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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(69) 白い搬入 / The White Intake

前回のエモ山



「降りんの?」

私室のようにしつらえた運転席で、
前かがみになって、
木目調のハンドルに肘を乗せ、
もじゃもじゃの指毛の生えた両手を組み、

ドライバーは、
くつろぎ中の居間にあらわれた侵入者を見るように、
俺たちを見上げた。

「降りんの?」
カラオケがうまそうなディープボイスだった。
たぶん演歌。
北国の、
漁師の演歌。

「降ります」
カゼシロ渚は、小鳥がさえずるような声。
首から提げた「利害関係調査委員会」の入構証を、
「総務局です」
ドライバーに示して見せるときも、
カードの入ったビニール部分を
両手指でつまんで持ち上げる。

カゼシロ渚が動くと、
いいにおいがした。

両手をしっかり組んだまま、
ドライバーは、
入構証を見もしない。
「乗っててもらいたいんだけどねえ」
ディープ・ディープ・ボイス。

「降ります」
カゼシロ渚は譲らない。
こくんと顎をさげ、
細い肩を上げ、息を大きく吸ってから、
眉を八の字にして、
新任の先生みたいに、
「総務局です」
車内全体に聞かせるように言った。

「あ?」
ドライバーが、濃い眉を寄せた。
「ソームキョク?」
組んだ両手はピクリとも動かない。
「こっちは委託ですよお嬢さん」

「おじさん!」
最前列の乗客が割って入った。
ドライバーに身を乗り出して言う。
「ドア、開けたほうがいい」
「あ?」
「開けたほうがいい」

ドライバーが、
カゼシロ渚を、しげしげと眺めはじめた。
入構証を横目で見、
そのままその目はずいっと上がり、
カゼシロ渚の顔を見る。

カゼシロ渚は、
さっきと同じ姿勢で、
入構証を両手で掲げ、
見られるに任せる。

最前列の乗客が、
身を引いて、周りの乗客に目をうつせば、
すでに騒ぎに注目していた全員は、
そわそわと落ち着かなげなまばたきを繰り返していた。

ガシャコン。

扉が投げやりに折れ、畳まれ開いた扉から、
先に降りた俺が振り向くと、

カゼシロ渚は、
2段のステップを軽やかに踏み、
髪をやわらかく揺らしながら降りてきて、
パンプスが、地面を踏んだ瞬間に、

「わかってなくてかわいそう」

ひとりごとをつぶやいた。

ゆるっとしててもなぜだか肩からずり落ちない、
襟口の広いシャツを揺らしながら、
カゼシロ渚は、
動けない車のあいだを
ジグザグ通り抜けていった。

車のバンパーが、
白いスラックスを汚さないように、
氷の上を滑るようにして歩くカゼシロ渚の、
その後を追う俺なんかはまあ別に、
自分のスラックスなんかはいくら汚れたって気にならないわけで、
逆に俺のスラックスが、
ひとさまのお車に触れたりなんかしたらご迷惑だろうから、

つまり結局、俺もまた、
つま先立ちのタンゴダンサーのごとく、
ジグザグ進んだわけだけど、

あ、すんませんすんませんと、
進みながらもへこへこ頭を下げたのは、
車を捨て置いて立ち去ることのできない
ドライバー各位への配慮もあった。

ガードレールのはざまから、
舗道に入れば、
俺たちの乗ってきたマイクロバスは遠くになっていて、
窓は黒く、
中にどんな人間が乗っているかなど、
わからない、
他者の通いバコと化していた。

カゼシロ渚が近道を知っているというので、
俺たちは、路地に入った。
「利害関係調査委員会」ガリラヤ倉庫までは
近道を使っても、徒歩だと20分かかる。
途中でみつけたシェアサイクルのステーションには、
電動キックボードしか残ってなくて、
それはちょうど2台あったんだけど、
俺がそのシェアサイクルの
アプリってやつをスマホに入れてないことを伝えると、

「え? ほんとに?」

カゼシロ渚は驚いていた。

「じゃ、しょうがないか」

すたすた歩き出す。

その背中を追いながら、
俺はちょっと思った。
さっきマイクロバスの中で、
「公道ゴーカートは見てられない」みたいなこと言ってたのに、
電動キックボードはいいんだね。

ま、俺が知らないだけで、
なにか違いがあるのだろう。

そう思った。

カゼシロ渚が速足で、
まるで丸の内でも歩くように颯爽と、
ろくに口も利かず歩くので、
俺はなにか話した方がいいかなと思い、
たずねた。
「学生時代、スポーツでもやってたんですか?」

歩きながら「え?」って顔してカゼシロは、俺を見あげ、
俺は自分のした質問が、
最高にベタで非常に気持ち悪い質問だったかもしれないと気づき、
あわててつけくわえた。

「あ、なんでもないす」

カゼシロ渚は軽く笑った。
そして言った。
「エモ山君は?」

「え?」
って言ったのは、今度は俺の方で、
なぜかというと、カゼシロが俺の名前を知っていたから。

「名前…」
と、思わず言った俺に、
「あ、違う」
カゼシロはそう答え、
「あのね、仕事なの」
さらっと言った。

「仕事」
そのことばで俺の胸の高鳴りはストップ高。
疑問だけが残った。

その会話ののち、
カゼシロ渚の歩調はさらに速くなり、
その後を追う俺は転がり走る子犬。
海に近づいてジメっぽくなってきた空気と、
道にななめにはりつく建物の影が大きくなってきたことで、
俺は倉庫街にたどり着いたことを知る。

舗道の脇には雑草が、
腰の高さまで伸びていて、
走り抜けていくトラックが作る風にしじゅうなびき続ける草の
その緑色は排気ガスでくすんでいた。
タンポポに似た花を咲かせるぎざぎざの葉っぱをつけた草が、
若木くらいの太さにまで育ち、
歩きながらその茎に何の気なし触れると、
微細に生えそろった細い棘が指を刺し、
べとついた感触を残す。

俺はスラックスで指のべとつきを拭う。

カゼシロ渚の白スラックスは、
少しも汚れていなかった。

ガリラヤ倉庫には裏口から入った。
「総務局です」
通用門にいる警備員に、
またしてもカゼシロは、入構証を見せ通り過ぎる。
それからあたりまえのように、
ぼろぼろの搬入エレベーター前に立つ。

俺は裏口からここに入ったことがなかった。
裏口はエレベーターにしかつながらない。
濾過課プール室はガリラヤ倉庫1階。
つまり俺は、自分の職場への行き方がわからない。

エレベータの扉が開き、
空の台車を押した人が出てきた。
入れ違いにカゼシロは、
エレベーターに入り、
扉を手で押さえ、
顔を出す。

「エモ山君」
カゼシロが言った。
「仕事です」

「え?」

引っぱり込まれる気分で、
俺はエレベーターに乗り込んだ。

以前にもこんなふうに、
俺はエレベーターに連れ込まれたことがあった。

その時は沼田ミソギと一緒だった。

あの時と違うのは、
このエレベーター扉には
俺たちをうつす鏡みたいな化粧板が貼られてないこと。

搬入エレベーターはペンキが剥げかけて、
きっとこれは、
ガリラヤ倉庫が魚の冷凍庫だったころからある設備。
四角い押しボタンのアクリルも、白く曇っていて、
カゼシロが最上階のボタンを押すと、
それは深くしっかりと押しこまれ、カシャッと音を立てて戻った。

それはむかしから、
「搬入」に使われていたエレベーター。
それに乗せられた俺は。

エレベーターの中でカゼシロは、
白マスクを外し、
総務局に入ると、
「到着しました~」
と言った。
オフィスにいる全員が、こちらに顔を向けた。

全員、オフィスみたく明るくて、静かだった。
全員、窓が広く、青空が広がって、
さっきまで俺が歩いてきた道なんかは
全員から見えない。
かわりに、
全員に、レインボーブリッジが見えた。
水平線が見えた。
タンカーの蜃気楼がゆらゆら銀色に、揺れていた。

俺を入り口に置いて、
カゼシロは、
全員のなかに入っていった。
何にもおいてない白いデスクにバッグを置き、
引き出しから何かを取り出して、
こっちに戻ってこようとしている。

全員の中のひとりが、すっと立ち上がり、
鼻先を上げて、遠く俺を見ながら、カゼシロのあとについた。
アイボリー色のスーツを着て、
こげ茶のネクタイをした、
若い男だった。

「渚」
男に呼ばれ、カゼシロが振り向いて、立ち止まり、
男が追いついて、
カゼシロが、男になにか言う。

男は俺に目を向けて、カゼシロの耳になにかを囁いて、
カゼシロがそれを聞き、うなずきながら俺を見て、
きゃははと笑って男の肩をぽんと叩く。

待たされながら、俺は思い出す。
バスにいた時も、ここまで歩いてきたときも、
カゼシロは、
笑うのは、表情だけで、声を出したりはしなかったこと。

こげ茶のネクタイの男は、
カゼシロと一緒にこちらへやってきた。

「どーも」
男が俺に言った。
「濾過課の人だよね。えっと、」

こめかみに、長い人差し指を当て、

くるりんぱ、

俺のほうに、その手をひっくりかえしてみせた。
「えもじ山君、だったっけ」

「違いますよお、かずひろ先輩」
カゼシロが笑う。
「エモ山君です」
「あ、そうか」

あははー。

「じゃ、来てください」
カゼシロは、俺に言った。
白い鍵を持って、俺の先に歩き出した。

(続きはこちらから)



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