短編ドラマ「名もなき主役たち」第22話「続・続・好きだったかもしれない」
火曜の夕方。ベンチに腰かけた男は、スマホの画面をじっと見つめていた。
手は止まっているのに、画面には“再生”の三角が何度も押された跡が残っていた。もう4回目のラストシーン。観たところで、なにが変わるわけでもないのに。
“続・続・最後から二番目の恋(最終話)”。
この“続・続”ってタイトル、あらためて考えると強引だ。
でも、続けたかったんだろうな、あのふたりの時間も、人生も。
……こっちだって、終わった恋に“続・続”つけたくなる夜がある。
「……“いつか一緒に暮らしましょう”って、未来を渡す言葉だよな」
誰に向けるでもなく、声に出してしまった。
その瞬間、左側の空気がふわっと揺れる。
白い紙カップを両手で持った女が、無言で隣に座った。
“こんばんは”も“ここ空いてますか”もなしに、まるで最初からそこにいたみたいに。ベンチにふわっと広がるコーヒーの香り。
「観た? 最終回」
女の声は、湯気みたいに静かで、けっこう近かった。男は少し間をおいてうなずく。
「うん。昼休みに、冷やし中華すすりながら」
「泣いた?」
「泣かないって……でも、あの“すっぴんのあなたがいる暮らしがしてみたい”は、ちょっとやばかった」
「でしょ」
カップのフタをくるくる回す彼女の指が、癖になっているのがわかる。きっと何百回も同じ仕草をしてきたんだろう。
「さ……“好きって言うの、めんどくさいんだよ”って和平が言ったときの重さ、わかる?」
「うん。あれ、歳と人生の分だけ響くんだよ。若かったらたぶん言えない」
「あとさ、“怖さが薄くなったら一緒に暮らそう”って、あれ、ズルいようで優しいよね」
「うん。でも、“別に……いいよ”って返す千明のほうがかっこよかった」
ふたりの会話は、たぶん第三者には意味が通じない。でも、こっち同士には刺さる。そのズレと通じ合いのあいだに、ちょっと笑いが生まれる。
「私さ……あのふたりの関係、“素敵”って思いながら、ちょっとしんどくなるときある」
「なんで?」
「昔、“一緒に住む?”って聞かれて、“いや、荷物多いし無理”って断ったことあるの。……本当は怖かっただけなのに」
「俺は、“言わないで終わった”から、今でもあれが正解だったのかわかんない」
男はそう言って、鼻の頭をかいた。ちょっと汗ばむ夕方の風が、首筋を撫でていく。
スマホには触れないまま、前を歩く女子高生の制服のリボンが、赤い魚みたいに揺れていた。
場所を移して、カフェ。エアコンの風が足元だけ強くて、ジャズが変なバランスで流れてる。ベースだけが妙に聞こえて、ピアノが遠くて、ドラムは行方不明。
「この前さ、“また観たいな”って言われただけで、ちょっと泣きそうになった」
「ドラマの話?」
「ううん、人間の話。“また”って言葉、弱ってると沁みるね」

「俺は“すっぴんのあなたがいる暮らし”って聞いた瞬間、元カノの寝起きの顔、浮かんじゃってさ」
「それ恋じゃん」
「いや……恋未満。和平と千明の“続いてないけど終わってない”の、もっと手前」
「それ、いちばん中途半端なやつ」
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。だけどこの沈黙は、重くない。コーヒーとジャズと、ちょっとだけ“自分たちは悪くない”と思える空気がある。
「言ったほうがよかったのかな。ちゃんと」
「……言わなかったからこそ、今の自分があるってこともあるじゃん」
「どっちだよ」
「知らない。でも……千明も言ったし。“ちゃんと大好きです”って」
女がマスク越しに笑った。それが本音なのか冗談なのか、はっきりしないのがよかった。
コーヒーを飲み終えて、彼女が立ち上がる。リュックの肩紐をぐっと引き上げて、視線が合う。
「またどこかで」
「また月曜の夜に、同じドラマ観てるかもな」
「そしたら、また感想言い合えるね」
「……ちゃんと“観た”って言える人生にしような」
彼女が笑って、出ていった。残された紙ナプキンがカップに半分だけ挟まっていて、それが妙に“エンドロール”っぽかった。
男はスマホを取り出して、ラスト3分を再生する。
あの「すっぴんのあなたがいる暮らしがしてみたい」が、今度は少しだけ違って聞こえた。
「……“好き”とかより、“一緒にいたい”ってことだよな。きっと、ずっと」
男はそう言って、スマホを伏せた。
手のひらに残った温もりが、それきりなのか、それからなのか――わからないまま、カフェのベース音だけが、妙に鮮やかに響いていた。
※本作に掲載している写真は、記事のイメージに基づいて作成したものです。
※📢Xでも更新のお知らせや執筆裏話をつぶやいています。
よければこちらもフォローしてね → )@avi_aramis
▶︎連載中👉『名もなき主役たち』
▶連載中👉「 人生、風景経由」
▶︎ 更新通知が欲しい方は「フォロー」+「スキ」お願いします📩
▶︎ 感想やお気に入りの話は、ぜひ #名もなき主役たち でつぶやいてください
📚私がこれまで書いてきた本たち 〜人の生き様を描き続ける理由とは〜
本と記事はここをクリック
