短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(23) 高速思考芸術家ドエム
これまでのエモ山はこちらです。
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「ボカーね」
バー「情念」で、俺の目の前に座り、ドエムは言った。
「高速思考芸術というものを、やっておるんです」
からん。
ドエムの持つグラスの中で、氷が落ちる。
「ボカーね」
ドエムは足を組む。
「高速思考芸術家なんす」
名刺にそう書いてあるからそんなことくらい俺にだってわかる。
こいつは俺とチーママに、求めていた。
「高速思考芸術ってなんですか?」って、尋ね返されるのを
こいつは待っていた。
だから俺は聞かない。
チーママは、前歯でポッキーを齧る。
「ボカーね」
ドエムは足を組み替える。
「高速思考…」
「ウーロン茶、もっといる?」
チーママが、俺に尋ねた。
俺のグラスは空になっていた。
「あっす」
俺が頷くと、チーママは席を立った。
ドエムはソファの背もたれに腕を置き、組んだ足をだらしなくぷらっぷらさせた。
肩越しに、チーママのいるカウンターをちらちらのぞき見ては組んだ足を、またぷらっぷら、ぷらっぷら、ちらちら。
俺が見ていたのは空になったウーロン茶のガラス瓶。
別に見る必要ないけど見ていた。
で、見る必要のあるものを探し、カウンターに目を向けた。
俺の目に入ってきたのは、片手に漏斗を持ったチーママが、反対の手で冷蔵庫を開けて、ウーロン茶のペットボトルを出しているシーンだった。
俺はそれを見なかったことにして、ドエムがさっきまで座っていた場所に目を転じ、席にひとり残され背中を丸めたヘッドバンギング男の、クリスマスチキンのきったねー食い方を眺めた。
それは、きったねー食い方であるという以外に、当てはめるべき言葉のない食い方だった。
悲しくなってくるっていうか、でもあんまり言っちゃうと、かわいそうっていうか。
しかし、どんな風に食べようが、足で食べようが、鼻に入れようが、それはヘッドバンギングの食い方でありフリーダムであろうと考えた。
俺に何かを言う権利などない。
ヘッドバンギング男を眺めながら、俺はむかしのドラマの『北の国から』を思い出していた。
「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」
っていう、ラーメンのドンブリを勝手に片付けようとした店員に田中邦衛が怒って口にしたセリフ。
それから、車のうしろにときどき貼ってあるステッカーのことを考えた。
「子供が乗っています」
っていう、不思議なメッセージ。
「ボカーね」
ドエムの声がしたので、チーママが席に戻ってきたことがわかった。
「高速で、思考する、という芸術を、やっております」
ドエムが作戦を変えてきたようだ。
「芸術です」
「はい、ウーロン茶でーす」
チーママが、ガラス瓶をテーブルに置いた。
ペットボトルからガラス瓶、ガラス瓶から俺のグラスへと、ウーロン茶が移動する。
「あ、おねえさん」
ドエムがチーママをつついた。
「こっちもつくって」
空になった水割りグラスをからからいわせながら差し出した。
チーママは、グラスを受け取った。
立ち上がるかと思いきや、振り返り、腕を伸ばし、グラスをヘッドバンギング男に差し出した。
そして、チキンから顔をあげたヘッドバンギング男に言う。
「つくってほしいそうです」
は?
って顔しながら、ヘッドバンギング男はグラスを受け取って、
え?
って顔でドエムを見るけどドエムは見返さない。
はるか遠くの方を見て、足をぷらっぷらさせていた。
「思考をですね」
ドエムはあきらめなかった。
「高速で、行うという」
ヘッドバンギング男が、水割りを持ってきた。
ドエムはそれを受け取って、一口すする。
「限界を超えた、最先端技術による」
チーママがポッキーを前歯で齧る。
俺はウーロン茶をごくりと飲む。
ドエムは、チーママと俺を、かわるがわる見る。
「芸術です」「芸術です」
チーママは、ドエムを見たままポッキーを齧る。
俺は、ドエムを見たまま、ウーロン茶をごくりと飲む。
ドエムは、ひょこっと首を傾げた。
「むずかしいかな?」
ポッキーを齧る。
ごくりと飲む。
ドエムは独り言ちる。
「むずかしそうだな」
ポッキーを齧る。
ごくりと飲む。
ドエムは胸ポケットに手を入れた。
「見てもらった方が、高速だね」
スマホを出し、俺たちにかざした。
スマホ画面には、油絵みたいな画像が出ていた。
「すごいですね」
チーママが、スマホを覗き込んで言った。
「すごい、ゴッホみたい」
ドエムが指をついとやって、絵をスクロールする。
「すごいですね」
チーママが言う。
「すごい、ルノアールみたい」
「喫茶店じゃありませんよ~」
ドエムはチーママに言い、俺を見た。
「これを、高速で、やっておるわけです」
「絵描きさんなんですか?」
「芸術家です」
ドエムはうなずく。
「詩も書くし、小説も」
「へー」
「高速で」
「高速で?」
「コンピューターで」
「ふーん」
「高速で」
「ふーーーーーーーーーーーーーん」
チーママが、なにか音楽でも聞こえてきたみたいに、ヘッドバンギングを始めた。
ヘッドバンギングしながら、チーママが俺を見た。
俺も、チーママに合わせてヘッドバンギングをしてみた。
間接証明に照らされた俺たちの頭は壁に影をつくって揺れ、くっついたり離れたりを繰り返した。
ま、そういうこともあるよね、って感じで、ポッキーを食べおえたチーママが、袋をクシャっと丸め握ると、立ち上がった。
「チキン食べる?」
チーママが俺を見下ろす。
「あっす」
俺はチーママを見上げ、それをドエムが遮った。
「君たちは、芸術をわかってないようだな」
テーブルに直置きしていたチキンを、ドエムがむしゃむしゃ食べだした。
俺は微笑み浮かべ、ドエムの食い方を眺めた。
「ボカーね」
チキンで汚れた指先を、ちぱちぱやりながら、ドエムが言った。
「クリスマスなんかも、大嫌いなんです」
「なるほどですね」
俺は答えた。
「クリスマスに芸術はない」
俺はポリポリ頬を掻きながら、応えた。
「俺はクリスマス、好きっす」
だけどドエムは言う。
「クリスマスは裁きだ」
だって、サンタさんが来るかもしれない日って、すごいと俺は思う。
「キリストだって、処刑されたじゃないか」
サンタさん、ほかの日はあいてないみたいだし。
行きたくない年もあるだろうに、わざわざ来てくれてるし。
と思って俺は、アパートでエモツイートを書いているエゴ山のことを思い出した。
俺はエゴ山がちゃんと仕事してるか確かめようと思った。
スマホを出し、エモ山アカウントを開き、仕事ぶりをチェックした。
終わった顔をして歩くな。
まだ途中だ。クリスマスは、まだ途中。
家に帰るまでがクリスマスです。
#クリスマス #エモ山 #お菓子は何百円まで ?
俺のエゴ山が、アパートにいるあの女の体ごしに繰り出すエモツイートには、たくさんのいいねがついていた。
それを見て、俺にはクリスマスに芸術はあると思った。
ドエムはないと言ったけど、あるじゃねえか。
葛藤ってやつが。
巧妙に、覆い隠されてはいるけどさ。
見えちゃうよね。
あぶり出されちゃうよね。
怖いよね。
「コンピューターがつくる、高速思考芸術はですね」
ドエムはチキンの骨をしゃぶる。
「美しいのです」
チーママが、俺の前にチキンを置いた。
「あっす」
俺はチキンを手に取った。
「あっつ」
俺はチキンを皿に戻した。
チキンは温めなおされていた。
チーママが、俺を見て笑った。
いつのまにか、ドエムの横に、ヘッドバンギング男が立っていた。
「帰ります」
ヘッドバンギング男が頭を下げた。
「え?」
骨になったチキンを、ドエムは落っことす。
「夜まで一緒に過ごすって…」
「腹いっぱいになったんで、帰ります」
ごちそうさまでした、と、ドエムにヘッドバンギング男は最後にもう一度、深々と、ヘッドをバングした。
俺はチキンをむしゃむしゃ食べながら、ドエムに言った。
「ドエムさん、ほんとうは、何が欲しいんすか」
俺は、今朝夢想した赤い包みを思い出していた。
ぼんやりしているドエムに俺は聞いた。
「ほんとうは」
俺はあの包みを、夢想の中で開けることができなかった。
なんでだろ。
「ほんとうは、何が欲しいんすか?」
麗子像みたくなっちゃってるドエムには、俺がむしゃむしゃ食べながら言うことばは聞き取れない。
俺はちょっと思った。
クリスマスをさ、「何がもらえるか、もらえないか」とかじゃなくてさ、「何を求めてるのか」を自分に聞いてみる日にしたら、いいんじゃねーのかなー。
なーんて思いながらチーママ見たらチキン食ってるチーママがすごくかわいかった。
それが俺のクリスマスイブ。
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