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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(87) ジグザグスキャン・かくれんぼ

前回のエモ山👇


ああ、これはいいこれはなかなかいい。

俺はまずあいつを見ている。
俺が先に見つけている。

あ、

あいつも俺を見つけた。
あいつが俺を見つけた。
近づいてくる。
近づいてきてる。
ぎりぎりまで引き寄せて、
ぎりぎりまで引き寄せ、て、

さっとよける。

俺は逃げる全速力。
プールサイドの砂蹴散らされる。
俺の革靴。じょりっという。
ああ、これはいいこれはなかなかいいね。

「かたまらせるな!」

プールの向こう岸でお針子が、
走りながら俺に叫ぶ。

「かくされるな!」

お針子を、もわもわが追っかける。
文字が列になって、鳥の大群みたくなっていた。
しかし俺がむかし見た鳥の群れは先頭の一羽が引っぱって、リーダーの一羽が始点となりそこから等間隔に頭数を増やし、横移動する三角形を空につくっていた。
プール室で群れと化す、このもわもわした文字列は、鳥の群れとはそこが違かった。
これは蜂の群れに近いかも。
いやこれはまさに蜂の群れ。
群れを構成するそれ自体が全部、個別にざわざわざわざわと気ぜわしく、それでいて、かたまりになっている。

うけとってう うけとってう うけとってう
うけ     うけ       うけ
うけ     うけ       うけ
うけ うけう うけとって    うけ
うけ  うけ うけ       うけ
うけ  うけ うけ       うけ
うけとってう うけとってう   うけ

こっちからは見える。
もわもわの文字列はかたちになる。
あいつには、きっとこれ、見えてない。

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お針子が、けつまずき、すっ転んだ。
薄っぺらい腹が床に落ち、その反動で、てんでばらばらに舞い上がる、か細い手足。
俺は一瞬、お針子が、壊れたかと思ったけど、
お針子の身体は、不思議な柔軟性でもってボールみたく弾んだ。
そして手足を縮めると、砂の上を、そのまんまのかたちでしゅるしゅる滑っていく。

けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!

お針子が滑っていく先に、俺は走り出していた。
丸いプールは横切れない。外周をたどり、途中に落ちていたタモをがしっと拾い上げ、
構え、

けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!


滑っていくお針子がプールに落ちる寸前、
俺はタモにてその身体、すくい上げ、
いつもの癖で、

しぱぴんっ。

投げていた。

プールの上空に、高く投げ出されるお針子。

「Foooooorrrrrre!」


叫んだが、聞こえているだろうか。

けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!

笑い声が、遠のいていった。

取り残されたもわもわ。
それは行先をうしない、土砂降りの雹のように俺の頭、肩を打ち、
俺は幾多の小さなげんこつに殴られ、
お叱りを受けているようでもあったが、

俺を殴りながら同時にこいつらは、気づいていた。
俺の声の意味を読み取り、
動きを止め、
いっせいに、きろり振り向いた。
こいつら、お針子を「見て」いた。

俺の頭の上空で、もわもわは、うなりをあげ方向転換、飛び去っていくお針子めがけ、われ先にと一直線。
獲物に食らいついていくスピードは、ボールを追いかける犬以上。
はしゃぎっぷりも、犬以上。
俺に見えたのは、ヘアピンカーブみたいな、薄紫の筋。

やさしさやさしさやさしさやさしさ
 やさしさやさしさやさしさやさしさやさしさやさしさやさしさ
   やさしさやさしさやさしさやさしさやさしさやさしさやさしさしさや   
  さしさやさしやさしさやさしさやさしさや
さしさやさしさしさやさしさやさしさやさしさやさしさやさしさ
 やさしさやさしさやさしさ
        やさしさやさしさ
             やさしさ

宙を舞うお針子が、もわもわに飲み込まれ、その姿は一瞬で、かき消えた。

「ごめーーーーーん!」

叫んでから俺も追いかけるが、 俺はプールの外周、元来た道を戻るほか、方法がない。 しかも普段の運動不足がたたり、すでに息は切れかかっており、
その上に、 「ごめーーーーーん!」 などと叫んでしまったため、
絶え絶えである。

よろめく足で対岸にたどり着いた俺が見たのは、
もわもわの、巨大なかたまり。
それは文字列のくんずほぐれつ。
ことばの。
いや、俺には読み取れぬ、文字のかたまりと化していた。

              きづき
          まなび    ごえんなび    ごえん
       なび    ごえんなび    ごえん
     ささやかなしあわせ    きづきなしあわせ    きづき
   やさしさのわ  まなび  ごえん やさしさのわ 
 ばとんをつなぐ    かんしゃ    よりそい やさしさのわ 
   ささやかなしあわせ  やさしさのわ ばとんをつなぐ
     きづき  ばとんをつなぐ  かんしゃ 
       まなび    ごえんときずな ぜんのこころ 
         かんしゃときずな しあわせと 
              ばとんをつなぐ


不吉。

「お針子おおおおお!」

俺は飛び込んでいた。
いっさい意味を読み取れぬ、
なにを言っているかわからない、ことばの只中に、

「エモ山ぁぁぁぁぁ」

かすかに聞こえた声は、文字列のうす紫色の霧から。
どこかにいるはずのお針子は、かたまりの巨大さに比し、あまりにも小さい。

「お針子おおおおお!」

俺はタモでめちゃくちゃにかきまわす。
が、霧というものは、砂とは違う。
掴むことはできない。
どれだけ掻いても、そこには細い筋すらできない。

やさしいこっちみろ おれをみろ しあわせ いいひと わたしはいいひと
よりそい やさしさ かんしゃしろ おれいをいえ   やさしさやさしさ
  ささやかなしあわせ  ささやかなしあわせ  ささやかなしあわせ
ささやかな しあわせ いいひと わたしはいいひと   やさしさやさしさやさしさのわ かんしゃしろ しあわせ いいひと わたしはいいひと   
やさしやさしいやさしやさしいやさしいやしいやさしいやしいやさしいやさしいいいひと


不吉。


意味がわからないにも関わらず、

俺は、
苦しくなってきた。

息ができなくなってきた。

霧は濃さを増し、雲になっていた。
雲は稲妻を作り出し、俺の髪を逆立て、まくり上げた袖を、スラックスを、体毛で、内側からぞわっと持ち上げた。

それがふいに来たもので、俺は体のバランスを崩し、
膝はやわらかく曲がり、
くにゃり。
その瞬間、身体が浮き上がり、なにかがずっぽりと、抜けたようになって、

寄る辺求めて俺があらぬ先に腕を伸ばしたら、

「かたまらせるな!」

小さな声が聞こえた。

俺の手の甲が、固い床にあたった。
俺が見つけたというよりは、床が俺を見つけ、
俺は床に手をついて、両脚を、感覚で、引きずり出す。

「かくされるな! かくさせるな!」

お針子の声だ。

薄紫の雲の、一番色が濃くなっているところに、俺は腕を突っ込んだ。
指先に触れたのは、ざらざらした粒。
手のひらに貼りつく、砂の粒。
もうそれしかなくて、
ざんばらか、ざんばらか、
俺はあてずっぽう両手を動かして、砂をかき集めた。

砂の山ができると、そこだけ霧が薄まって、
俺はそこにほの見えた、細いものをひっつかむ。
お針子が、こっちに伸ばしていた、きしめんみたいな腕だった。

俺はお針子を引っぱり出し、

「砂だ!」

お針子に告げると、お針子を小脇に抱えた。
床に散らばった砂を、手でかき集めた。
砂の山を作り、俺にしがみついていたお針子を引きはがし、
その両脚を、つっこんだ。
そして俺は服を脱ぎ、

「砂だ!」

床の上を転げ回った。

*** 

砂まみれの俺たちが、そのあと、
プールサイドのタイルの床に、それぞれ転がって、ぼけーっと見てたのは、
もわもわの文字列の雲が霧にかわり、そして、
渦を巻く丸いプールの水流に、引きずり込まれていくところだった。

俺には見えてたけどお針子にはどうだろう。
プールの渦から手が伸びて、
もわもわを、引っぱり込んでいたんだけど、
あれはたぶんプールの中に住む『感電びりびり』。
俺はもうくたびれちゃって、そんなことはどうでもよかった。

騎士やら魔法使いは「いない」。
『感電びりびり』は、「いる」。
俺にわかるのは、それだけ。

砂まみれの身体が、
床に貼りついたみたいだった。

「かくされなかった」
俺の隣で、薄い体を床に横たえたお針子が、ぽつり言う。
「あたいたちの勝ちだ」

「そうなんだけどさ」

「今日は勝ったぞ」
お針子は俺の声をさえぎる。

そうは言っても、俺は身体が動かせない。
なぜだろう。

床にごろりとあおむけになって、
プール室の白い壁を、まぶしく眺めた。
かつての2階部分に、塞がれた扉の跡が見える。
それはどこにもつながらない扉。壁に貼りついた出入口。
俺はそのとき、自分がその扉跡と同じようなものに思えていた。


身体がうまく動かないのは、
きっと砂のせいだ。

塞がれた扉の跡の、そのさらに上階にある、アーカイブセンターのことを思い出せば、
それは白い場所でしかなく、
その白とは、
そこに残すべきものが果たしてあるのかっていう、疑問のハレーションに見えてくる。

俺が、
あのもわもわの、薄紫色の、
文字列の怪物みたいなものと、
どうやって闘うのが本来は最良だったか、思い直し、考えなおそうとしてみても、
記憶は夢のように、おぼつかない。

「なあお針子よ」
扉の跡を眺めながら、俺は尋ねた。
「俺たちに、明日は来るのか」

「ふふふふふ」
お針子は、笑うだけで答えない。
「あたいはかくされなかった」

自分の声が、露光過多。遠く聞こえたように思い、

「ふふふふふふふふふ」
お針子だけが、やけにうれしげだった。

(続きはこちらです)




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