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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(43) ローゼン氏と天狗

これまでのエモ山


真っ暗ってほどじゃあないとは思うけど、
外から見れば俺の部屋は暗いだろう。

俺たちがこの部屋を暗いと感じないのは、たんに、目が慣れたからだ。
俺たちは、慣れていくようにつくられている。
慣れることできるものだけが生き残ってきた。

「おせっかいが、過ぎるでげす。この女」
エゴ山は言った。
「こっちは息苦しくて、たまらんでげす」

空っぽの空き家がほの暗く見えるのは、光の乱反射がないからだ。
廃墟に残る生活感は、残された家具がつくる乱反射。
発動するエモは摩擦熱。
俺たちは、廊下だ。

「殴っても、殴っても」
エゴ山は言った。
「この女、わらっているでげす」

呼ばれているような気がして、目を向けると、
玄関扉のスコープが、白く丸く輝いていた。
のぞき穴から差し込む外光は、
暗い廊下の中空で、放射状に光を広げていた。

ノックノック。

ノックノック。


「散歩にでも行くか」

すべて世界など摩擦のようなものでできているだけのような気がした俺は、
玄関扉に目を向けたまま、エゴ山に言った。

「さんぽ?」
エゴ山が笑った。
少しも面白くなさそうに。
「この俺が、さんぽ?」
女の体を見下ろして。
小指で額を叩き続け。

ノックノック。

「なにか羽織っていけばよい」
俺はエゴ山に言った。
「それっぽいものを羽織っていけば、お前の体がそうであることは、他人にはわかるまい」

「それっぽいもの?」
エゴ山が、また笑う。
まったく面白くないとき、人の顔は白くなる。
「親分は、俺のこと、まだわかってないようでげす」

ノックノック。

俺はつっかけを履いて外に出た。
飛び出るようにして部屋を出た。
つっかけは革靴と違い、俺の少しあとを追いかけてきた。
それがもどかしいが履いてきてしまった。
革靴を履く猶予がなかったから。

俺はなんかちょっと悲しいっていうか、
「わかってない」とか言われちゃうと断ち切られるっていうか、
断ち切られるくらいなら自分から出てってやろうと思ったから出てきた。

つっかけを履いて。
俺の少しあとを追いかけるつっかけを引きずって、

出てきたはいいけどスマホ置いてきちゃって、
店とかには入れない。
コンビニで立ち読みでもしようかなと思ったけど、
たぶん今なにを読んでもなにも残らないだろう。

俺はただ歩くことにした。

ずんずんと歩いた。

革靴ならさっさか行けるだろうに、
つっかけという、
半歩あとからついてくるようなものを引きずりながら歩くせいで、
だぶつきがうまれ、
そのだぶつきを取り戻し続けるから気持ちはトートロジー。
心では、底引き網漁師がいつまでも網をひっぱり続けていた。

歩行はO井町方面へと向いたが、
それは俺自身の望みとは違っていた。

今もエゴ山の額を叩き続けているだろうノックノックを、
聞いていたのは俺だった。
エゴ山は、小指に叩かれていただけだ。
その音はじっさい鳴ってたわけじゃなかった。
俺がそれを聞いたような気がしただけなのだ。
ノックノック、
じっさいに、そんな音はしてなかった。

俺だって気づいていた。
あの女が俺たちを、なにか違うものにしていること。
俺たちはライドオン、女に乗っかって、エモツイをつくり、
どこかに行こうとしていた。
俺たちはいったい、どこに行こうとしているのか。

俺は空を見上げた。
雨上がりの夜空だったらかっこいいけど、
俺が見上げたのは冬のトーキョーの青空。
快晴で、ぴりっと寒かった。
カラスが一羽、飛んでいた。


俺はカラスを追いかけた。

それまで歩いたことのない路地などを抜けて、
カラスは未知の場所に俺を導いた、

と思いきや、
俺は、あの公園にたどり着いていた。
広い公園。
オレンジ色の遊歩道に縁取られた芝生広場。

前に来たときは、別の入口から入った。
もしも看板さえ見なければ、
同じ公園であることに気づくまで、もう少しかかったろうと思う。
そこはかつて、チーママと「犬」に連れられて訪れた場所だった。
俺はそれを思い出してちょっときゅんとしてしまったんだけど、
半面、ふと考えたりもする。

この公園が、
あの公園であることに気づくまでのわずかな時間は、
惰性のストーリーテリングに飽き飽きしてる俺の、
希望のはさまるすき間だったと。

ああ、でも、光、光。
それでも俺は、光を浴びる。
光が俺をコピーする。
昨日の俺を今日の俺にする。

地球という巨大なコピー機の中、
ふだんなら両腕を広げたいところを、
しかし成人男性が公園で両腕を広げ日光を浴びたりなどすれば
ただちに不審者のレッテルを貼られてしまうため、
ぐっとがまんする
ところだったが、
その日はがまんが必要なかった。

もとより心にはエゴ山。
エゴから俺は逃げてきたわけであるから、
コピーなどする気分ではなかった。

その日はただ、他人が楽しそうにするのをもの欲しそうに、
「平和って、いいよね」って顔で、小首傾げ柔和に眺めるにとどめられるだけの自制心が俺にはあった。
心の奥底で、エゴ山が膝を抱えていたから。
あいつをどうにかしなければ、
俺もどうにかなってしまうかもしれなかったから。

どうにかなるとはどうなることだろう。

芝生広場の小山の上に、高校生と思しき男女の一団が、7~8人、
そろいのTシャツを着て、なにかをしていた。
それを遠巻きに眺める老婆と子供。
俺は子供の横に立ち、高校生たちを眺めた。

高校生たちは、皆それぞれに、薄い紙束を手にし、紙束をちらちらと確認しながら叫んでいた。

「ああ、ローゼン氏!」

チェックスカートをはいた女子が叫んだ。
するとその周りに立つ数人が大声で繰り返す。

「ああ、ローゼン氏!!」

「わたくしは!」
「わたくしは!!」

チェックスカートがもう一度。

「ああ、ローゼン氏!」

周りが繰り返す。

「ああ、ローゼン氏!!」

「わたくしは!」
「わたくしは!!」

「天狗でございます!」
「天狗でございます!!」

「おもしろいね、おばあちゃん」
子供が老婆を見上げて言った。

「おもしろい? えらいねえ、ヒビキちゃん」
老婆が子供を見下ろす。
「これは『ローゼン氏と天狗』っていう、有名なお話だよ」
「へえ」
「おばあちゃん、むかぁあああし、この本読んでね…、」

子供はもう高校生たちに向いていて、老婆の話は聞いてない。

小山の上で、
高校生のひとりが、拍子木のようなものを強く打った。
公園に、かーんかーん、と、乾いた音が響く。

「ああ、ローゼン氏!」
チェックスカートが叫ぶ。

「ああ、ローゼン氏!!」
復唱が起こる。

かーん、かーん。

チェックスカートが、声を張り上げた。
「カンカンチョーの鳴く夜に!」

復唱も、声を張り上げた。
「カンカンチョーの鳴く夜に!!」

「ぐふふふふ」
子供がにやにやした。
「『カンチョー』だって。うひひひひ」

かーん、かーん。

「カンカンチョーの鳴く夜に!」
「カンカンチョーの鳴く夜に!!」

「カンカンチョーの、鳴く夜に!」
「カンカンチョーの、鳴く夜に!!」

「ちがう!」

チェックスカートが、叫んだ。

「ちがう!!」

復唱が、こたえた。

「ちがう!!」
チェックスカートが叫んだ。

「ちがう!!!!」
復唱が返した。

チェックスカートが、紙束を地面に投げつけた。

「ちがうの!」

地面に膝をつき、両手に顔をうずめた。

「ちがうの!! 」

チェックスカートが芝生に広がった。

「昨日と同じじゃ、だめなの!」

子供が老婆を見上げて言った。
「おばあちゃん、あの人泣いてるの?」

「じょうずだねえ」
老婆がこたえた。

チェックスカートをひるがえし、天狗役が走り去っていったあと、
復唱は、もう起こらなかった。

(続きはこちらです)




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