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短編ドラマ「名もなき主役たち」第19話「焼き鳥メモリーと繰り返す会話」

換気扇が、ラジオのチューニングみたいな音で唸っている。その下で、タレの焦げる匂いが、じわじわ満ちていく。

先輩と焼き鳥屋に来るのは、久しぶりだ。というか、この店は初めてだった。道路沿いに遠慮がちに佇む、のれんも看板も控えめな店。こじんまりした店内は、予約なしでは入れなかったらしい。

「初めての店って、ちょっと緊張するな」
先輩はそう言って、卓上の箸袋をくるくると指先で転がす。

先輩は、今年で65歳。俺は61歳。気づけば、付き合いももう30年を超えた。

新聞記者になって5年目のこと。大学の同窓会に顔を出したら、向かいの席に座っていたのが先輩だった。当時は、経済雑誌の記者。バリバリやってた。

いまは、自分で雑誌を立ち上げて、社長兼インタビュアー。肩書きは変わっても、聞き出す腕は相変わらず——というか、あの“質問攻め”は今も健在だ。

「俺が会社辞めたときの話、したっけ?」

出た、いつもの掴み。

「たしか……2年前、串カツ屋で聞きましたよ」

「そうか。じゃあ、創刊のときに心が折れた話は?」

「それは、蕎麦屋でした」

「……お前、グルメマッピングで記憶すんなって」

俺は笑う。でも実際、そうなんだ。店の空気ごと、あのときの話が浮かんでくる。焼き鳥が運ばれてくるときの湯気と、先輩の声は、いつもどこかでセットになってる。

「話ってのはな、繰り返すたびに味が出るんだよ」
そう言って、先輩は届いたばかりの串を一瞥する。

皿の上で、串が「パチ…パチ…」と小さく音を立てる。ときどき「ジュッ」と弾けて、湯気の中にタレの香りがふわりと立つ。焦げた甘さに、炭のほろ苦さが混ざっている。熱が、顔の右半分だけあったかい。

「で、国防とか、どう思う?」

「教育、今のままでいいと思うか?」

「“餌米”って言い方、あれ地味に終わっとるやろ」

「あと、“インボイス”って言葉、もうちょいマシにできんかったんかな」

“世の中回顧録”みたいな会話。でも、話し方は不思議と軽やかだ。

「で、お前はどう思うん?」

俺は、にやっとしてグラスを持ち上げる。

「それ、前にも聞かれました。串カツのときに。新聞社辞めて3ヶ月経った頃です」

俺はいま、完全な物書きだ。記事もコラムも書く。たまに依頼で企業の取材もする。でも“正社員”という看板を外したことで、文章は少しだけ自由になった気がする。

「そういや今度、八ヶ岳登るけん」

「ああ、また山に登るんですね。登りながらインタビューしたい人とか、出てきました?」

「うーん。今回は友だちとふたりで。何も喋らずに登ってみようかと思っとる」

たぶん、見たいのは“答え”じゃなくて“余白”なんだろう。何かを証明したいんじゃなくて、輪郭だけを感じたい。この先、自分がどこまで歩けるのか。誰とも喋らずに、確かめたいのかもしれない。

「毎日、似たような情報、似たような議論、似たような結論。飽きるよな」
「でも、飽きんってことが、実は強さかもしれん」

先輩はそう言って笑った。ジョッキの泡が、しゅわしゅわと音を立てて消えていく。

ふと、隣のテーブルを見る。たぶん初対面同士だ。一人が饒舌で、もう一人は笑顔で聞き役を演じている。グラスの氷が、時折カランと鳴る。

そのまた隣では、70代くらいの男性2人が焼酎の水割りを片手に将棋の話。

「歩の意味を、最近よう考えるとよ」
「“進むしかない”けんね。あれは……うん、切ないよ」

煙の向こう、誰もが“同じ話”をどこかで繰り返してる。でも、それが“会ってる”ってことなんだろう。話が止まらないってことは、まだ話したいことがあるということだ。

俺たちはまだ“次”を話している。
けれどその“次”が、あと何回あるかは、わからない。
それでも、わからないまま笑えるのは、たぶん今がまだ“途中”だからだ。

店のラジオから、昭和歌謡のイントロが流れてきた。曲名は思い出せそうで出てこない。でも、懐かしい“匂い”だけは、ちゃんとそこにある。

「じゃあ、次いつ飲む?」

「たぶん、また新しい店で」

「その時はまた、国防からな」

「焼き鳥と一緒に、ですね」

ふたりで笑って、串を一本ずつつまんだ。

俺は、レバーを見つめたまま、少しだけ言葉を足す。

「……たまには、違う話もしましょうか。焼き鳥の順番、変えてみるとか」

先輩は一瞬黙って、それから苦笑いした。

「お前、それ言うってことは……何か変わったな」

俺は笑ってごまかした。そして先輩も、ちょっとだけ目を細めた。

炭火は厨房の奥で、静かに燃えている。

繰り返しって、案外いいもんだ。
でもその“繰り返し”に、少しだけ新しい風が混ざったら、それはもう、昨日とは違う今日なんじゃないかって気もする。

夜の空気は、雨あがりの湿気をほんのり残していた。6月の夜は長く、まだ少しだけ、話せそうな気がした。

焼き鳥が焼ける音の向こうで、また誰かが同じ話を始めていた。
でも今度は、少し違う“終わり方”になるかもしれない。
次に会うとき、先輩は何の話から始めるだろう。
その問いに、答えがなくてもいいと、今は思えている

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※本作に掲載している写真は、記事のイメージに基づいて作成したものです。
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