短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(22) クリスマス嫌悪同盟トーキョー支部
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いや。
俺はクリスマスが好きだ。
だって、サンタさんが来るんだ。
プレゼント持って。
しゃんしゃんと。
俺は待っている。
まだ待っている。
俺のところにサンタさんが来るまでクリスマスは終わらないでほしいと思っている。
クリスマスイブのその日、俺は「利害関係調査委員会」で仕事があった。
日給3万円の仕事二日目。
つまり、その日退勤時間までいれば俺は6万円になる。
俺は3万円よりも6万円のほうを好むタイプだから仕事は休まない。
休んだら、沼田やニックに、なにを言われるかわからないし。
何も言わせないために俺は仕事に行く。
そして3万円から6万円になる(社会保険料&税含む)。
俺はサッピかれたりはしない。
しかし、問題があった。
クリスマスなのでエモ山活動も忙しくあるべきだった。
だって、クリスマスだよ。
クリスマスといえばエモ。
エモだエモだ。嗚呼エモだ。
エモツイートの書き入れ時というか書き出し時だ。
エモってエモって5万人のフォロワー様たちから「嗚呼いいね」をもらわなければならない。
「俺、忙しいからさ。サッピかれたくないからさ」
パソコンの前に座るエゴ山の肩に手を置き、俺は言った。
「ツイート、エゴ山君、おまえが書いといて」
女の体をしたエゴ山が、俺の顔を俺に向け、ニヤリとした。
「ひっひっひっひっひ」
エゴ山が、肩をひくつかせた。
「ひっひっひっひっひっひっひっひっひっひ」
肩から下の、女の部分も揺れていた。
俺はまず、昨日脱いだワイシャツのにおいをかぎ、まだ大丈夫か確認した。
大丈夫だ。
俺は昨日脱いだワイシャツを羽織りながら考えた。
サンタさんが、いつか、俺になにをくれるかと、考えた。
俺は夢想する。
俺は布団で目を覚ます。パチッと目を開けて、ぐぐぐぐうっと伸びをして、瞼をゴリゴリゴリゴリ掻く。
あたたかい布団から、まだ出たくなーい、と寝返りをうつ。
そして気づく。
枕元に置かれた赤い包みに。
俺は布団を跳ねのけて、飛び起きる。
枕の前に正座する。
赤い包みをじーっと見つめる。
ハッと振り向いて、玄関を見る。
ハッと振り向いて、朝日差し込む窓を見る。
俺の狭いアパートは、2ハッと振り向けば、すべてが見える。
昨日と何も変わらない部屋。
違うのは、この赤い包みだけ。
窓を見たまま、俺は耳をすます。
空の遠くに、なにか音が残っているか、しばし耳すます。
スズメがちゅんちゅん鳴いている。
スズメがちゅんちゅん鳴いている。
スズメがちゅんちゅん鳴いている。
そして俺はもう一度、赤い包みに目を落とす。
つやつやしてやがる。
モノクロームの俺の部屋で、赤い包みがリボンが、輝いている。
俺は震える手を伸ばす。
両手でそっと持ち上げて、壊さないよう、包みをそっと胸に抱く。
俺はその包みを開くことが、できないでいる。
「じゃ、行ってまいります」
俺はアパートの玄関を出た。
インディゴブルーの冬の空。
俺は天気予報を見ないけど、きっと昨日の予報では、この空を予告していただろう。
俺は青空を疑わない。
俺はスズメを疑わない。
俺はこの現実を疑わない。
サンタさんも疑わない。
俺は冬の空気を腹いっぱい吸い込んだ。
俺の空っぽの腹で、空気をあったかくしてから吐き出した。
そして俺は、自分が歯磨きを忘れてアパートを出たことに気づき、立ち止まる。
俺は青空を見上げ、口内細菌について考えた。
社会というものについて、考えた。
歯磨きを忘れた俺がもしも、このまま社会を前進すれば、この道が俺を、どの世界線に導くかを考えた。
このまま行けば、俺は一日中自分の口臭を気にしながら社会に相対することになる。
俺は考えた。
歯磨きをしないで社会に出ることについて考えた。
「利害関係調査委員会」コピペ部濾過課。
歯磨きをしなかった俺は、ポッポやのように寡黙に業務に入るだろう。
口内細菌は、増え続ける。
「おはよう」
いーだ課長が俺に声をかけるだろう。
「おはようございます」
俺も挨拶を返すだろう。
いい人そうだから決して口にはしないだろうが、いーだ課長は、きっと思うだろう。
「今日のエモ山君の息は、ちょっと臭いな」
口内細菌は、増え続ける。
俺も俺で「いーだ課長は俺の息を臭いと思っているかもしれないな」と気にしながら無口になって仕事をしなければならないだろう。
口内細菌は、増え続ける。
で、もしかするといーだ課長のことだから、やけに口をきかない俺についてあれこれ考え始めるかもしれない。
「今日は勤務二日目だけど、エモ山君、この仕事をもう辞めようと思っているんじゃないのかな」
そしてつかつかと歩み寄ってくるかもしれない。
俺のことばをすぐ近くで聞くために。
俺は考えた。
このまま行けば、俺はいーだ課長を「疑い」に変えてしまう。
俺はいーだ課長を「疑い」にしたくなかった。
「疑い」ってのはほんとうは怖いんだってことを俺は知っている。
「信じてるつもりで、実は信じてなかった」という醜い現実をむき出しにしてしまうことを知っている。
「ほんとうは、ずっと信じてなどいなかった」という事実を剝き出しにしてしまう。
「疑い」が生じる時点で、現実というザクロの実の厚い皮がぱっくり割れ「実はまったく信じることができてなかった」という赤い粒粒がむき出しになってしまう。
ザクロの赤い汁で顔中をびたびたにしながらそれを齧るいーだ課長を俺は見たくない。
俺にはその難所をスルー出来る胆力がない。
「ああ、そうだよ」
この道は、いつか来た道。俺は、くるっと振り返り、元来た道を引き返した。
「そんなもの、いかようにもごまかせるじゃんひっひっひ」
キーボードを叩きながらエゴ山が言うのを耳にしながら、俺は歯磨きをする。
「『疑い』ってロマンじゃん、大人のオモチャじゃん、気持ちいいじゃんひっひっひっひ」
俺がエゴ山に言い返さないのは歯磨きしてるときに喋ると白い泡が飛ぶからとかの理由ではない。
「もーどーりーたいー
もどれーないー
きもちうらーはーらー」
と、すっきりした口で歌いながら俺は再びアパートを出た。
「あーそーびーならー
まだまーしよー
すくわれるーかーらー」
ポケットでスマホが鳴った。
俺は立ち止まりスマホを耳にあてた。
ニックからだった。
俺は空を見上げ、ニックのキーキー声をしばし聞く。
そして俺は、静かに答えた。
「それはちょっと、できない相談っすね」
ニックがキーキー言い出す。
「おめー何言ってんだよ、今日、イブだぞイブ」
「イブ?」
俺は頬をポリポリ掻く。
アパートの女がそばにいないのに、俺の体にむずがゆさが走った。
「今夜予定入っちゃってさ」
ニックがニヤニヤ声で言った。
「いろいろ準備があるからさ、おまえなんかに仕事教えてる暇、ないんだよね」
「予定ですか」
「そう。床屋とか」
「床屋」
「服も買いに行かなきゃ。ジュエリー買いに行かなきゃ」
「なるほどですね」
俺は空を見上げた。
ニックは急にひそひそ声になった。
「ねえ、『4℃』って、まだイケてる?」
俺は空を見ながら頬を掻く。
そんな問いに対し俺が答えを持っているわけないじゃないか。
しかし俺の沈黙に、ニックは批判を感じ取った。
「イブだからだよう!」
ニックは叫んだ。
おまえにはイブかもしれないが俺は違うんだ、って言ったらもっとこじれるだろうから俺は言わなかった。
ニックのイブなんかどんなイブであっても俺にはどうでもいいイブ、だいたいイブって言えばなんか通じるだろうとハナから思ってそうなことがムカつくし、どっちにしてもニックのイブなんてたいしたイブじゃねえと俺は踏んでいるのでこんなつまらぬことに自分時間を使いたくないと俺が感じていることを、もしもニックに悟られたらもっともっとこじれるだろうからそれもけして言わない俺は。
「だからですね」
俺は静かにニックにこたえた。
「俺は、急に休暇とかは、いらんのです」
俺は6万円になりたかった。
イブだろうが何だろうがプールでタモで砂をかっさらって俺は日給を3万円増やしたかった。
「いらんのです」
「きいいいいいいい!」
ニックが電話口でキレた。
「空気読めよ、流れ読めよエモ山よお!オメーが休まネーとこっちが休めねんだボケカスが!」
「はあ」
「イブは、お休みいいいい!」
「しかし」
「今日は、お休みいいいいい!」
通話はぷつりと切れた。
じゃ、どうしよっかな、って考えたんだがアパートに戻る気はなかった。
「くーちーびーるでーふさがーれたー
むねがつぶーやーくー
わたしーから サヨナラをー
いわせるつもり?」
歌いながら俺は、シャッター商店街へと向かった。
屋根のある商店街は朝日を遮って薄暗く、タイルの床にはそこで夜を過ごしたホームレスの段ボールとぬくもりが残ってはいたが、しかしそれももうすぐ消し去られる。
北風に。
人間に。
俺は商店街を進み、豚キムチに思いをはせていた。
いや、豚キムチを俺にふるまった、駄菓子屋女子兼バー情念チーママのあの女について考えていた。
北風のせいかな、なんか会いたくなっちゃったって感じで。
って、言おうかなー、と考えていたが、口に出すのは別のことばだろう。
「あの時の豚キムチ代を、お支払いに」
みたいなこと言って、ウーロン茶とか頼んで、ちびちびやるのさ。
しかし心配もあった。
朝なので「バー情念」はやってないんじゃなかろうか。
が、「バー情念」には商魂があった。
店の前には長テーブルが置かれ、パックに入ったチキンが並べられていた。
「クリスマスチキン 1本1000円」
店の扉があいていた。
俺はちょっとドキドキした。
情念のチーママが、俺を覚えていないかもしれないと思った。
あまね君ほどの天才が忘れるくらいの俺を、情念のチーママ程度の頭脳が記憶できるはずがないような気がした。
でも俺は扉を抜け店に入った。
なんでかって言うと俺はチーママに対する自分を「疑い」にしたくなかったから。
チーママが忘れてたとしても、俺はあの豚キムチを忘れないから。
疑いの醜さを直視すると人間の目は潰れるけどAIってこういうとき役に立つよねー。
本人が直視したくなさそうなとこをうまーく正当化してくれるもんねー。
俺はAIじゃないから、もしもチーママが俺を忘れていた場合に口にすべきことばを考える。
店の外を指さして、
「あのクリスマスチキンを、一本下さい」
って言えばいい。
「らっしゃい」
店のカウンターで、チーママが、宇宙の目を上げて言った。
チーママのやつ、髪型を変え、ショートカットになっている。
トナカイさんの角のカチューシャなんかもつけている。
「あっす」
俺は頭を下げ、床を見ながら考えた。くそう、かわいいじゃねえか。
そして俺は泣きそうになる。
「あ、50円玉」
と、俺を見て、チーママが言ったからだった。
「でね、ボカー思うんですよ」
店には先客がいた。
「クリスマスなんてものはね、ぶっ壊したればいいと」
窓のない店の壁に、丸くて薄い大きな影がふたつ。
店のソファには男が二人いて、朝っぱらから間接照明の淡い明かりに揺れている。
「あれはもう、なんつーかですねー、文化をですね、壊します」
ぼそぼそ話すひとりはパーマ頭で派手なスーツを着た男。
その隣で背中を丸めてる男は、赤べこみたいにヘッドバンギングしていた。
ヘッドバンギング男が、ちらりと俺を見あげ、すぐに目を伏せた。
そして壁にうつる影が、ヘッドバンギング。
パーマ男の水割りが、間接照明を反射して、揺れながら輝いていた。
「座れば?」
チーママが、カウンターからソファを指さして、俺に言う。
そのひとことで、俺はその場に崩れ落ちるようにソファに腰を下ろす。
くそう、魔性の女め。
「でね、ボカー思うんですよ」
グラスを手に取りながら、パーマ男が続ける。
「クリスマスってのはですね、うまくできてましてですね」
カウンターからチーママが出てきた。
「ビール?」
宇宙の瞳で俺に尋ねた。
俺はチーママの目に見とれた。
耳に見とれた。
ショートカットからのぞく耳の輪郭をふちどる薄い皮膚が通す、間接照明の光に見とれた。
くそう、耳まできれいときてやがる。
「あ、ウーロン茶で」
俺はチーママにこたえた。
栓のすでに開けられた、何度も洗われて、ちょっと古びているような細いガラス瓶に満たされたウーロン茶であっても、チーママが注ぐなら、俺はそれをごくりと飲む。
「いわば、精算日なんですね」
パーマ男が話し続ける。
「締め日です。選別日です。イブになにをしているか、それで人間の価値を決めるです」
ヘッドバンギングシャドウが揺れる。
「イブに誰といるか、孤独じゃないか、どこにいるか、で価値を決まるわけですよ。ボカーそれがゆるせない。こんなもの、信じてはならんです」
パーマ男の姿を遮るように、チーママが、俺の隣に腰かけた。
「お菓子食べる?」
チーママが、赤いブーツに菓子が入ってるやつをテーブルに置いた。
俺はチーママ越しに、パーマ男をのぞき見る。
パーマ男の前にはクリスマスチキンが置かれ、赤いブーツも並んでいる。
「すがりつかせるですよ。焦らせるです。イブまでに、誰か見つけなきゃならんと」
パーマ男は地獄耳に任せ、俺はチーママの目を見る。
「結果を出させ、落胆させた後、なだれ込ませるわけです。正月に。で、もう一回、もう一回と、やり直す。繰り返させるわけですよ」
パーマ男の話を地獄耳で聴きながら、俺は思った。
さっき歯磨きをして、ほんとうによかったな。
だってこんなに近くにチーママが来ても、俺は自分の息のにおいを気にしなくていい。
「クリスマス、許すまじ。ぶっ潰せ、クリスマス」
パーマ男の声がして、かちん、とグラスがかち合う音がした。
「ということでね、今日のこの日にですね、あなたをお選びしてですね、お呼びだてしたわけなんです」
ヘッドバンギングシャドウが揺れた。
かちん、とグラスがかち合う音がした。
で。
俺はそのあとこいつらと、ちょっとあった。
なぜならば、チーママとウーロン茶を飲んでいた俺のひとときに、酔っぱらったパーマ男が、グラスとチキン持って入ってきたから。
で、パーマ男は、スーツの胸元から名刺を出して、俺とチーママに一枚ずつ渡した。
名刺にはこう書いてあった。
高速思考芸術家 ドエム
それがこのパーマ男の名前だった。
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