見出し画像

グリムの城のお茶会

 その喫茶店は最寄り駅まで電車に乗った後、バスで何区間か行ったところにあった。車で行った方がいいような奥まった場所に建てられている。
 まるで中世のお城のような外観で、名前もそれに沿った名称を冠していた。
 そんな辺鄙へんぴなところにあるのに、おとぎ話のように緑のつたに覆われた美しい建物と、素晴らしく美味しいコーヒーや紅茶を出すので、評判になってひっきりなしにお客は来るのであった。

 その店はケーキやデザートもさることながら、コーヒーや紅茶もとてもこだわりがある。
 種類もたくさんあるだけでなく、コーヒーか紅茶のどちらかを飲むと、過去や未来の幸せな夢が見られるという噂がまことしやかに囁かれていた。
 そしてそれは日替わりのため、どちらを飲めば見られるのか店主でも分からないという話だ。

  今日もそこへ若い一組の男女が訪れる。おとぎ話に出てくるような木造のドアを開けて入店し、内装のフレスコ画やおもむきのあるランプなどに見とれながら黒塗りのテーブルにつくと、執事を思わせる制服に身を包んだ女性が上品にメニューを差し出した。

「いらっしゃいませ」
 女性の客はどうも、と言いながら、それに目を通す。どれもいい値段で四けたは下らない。内心驚きながらどれにしようかと思案する。

 レー、オイレ、シュランゲ、紅茶は正山小種ラプサンスーチョンなどあまり見慣れない文字が並んでいて
「どのコーヒーにしようかしら…」
と思わずつぶやいた。
 するとホールを回っていた先ほどの店員が
「もしよろしければ、こちらはいかがでしょう」
と指し示す。

 そこには
『ルワンダの雫』
と記してあった。
「ルワンダ… たしか悲しい歴史のあった…」
と言うと
「ええ。けれど、今は急成長して素晴らしい進化を遂げ、『アフリカの奇跡』と呼ばれています。
 この製品は福岡にある喫茶店と提携ていけいして、ルワンダのコーヒー豆を取り寄せています。
 そのお店でオリジナルにブレンドした豆を、ここでも使わせて頂いています」
と解説した。その喫茶店のそばには、ウユニ湖のような美しい湖があるらしい。

「それは素敵ね。じゃあ、それをお願いします」
と彼女はオーダーする。

「じゃあ僕は紅茶にしようかな。
 このスリランカのキャンディというのをお願いします。それとアップルパイを」
と頼んだ。

「かしこまりました」
 店員はほほ笑んで、静かにその場を去る。
 店内はしんとして、他にもお客はいるけれど、ささやき声だけが時々聞こえるような心地よい空間だった。

「こんな素敵なお店が近所にあったなんて」
と女性は男性に言う。
「まあ、少し外れの方だけどね」
とほほ笑んだ。店内には雑誌や本もあって、くつろげるようになっている。
 少し肌寒そうに女性が肩をすくめていると、別のウェイトレスが
「よろしければこちらをどうぞ」
と赤が基調のチェックの膝掛けを差し出した。

「…ありがとうございます」
 さりげない細やかな心遣いに、日頃の疲れが癒やされていく。足にかけると、毛糸の暖かさが体を包んでくれるのを感じた。

「本当にいいお店ね」
「だろう?」
と男性はウィンクする。
「メニューも素晴らしいけどな」
 女性はクスリと笑った。
 サイフォンがコポコポと音を立てている。それに耳を傾けていると、少しずつ心がほぐれていくのが分かった。

 やがてウェイトレスが注文の品を持ってくる。お待たせいたしました、と順々にサーブしてくれた。
 金色で縁取られた水色の美しいカップと、黄色と青の可憐な花が描かれているカップだ。
「カップも素敵…」
 女性はほれぼれとそれを見つめた。
 温かい湯気とともに、いい香りが漂ってくる。ひと口飲むと、フルーティーな味が広がった。
「砂糖やミルクを入れなくても飲みやすい…」
とつぶやく。コーヒーの苦味があまり感じられない。すっきりして、何杯でも飲めそうな感じだ。
 彼女は瞳を閉じ、香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ──

 ふと気づくと、目の前に数人の子どもたちがいる。
「どうしたの? ゆまちゃん」
と一人の男の子が聞いた。
 彼女は笑って
「ううん」
と答える。
「あっちへ行こう」
と手を引かれ、少し大きな広間に連れていかれる。そこはさんさんと日の光が降りそそぎ、その下に描きかけの大きなキャンバスが置かれていた。

「早くやっちゃおう」
 そう言って、彼らは続きを描き始める。彼女も近づいて、筆を取った。皆思い思いにキャンバスに筆を乗せている。

 彼らは同じ幼稚園の生徒だ。彼女よりちょっと大きい男の子は太陽を、最初に声をかけた男の子は土星を、もう一人の女の子と一番小さな子は月と星々、そして彼女は宇宙飛行士とロケットを描いている。
 彼らは卒園制作で一枚の絵を描いていた。

「もう少しでできるね」
 土星を描いている子がゆまに話しかける。
「うん、楽しみ」
 ゆまはそう言って、その子に笑いかけた――

 目を開くと、男性が少し不安そうに彼女を見つめていた。
「大丈夫?」
 ウェイトレスが笑みを浮かべながら優しく尋ねる。
「いい夢が見られました?」
 女性はぱちぱちと瞬きをすると、ほう、と息をつく。そして
「ええ、とっても」
と満足そうにほほ笑んだ。
「それはよかった」とウェイトレスが返す。

「…本当に、素晴らしいわ」
 そう言うと、ゆまはもうひと口飲んでため息をついた。

                  了



#なんのはなしです珈

お話に出てきたコーヒーはこちら↓

美味しかったです。ごちそうさまでした✨

いいなと思ったら応援しよう!