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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(67) 空気成仏

前回のエモ山


「チンパンジーは腕が長い。
キリンは首が長い。
象は鼻が長い。
じゃあ、人間は、
なにを長くしたの?」

びたびた音立て、
ぷらんぷらんと両腕を振り回し、
リノリウムの廊下をスキップして回るAIお針子は、
同じ歌を繰り返し口ずさみ、
別に俺は、
それを聞きたくて聞いてるわけじゃなくて、
聞こえなくするという方法は、
俺という人間の能力には含まれてないから、
聞いてるというだけだった。

「言わないことにする」はできるけど、
「聞こえなくする」は、
俺にはできない。
音は勝手に入って来る。

「根っこは伸びる。
菌糸も伸びる。
川は大地を削って進む。
じゃあ、人間は、
どこに進んでるの?」

そして、
聞こえてしまうものには反応してしまう。

俺たち人間が、
進化のためなにを長くして、
どこに進もうとしているのか、
なぞなぞ出されたときみたく、
考えようとしてしまう。

しかしこのなぞなぞ、
なぞなぞにしては難解なのだった。

だいいち、
「人間は」などと問われても、
おまえはこの世界に「人間」が、
いったい何人いると思っておるのだ。
そんなジュッパひとからげ、そりゃ暴挙だ乱暴だ、
と答えたくなる。

それが俺の反応。

「おまえは人間なのか」

だから俺は尋ねた。
AIお針子に。

俺の声にAIお針子はびくっと飛び上がり、
ぷらんぷらんと振り回していた両手がピンと伸び、
スキップのジャンプ部分、
放物線の最上位にいた両肩が、
そこからさらにビクッともち上がるというものだった。

そしてスタンと床に降り、
AIお針子は、
侵入者の存在に、
今はじめて気がついて、
斜に構え俺を見上げたのだが、
片足をくにゃり外側に折り、
外くるぶしを床にぎゅっと押しつけたしぐさには、
あきらかに
動揺がにじみ出ていた。

その目の奥に、
いつになく、
怯えが震えた気がしたけど、
「びっくりさせんな!」
口調はいつものAIお針子。

そのキーキー声が、俺を一気に引き戻した。
そこはいつもの廊下で、
天井のセンサーライトは灯っているし、
暗い暗いと思っていた廊下の先にも、
明かりとりの窓があったことを
俺は思い出す。

窓に目を向ければ、
針金格子が斜めに入る、でこぼこ模様のすりガラスから、
淡い光がさしている。

さっきまで暗かったのは、
外が曇ってるからだった。
そういえば、朝から曇り空だった。
元から曇っているうえに、
風に押し動かされた灰色の雲が太陽を遮れば、
そりゃ屋内は、さらに暗くなるよね。

リノリウムがべたべたしているのは、
もうすぐ雨が降るから。

俺はこのAIお針子という「物体」と、
どうしてもそりが合わぬため、
会えば必ず腹が立つのは避けられぬ仕様、
自動的にそうなる。
俺たちのあいだでくりかえされてきた
たたかいのヒストリーがそうさせる。
かように歴史というものは、
ひとの心でできているものであるから、
簡単には覆らぬものである。

「おかしな歌だ」
俺はお針子に言った。

「パクるなよ」
お針子はこたえた。

で、俺はいつもどおり、
やっぱり腹が立ってきたので、
AIお針子などというものは放っておくことにした。

お針子に邪魔される前、
俺は羽音を追ってきたはず。

俺はあの気分をもう一度味わいたかった。
あのような気分にもう一度、なりたかった。

俺はあの遠い世界を思い出し、
ジャングルを思い返し、
記憶の中の、蟻をもう一度、みたかった。

壁、天井、足元と、
ぐるり見渡して、
俺は俺の「あのような気分」のもとになっていた羽音を探した。

プール室ではあんなにはっきりと聞こえてきた音が、
少しも聞き取れず、
俺は頭から、
大事な糸を一本抜きとられたような心地で、
白い壁を見つめ、

その俺をどう見たかわからないが、
AIお針子は、俺の見る壁に目を向け、
そこになにかあるような気がしたのか、
「おまえは何をしているのだ」
壁ににじり寄り、手で触れて、目を近づけ、
俺に振り返る。

俺は黙って首を振る。

AIお針子は、しかめつらで、
壁に目を戻す。

つまり俺たちは、
なにかあると思って、
なにもない場所を見つめていたわけだが、
気持ちにも、なにもなかったかといえば嘘で、
「あのような気分」が見つからない俺は悲しかった。

そのとき、
俺たちを照らしていた天井のセンサーライトが、
気を失うみたいに消えた。

壁を見つめたまま動かない俺たちを
センサーまで見捨てたようだった。

明かりとりのすりガラスから差し込む光は
一段階暗くなっていた。
もしかすると、窓の向こうで、
雨が降り出したのかもしれなかった。

羽音はいっこうに、聞こえてこなかった。

「チンパンジーは腕が長い。
キリンは首が長い。
象は鼻が長い。
じゃあ、人間は、
なにを長くしたの?」

俺はまた腹が立ってきた。
「その歌はやめろ」
そして俺はAIお針子に尋ねた。
「そんな歌、誰から教わったのだ」

AIお針子は、肩をすくめて首を傾げた。

「その歌は、どういう意味なのだ」

AIお針子は、さっきと全く同じしぐさで、
肩をすくめ、反対側に首を傾げた。

俺はこのAIお針子が、
どういう事情で「利害関係調査委員会」にひそむようになったのか、
ほとんど知らない。
沼田ミソギがなぜこいつらを
「かわいそうな子だ」というのか、
知らないし、知りたくもない。

けど、
俺は自分が、
なぜこんなにAIお針子に腹を立てるのかだけは、
少しわかった気がした。
俺をいらだたせるのは、
なにかを抜き取られたあとの人間の、無神経さだ。

あの蟻と、AIお針子が、
同じものみたく、俺には思えてくる。
甘さに近づいて、
樹液に頭を突っ込んで、からめとられた蟻。

その光景をつくりだす、
なんの変哲もない残酷さ。

そのなかに、
お針子も、いるように思えるからだ。

「あたいは暇なとき、歌うたうの」
AIお針子は言った。
「そうすると、時間が動くから」

お針子が口にするこういうことばは、
『概念の音姫』にやられかけた俺には、
恐ろしい子守歌みたくも感じる。

「その歌はやめろ」
だから俺はもう一度言った。
その歌をまたもういちどでも聞けば、
俺は自分が、AIお針子をかわいそうだと思い始めてしまうと思った。
こいつごのみの「儀式」みたいなものに、巻きこまれてしまう気がした。

「じゃ、ほかの歌をうたお」
AIお針子は、無邪気に答えた。
「あたいはなんでもいいからさ」

「なにもない。
なにもないよ」

AIお針子が、小さな声で歌い出した。

「どこにも行かないし、
どこにも行けない。
回るだけ、回るだけ」

その歌もやめろ、
と言いたかったけど、
俺はそれすら嫌になっちゃって、
ぼんやりしてしまった。

俺が怖がるものを
こいつは、
俺より先に、知ってるのかもしれないと思った。

見る場所なんて暗い壁しかなくて、
羽音も「あのような気分」もみつからないし、
ちょっともう、プール室に戻ろうかななんて考えてたら、
壁の表面に、
もやーっとしたものが、見えてきた。

それは煙というよりは、
湯気だった。
湿気かもしれない。
光のささない廊下で、
濃い灰色に翳った壁に見えてきたのは、

はじめは縦長の、縞模様、
縞の本数が、徐々に増えてきて、
丸い目が二つ。
口みたいに見える位置には、二本の牙。

まったく歌を聞かないで、
壁を見つめる俺の目線を追い、
AIお針子も壁に目をやる。

「あ」

AIお針子が、息をのむ。

「虎がいる」

壁に近寄ろうとするお針子を、
俺は手で制した。

動いたら、
天井のセンサーが反応して蛍光灯がついてしまう。
明かりがつけば、
虎は見えなくなるだろう。

AIお針子が、
俺の腕に、
華奢な手を乗せた。

「けど」
お針子が、俺の手を振り払い、
壁を指さした。

「にせものだ!」

天井のセンサーが反応し、
廊下は明るくなった。

虎は消えた。

(続きはこちらから)



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