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短編ドラマ「名もなき主役たち」第29話「とり皮と友情と俺たちの流儀」

湯けむりの奥に、“あいつ”がいる気がした。会話に混ざるわけでも、視線を向けてくるわけでもないけど──このぬるい湯の、温度のどこかに、ちゃんと居る。そんな夜だった。

「……もう7年やね。旅立って」

「早かよ。カレンダーめくる間もなく一年終わるもん」

「去年の分、めくらんまま今年来たけんね、俺」

「あるある。たぶん今が令和何年かも曖昧やし」

笑いながら、湯に背中を預ける。なんとなく、湯の重さも、その沈黙も、ちょうどいい夜だった。

毎年恒例の温泉旅行。予定も誰が仕切るでもなく、いつの間にか「今年もやるやろ?」って空気になる。

誰も名前では呼ばない。幼稚園のときのあだ名か、中学の部活名か、体型由来のいじり名か。この年齢になると、“名前”っていうより、“生き様のタグ”みたいなもんやけんね。

チェックインして、「一杯だけ」って言ったのは誰やったっけか。気づけば五杯。「風呂で汗かけば帳消しやけん」とか言いながら、風呂上りに、ワイン、ハイボール、焼酎と飲む無限のループ。敷きっぱなしの布団の上、足を崩して、コンビニのつまみに箸つけながら、最後は焼きそばをシェアするまで話題は尽きない。もちろん、あいつの話を中心に話は続く。

あいつは、博多の有名な焼鳥屋の大将だった。…でも俺たちの中では、もっと色んな顔を持っとった。生徒会長で、野球部の頭脳で、真面目すぎて、ちょっとズレてて。でも、一番筋が通っとった。

そんなやつが、“皮だけで勝負する”って言い出したときも──俺ら、実はちょっと納得しとった。

誰かがぽつりと言う。

「……でさ、あいつ結局、“とり皮”しか焼かんかったんやったっけ?」

「違うっちゃ。他も焼いとったよ。でも“しか”じゃなくて、“だけ”。“だけ”を選んだんよ、あいつは」

「よう言いよったもんな。“皮の仕込みは人生”って」

「酔っぱらいの戯言かと思ってたけど…本気やったんやろな、あいつは」

「博多のかわ焼きを明太子みたいに文化にする、ってな」

「観光客が列作っとったもん。“皮10本ください!”って」

「皮は“首が命”って言いよったよな? ちょっと怖いけど、今考えると、哲学やったな」

「裏で“モツもいける”って俺にだけ教えてくれたしな」

「また出た、“耳打ちモツ”」

「うるさいわ。もう“焼き鳥都市伝説”やんそれ」

──笑ったあとは、自然としんとなる。この“間”があるから、毎年来れるのかもしれん。

今年はちょっと特別だった。全員が還暦越えて、“そろそろちゃんと、あいつのこと語ってもよかろう”って、誰も言わんけど全員が思っとった。

──で、兄貴が来てくれた。

二つ上。あのサッカー部で、昔は伝説的に悪かったって聞いとったけど、いざ会ってみたら、むしろあいつそっくりで驚いた。

「……あ、そういえば兄貴も、生徒会長やったんよな」

「そうそう。“生徒会長兄弟”っちゅう肩書きが家の表札に書けるレベル」

「それでか。道理で、“皮しか焼かん”とか言い出すわけやわ。筋通すDNAやったとばい」

兄貴は今はもう丸くなって、“年輪”って言葉がちゃんと似合う、いい人だった。

「こうして弟のこと、今も思い出してくれて……ありがとな。店出したあとも、新聞配達して、寝る間も惜しんでやりよったけんな」

誰も返せんかったけど、誰かがグラスを軽く鳴らした。それでよかった。

「俺なんか皮食いすぎて通風やけんな」

「医者にも“もうやめてください”って言われたけど、逆に進行したわ」

「“追い皮”で悪化したん?」

「俺の関節、もはや神社やけん」

「何やそれ“関節の神”かいな」

全員腹を抱えて笑った。

で、またいつもの話。

「昔さ、あいつが……」

「出た。“昔あいつが”シリーズや」

「でもさ、毎年ちょっとだけ違うっちゃ。“くしの角度”が微妙に違う」

「そろそろ“角度年表”作る?」

「“くしの向きで語る追悼録”。誰が読むとそれ」

酔いもまわって、笑い声だけが響く。それすらも少しずつ小さくなって、照明を落とした。

旅館の布団って、ちょっと重い。でもその重さが、落ち着く。

誰かが暗がりで言う。

「……また来年も来れるかな」

「来るって。来んかったら、“皮冷めとるぞコラ”って怒られるけん」

「ほんま、冷めた皮には、めちゃくちゃ厳しい男やったけんな……」

部屋は静まり返る。でも不思議と、寂しくない。布団の端っこ、一人分、空けてあるけん。

言葉にせんでも、全員わかっとる。「そこに、あいつが寝とる」っていう“空気”になっとる。

人生のルートはバラバラ。就いた仕事も、守った家庭も、背負ったもんも違う。でも、語るのはいつも、あいつや俺たちのこと。

同じ話を、毎年ちょっとだけ角度変えて。焼き加減とタレの濃さを、思い出の分だけ調整しながら。

来年も、たぶん、同じ話をする。

それでいい。それがいい。

それが、俺たちの“続き方”やけん。

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※本作に掲載している写真は、記事のイメージに基づいて作成したものです。
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