星よりひそかに (BL) ショートショート
冬木はなんだか、あまり元気がないようだった。いつもなら、溌剌と同僚とあいさつを交わしたり、飛び出すように外回りへ行くのに、最近はそういった覇気がない。
一体どうしたのだろうと田辺は気になっていた。
そのうち休みがちになり、姿を見かけない日が多くなる。
「ちょっと様子を見てこい」
という上司の一言で、田辺は冬木の家へ向かった。
彼の家はワンルームの小さなマンションの一角だった。
「……」
ドアを開けた彼は、驚いた顔をしている。
「この頃よく休んでいるから気になって」
「そうなんですか… ありがとうございます」
見舞いの品を渡し、帰ろうとすると
「せっかくだから上がっていってください」
と招かれた。なら、少しだけと部屋へ入る。
中はわりと綺麗にしているようだ。勧られたリビングのイスにかけ、なんとなく見回していると
「どうぞ」
とコーヒーを渡された。
「すまない。……わりと元気そうだな」
「ええ、まあ。ご心配をおかけしました」
「明日は来れそうか」
「たぶん」
「よかった。──じゃあ待ってるぞ」
と、席を立つ。
「もう帰るんですか」
「顔を見に来ただけだから」
と返し、職場へ戻った。
次の日、彼は出勤したが、週末が近づくとまた休みがちになる。次の週も3日ほどしか来なかった。
田辺は心配になり、その後も何度か見舞いに行く。
家での彼はいくらか元気そうではあるが、どことなく何か気がかりがあるように見えた。けれど、それほど親密ではないため、それ以上は踏み込むのをためらった。
***
その日も、始業時間の数分前に、冬木は欠勤の連絡を入れてきた。
「……おい、いい加減にしろ!」
電話に出た課長がめずらしく声を荒らげる。そして、ガシャンと乱暴に受話器をおいた。
「田辺、ちょっと行って見てきてくれ」
仕方なく彼はその日の仕事の予定を変更し、冬木の元へ向かう。
彼の家に着いてチャイムを押すが、返事がなかった。ノックしても反応がないので、ドアのレバーを押してみる。どうやらカギがかかっていないようだ。
「すみません……」
中に向かって声をかけてみた。応答はないが、何か物音がする。
どうしたのだろう。少し不安になった。
「どうかしました?」
――リアクションはない。
「……失礼します、」
思い切って断りを入れ、部屋に上がった。バスルームの方で人の気配がする。そのドアを開け、様子を伺った。
「冬木……いるのか?」
「…入らないでください」
なんだか苦しげな声が聞こえる。――やはり具合が悪いんだろうか。
「どうした。病院に行くならつき合うぞ」
と、中を覗き込んだ。
洗い場に、彼がうずくまっていた。
その周りには可憐な薄い桃色の花が、こんもりと山になって積もっている。
「これは……」
驚いて、その花にさわろうとした。
「ふれないで……!!」
彼が鋭い声で制止する。田辺はビクッとして動きを止めた。
「それにさわると、発病します」
彼が口をぬぐいながら言う。
「発病……?」
「花吐き病です。誰かに恋をすると、花を吐くようになる」
田辺は言葉を失った。
「すみません、隠していて……」
彼はスーツを身につけている。もしかすると出社する直前に発作が起きたのかもしれない。
「これは、治るのか?」
咲き乱れている花々に、目を奪われながら問いかけた。
「ええ。でも、俺のはたぶん治りません」
あきらめたような表情を浮かべながら、彼は答える。
「なぜ?」
彼は沈黙したまま答えない。
「――花を処理しますので、すみませんがいったん外に出てもらえませんか」
田辺は仕方なく、言われるままリビングで彼を待った。
結局その日は、嘔吐して疲れた彼をベッドに寝かせて職場へ戻った。
***
彼の症状はかなり進行しており、今ではひんぱんに花を吐いているようだ。
両想いになれば治るらしいが、つきあいたいとか告白したいという気は全くないらしい。
なぜだろう?
田辺は相手が誰なのか、しだいに気になってくる。
見舞いに行くと、彼は時おり複雑な視線をこちらへ投げかけてきた。あれは、どういう意味なんだ──
それから何日か経った後、職場の廊下で彼とばったり会う。
「今日は元気そうだな」
「おかげさまで」
にっこりと笑うその顔は、前に家で会った時と違って生き生きしていた。いつもこんな感じだといいんですが、と頭を掻いている。
ちょうど昼時だったので、一緒に食わないかと食堂へ誘った。
「今日はわりと食べられそうです」
彼はカツ丼を頼み、田辺は焼魚定食にした。テーブルに向かいあって席につく。冬木はいただきますと言うが早いか、丼をガツガツとかき込んでいた。
「症状がおさまっているならよかった」
「それ以外は平気なんですけどね」
頬をふくらませながら、咀嚼している。喉に詰まらせないだろうかと少し気になった。
「ちゃんと食えているのか?」
それとなく聞いてみる。
「ええ、まあ。死なない程度には」
なんだか不穏なセリフだな……
食べないと治るもんも治らないぞ、と注意しておく。はいはーい、と調子のいい声がかえってきた。
「……なあ、お前が気になっている奴って」
ビクリ、と冬木は身をふるわせる。
「もしかして俺か…?」
彼はしばらくの間何も言わなかった。周りのざわめきだけが耳に入ってくる。
「……いいえ」
ようやく口を開くと、なぜか悲しげな表情で口元に笑みを浮かべながら彼は言う。
「…残念ながら」
残念ながら、とはどういう意味なのだろう。
田辺はその言葉の意味を考えてしまい、その夜はなかなか眠りにつけなかった。
***
それから幾日か経った後、田辺は冬木と一緒に家路へついていた。その日は仕事が長引いて日付が変わってしまったので、タクシーで帰ろうとしたら、彼も残業で残っていた。
それで、田辺の家の方が近いからという事で、なんとなく彼を泊める流れになった。
仕事が立て込んでハードだったので、家につくとざっとシャワーを浴びただけで、2人とも倒れるように眠ってしまう。
――田辺は服を着ていなかった。そして、なぜか自分が自分ではないような気がする。身体は確かに自分なのに、どことなく他人のような感じだった。
彼の下で、冬木があえいでいる。体をうねらせ、息を乱していた。
田辺は彼を抱きしめ、何度も中で達する。
彼は幸せそうな表情で冬木を見つめ、
「じろうさん…」とつぶやいた。
それは田辺の一つ下の弟の名前だった。
その名前を聞いた瞬間、田辺はすべてを理解する。
弟は、少し前に事故で亡くなっていた。
……そうか。俺は一度だけ、別の部署だった弟を冬木に会わせた事がある。そして彼は恋に落ちたのだろう。だから俺を見ている時、なにか言いたげだったのか。あれはきっと俺の中に、あいつを重ねていたんだろう。
己の道化っぷりがあまりにも滑稽で、思わず笑いだしそうになる。
彼は歯を食いしばり、冬木をきつく抱きしめた。
「うれしい……」
冬木は彼の背中に手を回す。
けれども、それは田辺にではない。
絶望に心が沈んでいった時、次第に意識が浮上していくのがわかった。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「夢か――」
横を向くと冬木がとなりで眠っていた。やすらかな呼吸をしている。そっと手をのばして頬にふれた。
「ん……」
身じろぎをするが、まだすぐには目覚めそうにない。
しばらくその寝顔を見つめていた。
と、彼のそばに一輪の花があるのに気づく。
それは、輝くように白い百合の花だった。
白銀の百合を吐くのは、片想いが成就したという証だ。その事に気づいた田辺は、おもむろに身を起こす。
その頬に、ツーッとひとすじの水滴が流れておちた。
しばし沈痛な表情を浮かべていたが、ゆっくりと手をのばして花を取る。
そのひとひらの花弁をシャク、とひと噛み口に入れ、飲みこんで体内へとおさめた。
了(3191字)
ショートショート集『いつか君と遠く離れても』 1話から↓
