのほう見てたらだめだよねとか。
しかし男子トイレの方見るのもやだよね、とか。
じゃあ空見ようかなって思って見あげるけど空には青色しかない。
じゃあ周り見ようかなって頭動かして、どこかの親子が、ラケットのようなものでスポンジのようなボールを打ち合ってバドミントンのようなことをしているのをしばし眺めたり、
反対側を見て、しかしそっちには誰もいない。
裸の木が何本か立っており、そこはすかすかだった。
ところでお日様ってやつはあったかいね。
あったかく、するね。
俺は「犬」の毛むくじゃらの背中を見下ろした。
太陽光に照らされた毛むくじゃらは毛の一本一本がやけにクリアに見えた。
毛むくじゃらの中にも世界があるように見えた。
「犬」の背中は波打っていた。
俺は自分のアパートで、今ごろ今日もエモツイートを書いているエゴ山の、
キーボードの上で軽やかに、しぱしぱ動く指の、
あのなんとなくイヤミな感じを思い出した。
「犬」が息をする。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
あのイヤミさとは一体何だろう。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
俺は「犬」につながれて、公衆トイレの前に立っていた。
トイレから、俺の待つものが出てくるのを待っていた。
それはいつ出てくるかわからないし、
出てこないかもしれないし、
俺のために出てくるわけじゃないし、
俺がいなくたって出てくる。
けど俺は待つ。
遠い先に小さい点があって、その点と俺はつながって、
つながりが線になる。
俺は待つ。
俺の呼吸は「犬」の呼吸に近くなる。
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