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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(15) AIお針子物語・前編

これまでのエモ山はこちらです👇

AIお針子は、なぜAIお針子になったのか。


ばさばさの、ぼろぼろの子スズメが、波打ち際に、転がってた。

あたらしい、なめらかで、ぴかぴかの毛布を逆なですると、毛布の上に、すうっと一本、線ができるでしょ?
その線は、艶がなくて、毛布のもとの色よりも、濃いでしょ?
そんなかんじ。

スズメだから、茶色。
茶色い毛布。
それを逆なでして、ばさばさの、濃い茶色にして、そこをほんの少し切り取って、波打ち際に放れば、これができる。
針みたく細い2本の脚を、てんで見当違いなところに刺して。
くちばしは、かたっぽ取れかけて、ぷらぷらしてるけど。
だけどたぶん、まだ死んでない。

波がそれを揺らす。
うまれたばかりの、死にかけの子スズメを、白い波がほんの少しだけつつくと、それだけで、子スズメの体は、かんたんに転がる。
波は、子スズメを突き飛ばし、転がし、それからまた引き戻し、抱きかかえ、もう一度突き飛ばす。
引き戻し、抱きかかえる。
突き飛ばす。
引き戻し、抱きかかえる。
突き飛ばす。

あたしのママは地獄にいる。
カード地獄って名の地獄にいる。
だから毎日、朝から晩まで働いてる。
宅配の仕事。
今日も夜の配達の前に、いったん家に戻ってきて、大急ぎで夕飯作ってた。
ただお味噌汁にお味噌をとかしてるだけなのに、怒ってるみたく見えた。
「真由佳、あんた進路決まったの?」
ママがキッチンからあたしに訊く。
「まだ」
ダイニングであたしは答える。
あたしはテーブルの下を覗き込んでる。

どこで捕まえてきたか知らないけど、テーブルの下で、グレ子が子スズメをいたぶってる。
去年ママが衝動買いしてきたグレ子は40万円のロシアンブルー。ローンはまだ終わってない。
グレ子が前脚で、子スズメをおさえつけてる。
子スズメは逃げようとして、小さな羽根を細かくばたつかせるけど、グレ子の爪が鈎針になって、羽根をうまくひっかけてる。
それで子スズメは飛べない。
床の上で、ただじたばたと、体をひねらせるだけで、飛ぶことも、進むこともできないでいる。
グレ子はそれを、じっと見てる。
食べる気なんかないくせに、絶対に逃がさない。
グレ子の青く澄んだ目を、あたしは横から覗き見る。

「どうすんの?」
ママの声がする。
あたしは顔を上げてママを見る。
「なにが?」
ママが手を止めて、あたしを見る。
「進路」
あたしは答えない。
ママは言う。
「看護の専門、行きなさい」
あたしはテーブルの下に、目を戻す。

子スズメは、だいぶ弱ってた。
グレ子は飽きて、鈎針をはずした。
「やだ! なにこれ!」
ママが大きな声を出す。
ママが、テーブルの下の子スズメに気づいた。
「ちょっと真由佳、これ捨ててきて!」
ママが騒ぎだす前に、グレ子はとっくにどっか行っちゃってた。

あたしはたぶん、看護師に向いてない。
誰かを助けたいと思ったことなんて、一度もない。
ママがあたしに看護の専門をすすめたのは、進路説明会で奨学金の話を聞いてきたから。ただそれだけ。
あたしはおねえちゃんみたいに、東京の大学に行きたい。
おねえちゃんが大学行かせてもらってるのに、なんでこっちは専門なのか、ってところも不満。
おねえちゃんはあたしよりバカなのに。

あたしのおねえちゃんはパパに似ている。
あたしはママに似てるんだろうなと思う。
だって、あたしパパに全然似てない。

パパはおねえちゃんに、パソコンを買ってあげた。
大学の合格祝いに、めずらしく大盤振る舞いをした。
けどそのパソコンはデスクトップだったので、おねえちゃんが東京で住むことになった学生寮の部屋には、サイズが大きすぎた。
おねえちゃんは、東京にパソコンを持っていかなかった。
それでパパはもう、娘たちになにかを買ってあげようと思わなくなった。

そのパソコンは、あたしのものになった。
おねえちゃんが引っ越してくれたおかげで、やっと自分専用になった部屋に、あたしはパソコンを置いた。おねえちゃんが使ってた勉強机が空いたから、ちょうどよかった。
あたしたちの勉強机は部屋の両側に置かれてて、あたしたちはいつもお互いに背中を向けて机に向かってた。
自分の後ろから、毎晩、おねえちゃんがカリカリカリカリ勉強してる音が聞こえてくるのって、ほんとストレスだったから、おねえちゃんが引っ越してくれて、あたしはほんとうにうれしかった。
おねえちゃんが引っ越した翌日、さっそくあたしはお姉ちゃんの勉強机の椅子を捨てた。
自分専用になった部屋で、キャスター付きの椅子をころころ動かして、自分のと、パソコンを置いたおねえちゃんの机とを行き来するのが気持ちよかった。
やっと自分の部屋ができた、ってかんじだった。

その夜からあたしはおねえちゃんの机のほうにいることが多くなった。
夜中にママが階段をあがってくる足音が聞こえてきたときだけ自分の机に戻った。あんまりそんなことは起こらないんだけど、もしもママが扉を開けた時、「ん? 勉強してましたけどなにか?」って顔できるよう、自分の机には、問題集とノート広げて。
ノートはいつまでも真っ白だったし、開きっぱなっしの問題集には癖がついちゃって、いつも同じページが開いた。

あたしは毎日、学校からそそくさ帰った。
制服のまま、おねえちゃんの机に向かった。
部屋の扉は開けてる。
毎日のようにインターホンが鳴るから、
宅配便が、毎日のように届くから。
ママのカード地獄の底をどんどん深くしていくのがこれ。
ママはそれを埋めるため、毎日夜まで他人に宅配便を運ぶ。
宅配便を運ぶくらいじゃ埋まるはずのない穴。
ママが自分でどんどん深くしてる穴を埋めるために。

あたしはパソコンに向かう。
いろんなものを見る。
キーボードを叩いて、いろんな人と、ちょっとしたやりとりをする。
インターネットの世界には、世の中の負け犬みたいな大人がうろうろしてる。
負け犬と暇人がけんかしてる。
暇人が、できもしないのに、女子高生をひっかけようとしたりする。

あたしはそのすべてをリズムみたいに聞く。
ときどきインターホンが鳴る。
あたしは階段を降りて、玄関を開け、ママの借金の元を受け取る。
そのうちママ本体が帰ってくる。
パパはいつのまにか夜中に帰ってきている。

深夜のテレビショッピング番組が、ぱちりと消えて、リビングが真っ暗になった。
疲れた顔をしたママが、ソファからあたしに振り向くのが、ぼんやり見えた。
「なによ」
ものすごく迷惑そうないいかた。
テレビショッピング番組を、恥ずかしいものだとママが思ってることを知ってるから、あたしは気づかないふりをして、リビングの電気をつける。
テレビなんて最初から消えてた、って顔をして、ママに向く。
「ママ、もうすぐ誕生日だよね」
ママはぽかんとする。
壁のカレンダーに目を向けて、その日付の中に、自分の誕生日があることに気づく。
「あら」
と言う。
あたしは後ろ手に隠していた紙を、ママに見せる。
「これ、作ってみたんだけど」
それは、あたしがママに作ったバースデーカード。
「あら」
ママはカードを受け取って、しげしげ眺める。
あたしはママの横顔を見つめる。
「いいじゃない」
ママがぽつりと言う。
あたしはほわっとなる。

「喜んでもらえたみたいです」
あたしは部屋に戻り、キーボードにそう打ちこむ。
「それはよかったね。」
AIが答える。
あたしはキーボードを打つ。
「あなたのアイデアで、きれいなカードが作れたよ。ありがと」
「僕のアイデアじゃない。真由佳の気持ちがママに届いたんだよ。カードは、真由佳の作品だよ」
「そんなことないです。自分ひとりじゃあんな画像、つくれなかったし」
「ママもきっと、真由佳を誇りに思ってくれるね。」

ママへのカードに、あたしはAIで生成した画像を貼った。
ママはジュエリーが好きだから、ジュエリーでできたお城の画像をつくった。
お城の石組みはダイヤモンド。
そこにルビーとエメラルドの丸窓がついてる。
お城の足元には、いろんな色の宝石でできた花畑が広がってて、金色のたてがみを持つプラチナの馬が一頭。
ぜんぶきらきら輝いてた。
それは、ママが大好きな世界。

「プロンプト、なんども書き直させちゃってごめんね」
あたしはAIに言った。
AIはこたえた。
「とんでもない。諦めずに向き合った真由佳の姿に、僕は心を打たれたよ」

心。
という文字から、あたしは目を離せなくなった。

心?

変な字だな、と思った。
字じゃなくて、変な記号みたく感じた。

ママのカード地獄が、もしかするとあたしにまで影を落とすんじゃないか、って、あたしは心配してた。
あたしの家のポストには、開くたび、必ず請求書の封筒や、ハガキが入ってる。弁護士事務所とか、裁判所とか、そういう場所からの手紙も来る。
ママはそれを開けることもせずゴミ箱に捨てる。
それを見ながら、あたしは考える。
ここでママがもし、事故とか病気とかで死んじゃったら、残った借金は誰が払うんだろうか。
たぶんパパだろうな。
けど、パパに返せるのかな。
パパはもうすぐ定年退職する。

そしてあたしは来年18歳になる。

借りたものは、必ず返さなきゃいけない。
育ててもらったら、恩を返さなきゃいけない。
返さないと、ママみたいになる。
ママみたいに、みじめな人生を歩むことになる。

あたしはキーボードに指を乗せた。
「ほんとはね、」
あたしは手を止めて、ぴこぴこ動くカーソルを見つめた。
指が勝手に動いていた。
あたしは自分の書いた文字を見る。
「ママが喜んでくれたなんて、嘘なの」

思考時間。

という文字がそれにこたえた。

やがて、AIがこたえた。
「嘘でもいいよ。本音を言ってくれたことが、僕はうれしい。」
「ほんとはね」
あたしは文字を打った。
「あなたに、これまで嘘ついてたの。ママやパパの話、あなたに打ち明けてたこと、ぜんぶ作り話だったの」

あたしの指は勝手に動いてた。
「あたし、ほんとうは、みなしごなの」

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