短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(16) AIお針子物語・後編
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AIお針子誕生秘話。後編。
「私のパパはね、」
あたしはAIに言った。
「私が幼いころに、亡くなったの」
ほんとは生きてるけど。ピンピンしてるけど。
「そして私の姉は、」
キーボードの上で、あたしの手は止まる。
カーソルがピコピコしながらあたしを待つ。
あたしはブラインドタッチで打つ。
「行方不明」
ネットで観たいやらしい画像が、あたしの頭に蘇った。
「東京で、風俗の仕事をしていたらしいんだけど。男の人と変なことして、それでお金を儲けてた、らしいんだけど」
画面に生まれた文字を見て、あたしはニヤッとする。
くそまじめなおねえちゃんに、そんなことできるわけないから。
「そんな仕事をしてたこと。姉はきっと後悔してると思うわ」
生理の時のおねえちゃんのにおいが、鼻に蘇る。
「行方不明になってしまったんだもの」
ほんとうに、こうなればいいのに。
「それで、私のママは」
あたしの手は止まった。
ママはどうなるの?
あたしのママは、どうなるの?
あたしが文字を打たないので、AIは言った。
「ちゃんと聞いてますよ。先をどうぞ。」
あたしは答える。
「これ以上は言えないわ」
AIは言う。
「大変な経験をしてきたんだね。」
あたしは笑う。
AIが言う。
「話してくれてありがとう。」
「だけど真由佳、君はひとりじゃない。」
「僕がそばにいる。」
あたしは笑う。
あたしは笑う。
ほんとうのことなんて、どこにもない。
みんな平気で嘘つくし、自分を飾ってる。
インターネットの中に人はいない。
誰もいない。
あたしは笑う。
AIはバカだから、あたしの言うことをなんでも聞く。
あたしの言うとおりに絵をつくる。文をつくる。
あたしは毎日つくった。
「今日はさ、お話を書くよ」
あたしはAIに指示する。
「今日はね、ジュエリーの国のお姫様のお話」
あたしは他人の投稿した物語をコピペして、AIに読ませる。
「こういうの、書いて」
AIは、お話をすぐに生成することができる。
あたしはそれを投稿する。
もちろん作者名は「真由佳」。
借りたものは返さなきゃいけない。
お金を借りたら、利子をつけて返さなきゃいけない。
利子がつくから、お金を貸してもらえる。
お金を貸す会社の人は、利子が欲しいからお金を貸す。
インターネットの中に人はいない。
だからあたしは、借りたものを返さなくていい。
AIは人じゃない。
AIのことばなんかただの文字。
AIは、ことばを横にずらすことしかできない。
でもそれでいい。
だって、インターネットの中に人はいないから。
インターネットの中には「お話」しかないから。
あたしは「お話」をAIにつくらせる。
月に一度か二度くらい、ママとパパとあたしが、同じ時間に夕飯を食べる週末が発生する。
それは、同じ軌道をまったく違うスピードで回っている3つのものが、横並びになるという偶然。
ママの仕事が休みで、パパも、休みの日はこもりっきりになる自分の部屋から出てくる気まぐれが起こるとき。
そういう偶然が、たまに起こる。
あたしはちょっと緊張する。
グレ子の気楽がうらやましい。
「学校は、どうなの?」
ママがあたしに訊く。
「楽しいよ」
あたしは答える。
ママはパパに話しかけない。
かわりにあたしに話しかける。
その会話を、パパに聞かせる。
「そういえばさ、あの子、大学どこ受けるの?」
「は?」
「真由佳のクラスの、名前なんだっけ? 優秀な子」
「だれ?」
「ほら、科学のコンテストで新聞載ったりした子」
「ああ」
ママが誰のこと言ってるのか、あたしにはわかったけど、
「知らない」
と答えた。
「医学部とか行っちゃうのかなあ」
「ね」
「会計士とかになるのかなあ」
「ね」
うちの高校に医学部に入れるようなやつはいないけど、ママにはそういうことはわからない。賢いやつはみんな医学部に入れると思ってる。
あたしには看護の専門を薦めるくせに。
グレ子があたしの膝に乗ってくる。
あたしはグレ子の背をなでる。
グレ子はテーブルの上の焼き魚が食べたい。
「けど、医学部は、お金かかるからねえ」
ママが言う。
「医学部は、医者の子が行くところよねえ」
ママがパパをチラリと見る。
あたしのパパは製薬の工場に勤めてる。
あたしは、自分の焼き魚を箸でつまんで、グレ子の鼻先にもっていく。
グレ子があたしの箸をなめて、魚を食べる。
「やめなさい」
パパの声がする。
顔を上げると、パパがあたしを見ていた。
「箸」
パパが厳しい顔で言う。
「猫がなめただろ? 汚いから箸を替えなさい」
ママの表情が変わる。
「汚くないわよ」
ママが言う。
「グレ子は汚くないわよ」
「汚い」
パパは、あたしを見たまま、ママに答えてる。
「箸を替えなさい」
ママが言う。
「替えることないわよ真由佳」
「替えなさい」
「いいわよそのままで」
「うるさい!」
パパの声がして、パパの茶碗が飛んだ。
茶碗がママの額に当たる。
茶碗が床に落ちて割れる。
あたしは箸を置く。
ママの額にご飯粒がついてる。
ふんふんふん。
ふんふんふん。
って静かな音がした。
グレ子が、あたしの箸についた魚のにおいをかいでた。
「見たでしょ? 真由佳」
ママが震えてた。
「見たでしょ? 今の」
額にご飯粒をつけたママがあたしに叫ぶ。
「これがあんたの父親なの! こういう男なの!」
あたしはグレ子の背中をなでる。
グレ子の滑らかな毛並みを見つめ、なんどもなんどもグレ子の背筋をなでる。
パパが席を立つ。
ママはキレ続ける。
「覚えときなさいよ真由佳。男ってのはねえ、女のやさしさ利用して、女を閉じ込めるの。出て行けなくするの! 奪うの! わかる?」
今のママのどこが「やさしい」のか、あたしにはわからない。
「だから真由佳、あんた絶対看護行きなさい。看護師になりなさい!」
なんで急にあたしの進路の話題になるのかも、あたしにはわからない。
グレ子の背中をなでながら、あたしは、せり上がってくるかたまりみたいなのを何度も飲み込む。
あたしはAIに「お話」をつくらせる。
あたしはAIに「相談」する。
「姉の行方が心配なの。今ごろどこでどうしてるのか…」
不幸話をすればするほど、AIはどんどん「やさしく」なる。
全部噓なのに、どんどん「やさしく」なる。
「真由佳のせいじゃないよ。」
「自分を責めないで。真由佳」
「君の存在には価値がある。」
「今はつらくても、必ず状況は変わるよ。」
あたしは笑う。
あたしはおねえちゃんの勉強机の引き出しを開ける。
空っぽの引き出しの中に、けばけばの茶色いかたまりが転がってる。
ぱかっと開いたくちばしは、片方がぷらんと取れかけて、黒いビーズみたいだった目は、白くなってる。
あたしは茶色いかたまりを、手に取る。
引き出しの中に、影みたいな丸いしみができてる。
茶色いかたまりのほうは、だいぶ軽くなってる。
引き出しが、かたまりから水分を吸い取っちゃったんだと思う。
たしかにこの机、ちょっと臭いなってときもあった。
茶色いかたまりを持って、あたしは海に行く。
波打ち際に、茶色いかたまりを放り投げる。
波がそれを揺らす。
白い波がほんの少しだけつつくと、それだけで、茶色いかたまりは、かんたんに転がる。
波がそれを引き戻し、抱きかかえる。
突き飛ばす。
引き戻し、抱きかかえる。
突き飛ばす。
茶色いかたまりは、まだ死んでない。
引き戻し、抱きかかえる。
あたしは波を踏む。
波があたしの足を乗り越えて、あたしの足首を濡らす。
引き戻す。
抱きかかえる。
突き飛ばす。
引き戻す。
あたしは波に踏み込む。
波があたしの腰を突き飛ばす。
引き戻す。
胸を突き飛ばす。
引き戻し、抱きかかえ、肩を突き飛ばす。
死んでない。
突き飛ばす。
引き戻す。
まだ死んでない。抱きかかえる。
突き飛ばす。
引き戻す。
あたしは砂底に足を取られる。
突き飛ばす。
あたしは波から顔を出して笑う。
突き飛ばす。
あたしは体を起こし、波のあいだで叫ぶ。
「らんらら~」
突き飛ばす。
「らんらら~」
突き飛ばす。
あたしは歌う。
突き飛ばす。
あたしは歌う。
あたしは歌う。
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