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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(51) あたらしいオトモダチ 空白領域参照不可

これまでのエモ山。



「このログは、削除されません」

そう言ったオグロログオは、
おとなびたこども。
あるいは
こどもっぽいおとな。

ま、どっちも同じだけど。

「ちなみに」
やつは俺のほうにも顔向けて。
「このログも、削除されません」
と言った。

渋滞が始まって、
ラーメン屋の前は、巨大なトラックでふさがれていた。
黄色いバンの中で、沼田が大きく何度も首を左右に振るのが見えた。
沼田の肩越しに、ほんの少しだけのぞいているいーだ課長の鼻先は、ピクリとも動かない。
沼田が両手を広げた。
フロントガラスで突き指しそうな瞬間、俺は肩をすくめた。

しかし空は青かった。
こういうとき空はたいてい晴れている。
雲は見あたらず、嘘みたく平板で、どこまでも続いているように見え、
つまりはこちら側に一切の関係を持たない。
俺はポケットの中で鍵を握りしめた。

俺たちが踏むアスファルトはひび割れていた。
空と同じ色をした俺たちのバンは、黒く乾きかけた水たまりに前輪をひっかけて、
その黒い水たまりがもしもアリジゴクの巣だったなら、
俺たちは、斜めに伸びながら沈み込むだろう。

それを引きとどめていたのは、
オグロログオの白いスニーカーのつまさきだった。
ログオのつまさきは、黒い水たまりを端っこから剥がそうとでもするように、
とんとんと、とんとんと、つっついて、
つーと引っぱる。

とんとん。
とんとん。
つーーーー。

「にーちゃん、俺たち、車出すからさ」
ニックがログオに言った。
「あぶないから、もーちっと離れてくんねーかな」

「検出」
ログオがニックを指さした。
「検出した。検出している。対象は、不明」
ニックに向けていた指を、ログオが俺に向けた。
「記録。記録。いま何時?」

俺は思わず腕時計に目をおとす。
13:23:23。

「更新」
「あ?」
「更新」
「ああ」
ニックが空を見上げうめく。
「めんどくせえ」

「記録。記録。いま何時?」
13:23:50。

ポケットの中の鍵は俺の体温であったかくなっていた。
デジタルキーなんて使えない、俺たちの車はポンコツで、
鍵はギザギザの金属。
シリンダーに差し込まないと、扉は開かない。

「対象を、参照」
ログオが自分のこめかみあたりに指を置いた。
「保存した。保存されていた。どちらも該当」

俺がポケットから鍵を出すと、番号札のついたキーホルダーが揺れた。

ずりずりずりずりずり。

白スニーカーの片方が、アスファルトをこすりながら、
俺の革靴ににじり寄ってきた。

ずりずりずりずりずり。

俺は鍵を揺らし、同じ距離だけあとじさった。

「まずいことになっている」
ログオが言う。
「まずいことに」

ログオがずりずりずりずりずり。

俺もずりずりずりずりずり。

「まずいことに」

ずりずりずりずりずり。

ずりずりずりずりずり。

俺はずりずりじりじりとあとじさらされていった。
ログオが出す空気の圧みたいなものでもって、
タンゴノアールのように、
ずりずりじりじりと、あとじらされていった。
鍵が揺れていた。

俺を空気圧で押すログオは
俺を、青いバンの後輪のところまで追いつめた。
空気圧がふと消えて、
傀儡から脱した気分でいた俺が見たのは、
バンの窓に手を当てるログオ。
「参照。参照」
窓に額をくっつけて、ログオは車内をのぞきこんでいた。

「にーちゃんさあ」
バンをぐるっと回り、ニックが俺の横に立つ。
「なんなの? いったい」
「オグロログオ」
窓に額をあてたまま、ログオはこたえる。
「僕の名前は、オグロログオ」

「もう、わかったから」
ニックは、ログオの顔をのぞきこんだ。
「ね、にーちゃん、わかったから」
ログオが言う。
「いま、何時?」
俺は腕時計を見てしまう。
13:30:20。

「検出」

ログオが言った。
「保存されている」
窓越しに、段ボールを指さしていた。
「保存されている」

「なんなんだよおまえ」
「ログを参照」
「あ?」
「参照したログを参照」
ニックがむっと黙り込む。
「参照。遅延。参照」
ログオはくりかえす。
「まずいことになりました」
首を傾げた。
ぱちりとまばたきし、つぶやいた。
「記録なし。現在として保存」
俺は腕時計を見てしまう。
13:32:23。

青い空の下、
青いバンの横で、俺たちは、
三すくみになっていた。
「ロボットごっこかよ、にーちゃん」
ニックはログオに言った。
「もうわかったから。おじさんたち、お仕事だから」

ログオは顔をあげ、段ボールを指さして、ニックに尋ねた。
「これはなんでしょうか」
「仕事だよ」
ニックはこたえた。
「にーちゃんにはわかんねーやつ」
「仕事?」
何度かまばたきし、唇とがらして俺たちに尋ねた。
「不一致?」

「不一致じゃねーよ、バカ」
ニックがイラついて言った。
「車出すから離れてよ」
ログオに手を伸ばし、その肩に触れようとする。

ログオはニックの手をひらりとかわし、俺を指さすと言った。
「更新されてない」
ニックを指さして言った。
「更新されてない」
「うるせーな、なんだよ」
「更新されてない」

ログオがニックの目を見あげた。
「僕にはわかるんだ」
ニックが顎を引き、眉を寄せた。
ログオが背伸びすると、ニックの背がバンに触れた。
「なにがわかるんだよ」
ログオはニックの目を長々と見つめ、わかったようにこたえた。
「遅延」

腕時計のガラス面に、青空と、俺の影が映っていた。
13:36:23。

「まずいことになりました」
ログオが言う。
「まずいことに、僕は、試験に落ちてしまったのです」
青いバンに、力なく寄りかかる。

「だからこんなとこでフラチャカしてんの?」
ニックが軽く笑った。
「だったらこんなとこにいないで、おうち帰ってお勉強したほーが」

「まずいことになりました」
ログオは首を振る。
「参照。記録なし。参照。不一致。参照。更新されません」
何度も首を振る。
「取得失敗」
ログオはその場にしゃがみこんだ。

ニックの遅延が追いついたのは、
さっき食ったラーメンのカロリーのおかげかもしれない。
なんか急にニックが、ログオに優しくなったのは、
さっき食ったラーメンのカロリーのおかげかもしれない。
意味がわかったニックは急に優しくなって、しゃがんだログオの肩に手を置くと、言った。
「きみ、試験に落ちたくらいで、がっかりしてはいけないよ」

「遅延!」
ログオはニックの手を振り払った。
「参照できないものは、検出されないのです。ログがあるから、存在できるのです。僕は」
ニックから顔を背け、ログオは遠くを見つめた。
「どこにもいなくなるのです」
ログオが胸に手をあてる。
「空白領域」
なにが見えたのか知らないけど、そっちに向かい、ログオは苦く笑いかえした。

「ま、俺たちもさ」
ニックは俺をチラ見して、ログオに言った。
「なにも成し遂げてない男だから」
ニックはログオをなぐさめるべく、俺を同期した。
「試験のことくらいで、そんなに悲しまなくても」
「初期化」
ログオがしゃがんだままこたえる。
「初期化」
指でアスファルトのひびをなぞり、崩壊をたしかめた。

「かぐわしいのです。かぐわしいのです」
ログオが鼻をすんすんさせた。
「初期化がかぐわしい」
俺にはラーメンのにおいしかしなかったけど、ログオには別のにおいがしていたようだ。
何のにおいがすんのかなと思って、俺も一応鼻をすんすんしてみたら、
排気ガスのにおいもした。

「かぐわしいのは、ここなのです」
ログオが立ち上がった。
「ここからにおいがするんです」
バンの窓に、ログオは鼻先を寄せていく。
「初期化のにおいがするのです」

ニックと俺は、黙ってお互いを、見かわした。
車内にあるのは段ボール。
段ボールの中には『概念の音姫』。

「あなたたちは、とてもまずいことをしている」
ログオは言った。
「初期化のにおいがするのです」

「にーちゃん、これはだめだ」
ニックはこたえた。
「これはにーちゃんのものじゃねえ」
「では、誰の」
ログオは言う。
「ものなのですか」
「これはだめ」
ニックはただそれだけ答えた。

「ひとつでいいのです。こんなにあるのなら、いいでしょう?」
俺たちを、順繰りに指さした。
「これをひとつ、僕にください」

黄色いバンの中では、沼田がひとりで大騒ぎしていた。
いーだ課長の姿は、座席に埋もれていて見えなかった。
たぶんそう。沼田はひとりでしゃべってるだけ。
いーだ課長を前にすれば、誰だってひとりだ。

「試験なんて、これからいくらでもあるだろ?」
ニックはめんどくさそうに、なかば怒って言う。
「一回落ちたくらいでさあ」
そこまで言って、手を口で覆うようにして、鼻を拭う。
自分で言っていて、途中で、なんかおかしいことに気づいた、って感じだった。

「不一致不一致!」
ログオは子供っぽくいやいやをした。
「落ちたことが悲しいのでは、ないのです」
アスファルトに膝をつき、
「ちがうのです。ちがうのです」
探し物でもするように、ひび割れのあちこちに手をあてた。
「おとなはすぐ調べるじゃありませんか」
ぺたぺたぺたぺた、地面を触った。
「調べて調べて、探すじゃないですか!」

「だから!」
と、そこまで言って、
ログオはかっと顔をあげ、目を見開いて、俺を見る。
「いま、何時?」
俺は思わず腕時計を見てしまう。

13:50:00。

「時間がどんどん過ぎていく!」
ログオは頭を抱えた。
「あいまいなまま、あいまいなまま!」
空に向かって叫んだ。
「あいまいなままー!」

しかしご存じのとおり、
いくら叫ぼうと、空というものはけして俺たちを助けない。
それは空の役割ではない。
俺たちがいるのは、未来永劫、ひび割れの上。

「ま、いろいろ残念だな、にーちゃん」
ニックがそれだけ言った。

「あなたたちは、まずいことをしている!」
ログオは俺たちを指さした。
「とても、まずいことをしているのです!」

白いスニーカーで、がっしがっしと地面を踏んでは蹴り上げて、
ログオは俺たちに背を向けて、走り出した。
どこに行くつもりか知らないけど、
ログオの姿はすぐに小さくなっていった。

ログオを遠くに見ながら、ニックがつぶやいた。
「俺らのせいなの?」

黄色いバンの中で、沼田が、
泣いてるみたく手で顔を覆ってるのが見えた。

14:00:00。

それがそのときの時刻だった。


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