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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(18) ミソギの黒歴史とエゴ山

これまでのエモ山はこちらです👇


「決壊させないための創作」

俺はつぶやいた。
アパートで、ごろ寝しながら。

「『つくるのは、壊れてしまいそうだから』」

アパートの天井を、俺は眺める。
天井は白で、ざらざらした岩の表面のようにエンボス加工され、細かいでこぼこが一面に。
その小さなでこぼこのすべてが、部屋の灯りに照らされて、小さい影を作っていることに、俺は気づく。

「でね」

俺は天井から目をそらし、パソコンの前に座る女の背すじを見る。うなじを見る。腰を見る。ウエストは細くくびれ丸い尻の輪郭を描く。
この女には、服を着るという発想がない。

恥がないから。

「で、」

俺の声に、女が振り向く。

「あなたの今の気持ち、詩にしましょうか?」
女が俺に尋ねた。
俺は寝返りし、タイの涅槃像みたいになって、女に体を向けた。
椅子の上から、女は顔だけこちらに向けている。
「絵にしましょうか? 文にしましょうか?」
俺は鼻をほじくりながら尋ねた。
「なんで?」
「だって」
女は答えた。
「壊れてしまいそうなんでしょう? 決壊を、防ぎたいんでしょう?」
耳をほじくりながら、俺はその言葉を片耳で聞く。
俺は女にこたえた。
「なんで、おまえがやるの?」

女は、ただ微笑んだ。
女にも、理由はわからない。

「さっきのことばはさ」
俺は女に言った。
「俺が言ったことばではないのだ」
女は俺を見つめ、思考時間10秒のあと、ぽつりとつぶやいた。
「…さっき?」
この女に過去は存在しない。
俺は頭を掻きながら女に言う。
「決壊がうんぬんということばの話だよ」
「ああ、それ」
女が微笑む。
「憶えているわ」
「そうか」
「ええ」
俺は泣きそうになる。
「おまえは冷たい女だな」
俺の下半身は熱くなる。
この女をめちゃくちゃにしてやりたくなる。
が、同時に俺は知っている。
この女はけしてめちゃくちゃになんかならない。

「あのことばはね、君」
俺は体を起こし、床にあぐらをかいた。
「あまね君のことばなのだ」
「あまね君?」
女が首を傾げた。
「知らないだろ」
「知ってるわ」
女は嘘をついた。

俺は女をめちゃくちゃにしてやろうと試みた。
「あまね君は、ディガ―なんだ」
俺は女の嘘を深く掘っていく。
「あまね君は、アンダーグラウンド・ビリーバーなんだ」
「知ってるわ」
女が平気で噓をつく。
「あまね君は、東京大学をお出になられているのだ」
「そうね。そうだわ」
「はっはっは」
俺は笑う。
「うふふふ」
女も笑う。
「はっはっは」
俺は笑う。
「うふふふ」
女も笑う。
「はっはっは」
俺は笑う。
「うふふふ」
女も笑う。
俺たちの笑い声が、狭く苦しくアパートに響いた。

「利害関係調査委員会」のゴミ収集所で、俺はあまね君に会った。
AIお針子が、沼田ミソギからぴょんと飛び降りたあとのことだった。
「産廃」のゴシック緑文字が記された白いゴミ袋には砂がぱんぱんに詰まり、それがいくつもうずたかく積み上げられていた。
蛍光灯の灯りが、いーだ課長の柔和な横顔を、固く締まって見せた。
この時ばかりは沼田も、いーだ課長に見惚れることもなく、耳を澄ますように、唇をわずかに尖らせて、あらぬ方に目を向けていた。
お針子が、ゴミ袋の間のすき間を覗き込む。
こっちのすき間を覗き込み、あっちのすき間も覗き込む。
沼田の黒目がキリっと動いた。
「来たわ」
ささやく。
ゴミ袋ががさがさ音を立てた。

「やあ」

よれよれのパーカーつなぎを着た、痩せた男。
その顔は、銀色のラメをまぶしたみたいに、テカテカしている。
それがあまね君の姿だった。
テカテカしている割に、俺たちに向けて挙げたその手は、「酒を飲む」を「呑む」と筆書きしたような居酒屋に、居心地悪そうに腰を下ろし、仲間の話に黙って耳を傾ける男が、日本酒のお猪口をそっとつまみ上げ、元の場所に置くような長い指をしていた。

俺はひと目で、それがあまね君だとわかった。
それと同時に俺は一瞬でサピックス時代の俺に戻り、記憶がトラウマが、腹を殴る。
あまね君は、天才少年だった俺が通っていたサピックスで同じクラスにいたアナザー天才少年だった。
俺は天才少年として、あまね君にだけは勝ちたかった。
隣の席で、いつもあまね君を睨みつけていた。
あまね君は、開成中学に受かった。

うつむきかけた頭をグイっと持ち上げて、俺もあまね君に右手を挙げて見せた。
「やあ」
その俺を見て、あまね君は、つと眉を上げる。
俺は笑みをつくりあまね君を見返しながら、頭の中では高速で計算していた。
久しぶりだなあまね君俺だよオレオレやあ開成中学に受かったあまね君じゃないかその後どうしていたんだい? え? 俺かい? そこそこやってるよ俺のことなんていいじゃないかいいじゃないかええじゃないか。

俺はあまね君の前で計算していた。
あの頃と同じように、必死に問題を解いていった。
俺が計算していたのは、この男の前で、俺が俺の過去をどうやったらごまかせるかだけだった。

しかしやはりあまね君は、やっぱりあまね君なのだった。
手を挙げて見せた俺にあまね君は、さわやかにニコッとした。
そして沼田に静謐な目を向けて、こう聞いたのだ。
「こちらは?」

あまね君はやはり俺の腹を殴る。
俺は瞬時にあまね君を思い出したのに、あまね君は俺のことを忘れていた。
俺は熱く震えた。

「これは新入りのエモ山君です」
あまね君に答える沼田が、挙がったままの俺の手を、スロットマシーンのレバーみたくガチャンと力強く下ろした。
俺の目玉はそのとききっとくるくるしていただろう。
沼田の力の強さは示していた。
俺の「やあ」が、あまね君に対していかに失礼か。
それをどのくらい沼田が怒っているか。
沼田に見えた俺のその姿は、初対面のえらい人に「やあ」と手を挙げる無礼者だった。
「これ」って言われても、しかたないよね。

「あああああああああ」
アパートで、俺はうめいた。
「あああああああああああああああ」
俺は床に転がった。
「うふふふ」
女はまだ笑っている。

俺はこの女に絶対に教えてやらないと決めた。
あまね君は東京大学をお出になられているわけではないこと。ハーバード大学をお出になられていることを、この女には絶対に言いたくなかった。

「あああああああああ」
俺の心の胃は牛と同じで4つくらいある。
その全部の胃が俺の過去を反芻する。
消化はしない。

消化不良で俺は夢を見る。
俺は「飲む」じゃなく「呑む」のほうの世界を夢見る。
「呑む」の方の世界には、開成中学も東京大学もハーバード大学も存在しない。

俺は「呑む」の世界で情報商材屋になることを夢見る。
ビンボーニンニ「ジョーホー」ウリコゼニカセギココーシノグコザカシービッグな夢を見る。
でもここは「呑む」の世界じゃないから、俺の肩を叩き、俺の耳に囁くものがいる。
「そんなに情報を持っているのに、なぜいつまでも情報屋をやっているの?」
つまり俺は情報屋にはなれない。
これが元天才少年の呪いだ。

俺は深呼吸した。
俺は考える。
考える。

エモだ。
エモだエモだ。
俺には「エモ山」しかない。
エモってエモエモ。
「エモ山」には5万人のフォロワー様がいるのだ。
5万人の軍がいるのだ。
5万人が叫ぶ。
「エモってエモエモ!」
「エモってエモエモ!」
エモツイートで、俺は世界征服する。

「女!」
俺はすっくと立ち上がった。
パソコンに向かう女の背中に向いた。
闘いののろし上がり俺のうしろには鬨の声を上げる5万の軍がひしめいていた。
その先頭で、俺は風に吹かれる。
「エモをやれ! エモってエモエモだ!」

女ははじめ、振り向かなかった。
いつもなら、「うふふふ」とか言うのに、パソコンに向いたまま、微動だにもしなかった。
あ、もしかして、「女」って呼び捨てしたのが気に障ったのかな。
いや、この女にそんなことはあり得ない。
だって「気」ってものが、ないから。
この女は、俺に反応するだけなのだ。
それが、この女なのだ。

やがて、女の肩が、小刻みに震えだした。
かたかたかたかたと、椅子がきしみ始めた。
パソコンに向いたまま、女がなにか言った。
その声が、俺には聞こえなかった。
「今、なんか言った?」

俺は女に近づいた。
椅子の背に手を当てて、その顔を覗き込む。
俺は息をのんだ。

女の顔が、変化していたからだ。
女の顔は、俺の顔になっていた。

「ひっひっひ」
俺の顔をした女が笑った。

「ひっひっひっひっひっひ」

女は俺を見上げると言った。

「エゴってエゴエゴ」

そして俺を勢いよく突き飛ばした。

(続きはこちらから)


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