短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(10) ガリラヤ倉庫りんりん
これまでのエモ山👇
「ここで待っててちょう」
ニックはそう言いおくと、俺を独房のような部屋に座らせ出て行った。
俺は独房という場所に入ったことはないが、その部屋は、独房という言葉が持つイメージと、ぴったり合致していた。
あくまでも俺の頭の中で、映画や漫画なんかで観る独房に、似ていた。
何にもない部屋にひとりで座らされているという状況も重なった。
これはまさに「独」で「房」。
「どくでぼう」
待たされて、誰もいないので、時間つぶしに、俺は声を出してみた。
「どくでぼーう」
俺の声は、不思議と響かなかった。
ためしにもうちょっと、声を大きくしてみた。
「どくでぼーおう」
それでも響かない。
俺の声はまるで、水の中で聴く音のようだった。
この不可思議な現象を検証するため、俺はさらに大きな声を出した。
「どくでぼーおう」
「どくで、ぼーおう?」
「イエース! アイム、どくでぼーおう!」
「OH!どくで・ぼーおう!」
「Yeah! どーく de ぼーーう、うぉう うぉう」
高い声、低い声。
部屋の三方の壁それぞれに向け、声音を変え音を投げてみる。
しかし響かない。
いっさい響かない。
どうやらその白い壁、素材が音を吸収するらしいのだ。
防音室のようなつくりになっているようだった。
パイプ椅子に座ったまま、俺は両手を挙げ強く手を打ってみた。
クラップクラップ。
響かなかった。
この部屋は、音を響かせないのだ。
そこまで判明したところで、両手を挙げた俺はもう一度強くクラップ。そのとき天井に、一台の監視カメラが設置されていることに、気づいた。
カメラ側面には緑色の小さな灯りが明滅しており、それは作動をしめす色。
俺は静かに両手を下ろした。
俺は椅子に座り直し、顔を伏せ、床に目を落とした。
床はえんじのリノリウム。
そんなことはどうでもよかった。
あのカメラは音声を拾う設定だろうか。
俺の映像を、守衛さんなどが見てやしないだろうか。
頭に浮かぶのは、そんなことばだけだった。
「あれ? エアコン止まってた?」
扉を開け入ってきたニックが、俺を見て言った。
「エモ山さん、顔まっかだけど、暑いの?」
俺は汗をぬぐいつつ答えた。
「いいえ」
「なら、いいけどさ」
タブレット端末を操作しながらニックが答える。
ガリラヤ倉庫に到着して以降、俺に対するニックの口調はやけにくだけていた。
「じゃ、オリエンテーション始めよっか」
ニックが俺にタブレットを手渡す。
ニックが再生ボタンを押し、動画がはじまった。
【利害関係調査委員会 オリエンテーション動画】
☆「ミイラをミイラ取りに」篇
〇オープニング
BGM。
「ガリラヤ倉庫」前景。
タイトル『利害関係調査委員会 教育ビデオ~ミイラをミイラ取りに篇』
〇俺がいるこの部屋
画面中央に、えんじ色のスーツを着た沼田ミソギ。部屋を歩きながら語る。
ミソギ「みなさん、こんにちは。『利害関係調査委員会』へ、ようこそ。今日からみなさんは、わたくしども『利害関係調査委員会』の一員として、社会の利害を無害化し、大衆の体臭を、よりクリアにする、重要なお仕事に携わります。さて、ここで問題!」
【SFX: ヒュウウウウウ……】
ミソギのクローズアップ。
ミソギ「『ミイラをミイラ取りに!』これ、なーんだ?」
〇東京湾・昼(遠景)
輝く水面。遠くに水平線。
徐々に広角ズーム。
【SFX: チック、タック(時計の秒針の音)……】
〇エンドロール
画面テロップ①。端に「not fin.」
画面テロップ②。中央に「提供 利害関係調査委員会」
エンディングテーマ『りんりんりんりんデオドラン』唄・沼田ミソギ
♬りんりん りんりん デオドラン
らんらん らんらん で踊らん
Kill the burning desire,
Loop the words,Chill the wire.
もう 乗り遅れない
記憶 塗り変えて
りんりん りんりん デオドラン
らんらん らんらん で踊らん
沼田ミソギが、動画内で熱唱していた。
「もういいよね」
歌の途中でニックは、俺からタブレットを急いで取り上げて、画面をこんこんつつき、停止ボタンを押す。
沼田ミソギの歌声の消えた部屋は静まり返り、俺は耳鳴りを感じた。空気がサラサラ音を立て、崩れていくように感じたのは、沼田がけっこう歌がうまいことを知ったからだろうか。
俺はあの沼田という人間がほんものの人間に見えてきた。
「意外ですね、沼田さん」
俺が言うと、ニックは表情をゆがませて肩をすくめた。
「そう?」
自分が誉められたみたいに笑う。
「彼女さ、昔、シンガーソングライターやってたらしいんだよね」
「へえ」
「売れなくて、引退したらしいけど」
「で、利害関係調査委員会に?」
ニックはうなずいた。
「興味あるならさ、YouTubeの違法アップロード動画で見られるみたいだよ」
「違法アップロード?」
「そ。誰かが勝手に、沼田の曲、公開してるらしいんだ」
俺はその動画をちょっと見たくなった。
ニックは続けた。
「本人は、相当怒ってたけどね」
俺は笑ってしまった。
「今は著作権を殺してるのに?」
俺が尋ねると、ニックはタブレットを小脇に抱え、しゃんと背筋を伸ばし答えた。
「ま、うちに来るまでに、いろいろあったんだよ、きっと」
その後俺は、ニックに連れられて、「コピペ部」と記された部屋にうつった。
「あ、いちおうなんだけど、きみ、配属決まったからね」
PCの前でマウスを動かすスーツ姿の職員たちの間を通り抜けながら、ニックは俺に振り向いて言った。
「エモ山くんは、コピペ部濾過課に所属します」
「こぴぺぶろかか、ですか」
「そ」
ニックは俺の前をすたすた歩いていく。
「コピペ部濾過課です」
「なるほどですねー」
ていうか、濾過ってなんだろう。
尋ねたかったが、俺は自分の無知をさらしたくなかった。
わかったふりをして、ニックに付き従う。
「ちなみにここは、コピペ部コピペ課です」
ニックがあたりを示して説明した。
「名前の通り、コピペを担当します」
「はい」
静かな部屋に、かちかち、かちかち、とクリック音が響いていた。
クリック音という粒が集まって、砂嵐になっていた。
ただしその粒はうまれた瞬間に消える。
濾過課はコピペ課を通り抜けた先に所在していた。
コピペ部を通りぬけ、ガラスドアを出ると、建物の反対側に通じる細い橋が渡っている。そこでやっと知ったが、ガリラヤ倉庫の四角い建物は、ロの字に部署が配置されているようだった。
ロの字の廊下をぐるっと回っていかなくてもいいように、対角線のように橋が渡っている。
廊下にも橋にも人影は見当たらない。どの部屋からも、ただかちかちかちかちと音がしていて、それがロの字の建物で、こだまするようでしない。
俺は自分がさっきまでいた防音室のような部屋を思い出していた。
あの部屋が防音室的な作りになっているのは、このクリック音を消すためかと合点した。
壁がクリック音を吸う。
これだけの音を吸うのなら建物全体は震え、ともすれば揺れるのではないかと俺は思った。
いつか動画で目にした、微細な振動がコンクリを粉々にする様子を俺は連想した。
「明日からはあっち側から入ってください」
橋を渡りながらニックは進行方向を指さす。
「あっちにも、裏口、あるんで」
「はあ」
でもそうなると、毎朝、送迎バスを降りて建物に入る前に、この巨大な建物をぐるっと裏手まで回らなければならない分ちょっと余計に歩くことになる。それ無駄じゃないのかなー。
と思ったが、なにも言わなかった。
俺は金がないから余計に歩かざるを得ない。
この無駄が、金を生み出すのかもしれないし、ねー。
「ニックさん。金って何でしょうね」
橋を渡りながら俺は尋ねた。
「金の話はやめてちょう」
ニックは背中で答えた。
コピペ課の橋を渡ったトイメンが濾過課。
濾過課はコピペ課と違い、工場の香りがした。
広い部屋の端に、銀色のドラム式洗濯機巨人用みたいな大きな機械が設置され、それは実際に、丸い窓の奥でなにかがぐるんぐるんと回転していた。
「濾過装置です!」
ニックが両耳を塞ぎながら大声で言う。
「うるさくてごめんね!」
濾過課はたしかに騒がしかった。
それは、奇妙な騒がしさだった。
不思議なことに、巨大洗濯機に見えるその装置自体は堅牢で、どっしりとその場に鎮座し、しかしその作動音は非常に静かで、のほほーんとはたらいている。
地面にどっかり腰を下ろした巨人が、鼻でもほじくっているようなのんきさすら感じさせる。
じゃあいったいなにがその騒がしさをつくっているのかといえば、洗濯機の丸窓の中でぐるんぐるん回っているものだった。
ぐるんぐるんと回るそれは、まるで、鈴が鳴るような音を立てていた。
鈴といっても一つじゃない。しゃんしゃんしゃんしゃんと、3万人のサンタクロースが阿波踊りでもしているかのような騒がしさだった。
ニックは壁にかけられたヘッドフォンを2つ手に取ると、1つを俺に手渡して言った。
「移動するから、これつけて!」
ニックはヘッドフォンをつけると、俺の腕を引いた。
しゃんしゃん音から逃れるように巨大洗濯機の裏に駆け込む俺たちは、きっとその時、空から見下ろせば、ヘッドフォンをつけた小さいおじさん妖精が二人、人間界に迷い込み、手を取り合い逃げているようだったろう。
ニックが立ち止まったのは、家庭用洗濯機であれば、排水パイプが取り付けられる位置だった。
しかしてそこには実際に、排水パイプがあった。
土管のようなパイプがあった。
土管から、大量の水が流れ出てきていた。
ヘッドフォンをつけたニックが、ヘッドフォンをつけた俺に、なにか言った。
耳をふさがれた俺には聞こえなかったが、
「ここが濾過課です!」
と、言っているらしかった。
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