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レイナアブソルータ〜フローレス・デ・イベリア#2第二章バザールへ

第二章 バザールへ

トレドへ

「バザールだ。早く、早く」
 クラウディアは、思わず腹をトントンと優しく打ち、馬の足を早める。
 人が、たくさんの人が向かっていく。
 その先にあるは、砂漠の彼方から届いたばかりの極彩色の天幕が、視界を埋め尽くす。バザールだ。
 その熱気がこちらまで伝わってくる。
 クラウディアが、興奮した様子で、
「ヒメノ。うわー、風に乗って香辛料の香りまで。お腹すいたね」

「全くです。朝食抜きなんて〜」

「ヒメノ、なぜ、ちゃんと食べてこないのだ。クラウディア様が出発するのはいつも早朝だ。それにどんなに急いでも昼過ぎにしか着かない。毎度、何回、同じことを言えば気が済むのだ」

「そんなエマヌエルは、食べてきたんかよ」

「私か? 其方みたいに、食にあまり執着はないのた。腹はそんなに減らんから、食べてはこん。ただ、こういうモノはある」
 と言い、アーモンドの炒ったものを隠しからだし、齧る。それをヒメノが物欲しそうに眺めた。
 エマヌエルは、苦笑いを浮かべ仕方なさそうに、それをヒメノに放り投げた。アーモンドを受け取ったヒメノは、
「どうせ俺は、無芸大食ですよ」
 そうアーモンドを齧りながらプイと、顔を背ける。
 それを全然悪いと思っていない口調で、クラウディアが、
「ふふふ、ごめんね。私、早くバザールに行きたいからね」
 と無邪気に笑った。すると、エマヌエルが、

「クラウディア様、今日は、何度も言いますが、この間みたいに余計なお節介を焼かないでくださいね。本当に、トレド中、追いかけ回されて大変だったのですからね。今回は小さなバザールですから、あまり余計なことをすると、出禁を喰らいます」

「エマヌエル、間違いよ。私はディアです。エマヌエルの言いたいことはわかったから」

 そう言うクラウディアの服装は、清潔だけどその辺の町娘と変わらない服、麻のブラウスに皮のチュニックを着てスカートは馬に乗りやすいようにオーバースカートに切れ目が入っている。見えない肌着だけはウールだった。

「そうでした。クラウディア様はトレドの学者をたぶらかしたとかで、有名ですからね」
 そう言うエマヌエルをクラウディアは睨み、ぷーっと頬を膨らます。
 そのあどけない顔で、放つ言葉は、全くもってあどけなさなど、どこ吹く風なのかという感じだった。
「私は、人をたぶらかしてなどしておりません。トレドの学者はカスティーリャに来たいと言うので、私の荘園の市民権を与えただけです」
 そう、クラウディアを慕って、数ヶ月前にトレドの若手学者が数名、カスティーリャにやってきたのだった。
 それは、エマヌエルが言った、トレドを街中追いかけ回された時の話だった。
「全く不可解なことでした」
 そうエマヌエルがこぼす。

トレドで大騒ぎ

 クラウディアが、大きな声で、
「私は間違ったことを言ってないわ。それはシナの品じゃないでしょ。多分、南の小国のモノ。でも細工がいいからめっけもんよ。と言っただけよ。なんで本当のこと言ってはダメなのよー」
 と、モラサベ人の商人に、追いかけ回されながら反論していた。
 丁度、そこを歩いていたひとりの学者先生が、クラウディアの言葉を拾った。
 すると、
「店主、その品を見せてくれ」
そう言い、その店主を止め、その商品をしばらく見聞した後、
「これはいくらだ」
 そう聞き、その場で店主の言い値で買った。
 その後、少し遠くから眺めていた3人のところに、その学者先生がやってきた。
「其方がカスティーリャのじゃじゃ馬姫か?」
 と不躾に聞いてきた。
 その態度に、クラウディアは偉そうに、
「人に訊ねる時、そんな言い方はないと思うわ。じゃじゃ馬姫にご用意なの? それともクラウディア・ゴンザレス・デ・カスティーリャにご用なの?」
 と聞くと、その学者先生は、笑いながら、
「ククク、噂以上に其方は面白い。私が話を聞きたいのは、クラウディア・ゴンザレス・デ・カスティーリャ様だ。要件は、カスティーリャで学者を集めていると聞いた。私でもよろしいか?」
 なんて言いだした。それをクラウディア様が、
「私が欲しい学者はねえ、本を読むのが好きな人ではないのよ。本から得た知識を私と一緒に考えて、色んなモノに変えられる人なの。例えば、私の荘園ではこちらの植物をたくさん植えて育てているわ。でもうまく育たない。当たり前よね。気候、環境が違うからね。職人たちもいるわ。その者が、ものつくりに悩んだ時に、書物からの知識を授けて欲しいの。職人は文字が読めないからね。あと、私に語学を教えて欲しいの、書物が読めるように。そしてカスティーリャは貧乏よ。お金はないわ。でも可能性はあるわ。それでも良くて」

「ああ、望むところだ。トレドの学者たちは、本の中に生きていると、思われているならそれは誤解だ。私は、実験ばかりやっている。この品の出所はどうして分かった?」
 そう学者先生は、先ほどの工芸品を撫でながら訊ねてきた。
「それは、以前バザールで同じ物を、シナの芸術的なモノを見たわ。それよりは荒いけど、これは嫌な荒さではなかったわ。模倣品だとしたら、もっと稚拙な感じよね。これはあの物と同じように心を惹かれたわ。だから、その作者の会心作ではと思ったの」
そうクラウディアがこたえれば、
「クラウディア・ゴンザレス・デ・カスティーリャ。私イサアク・ベン・サロモンをカスティーリャにお連れください」  
 とその学者は膝をついて、クラウディアに最高礼の挨拶をしたのだった。

 クラウディアは、その日、そのままその学者をカスティーリャに連れて帰ってきた。
 そして、その後、トレドから数人の学者がカスティーリャに渡ったのだった。
 それから、トレドでは、
「カスティーリャのじゃじゃ馬姫が、トレドの学者をたぶらかしたらしいぞ。その者たちはカスティーリャに行っちまったそうだ。なんであんな田舎にって、いっちょる。それも、ひとりじゃねんだ。幾人もだ。全くなんちゅう小娘だ」
 と、そんな噂が流れたのだ。
 また、トレドの街で大騒ぎを起こした上で、その日のうちに学者先生を、カスティーリャに連れてきたことで、父と兄に「考えなし」だと、大目玉を喰らう事になり、しばらく、荘園にも行くことを禁止されてしまったのだった。

反省という名の蟄居

 荘園からでないと、アル=アンダルスは遠い。

 ブルゴスの城からトレドまでは、往復一週間というかんじだ。
 そうなると荷物も多くなり、お忍びという感じにはならない。下手すると騎士団が道中を守ることになる。
 そんな整えられた視察では、上辺の景色しか見えてこない。
 お忍びでトレドへ向かう彼女には、譲れない流儀がある。
「自分の足で土を踏み、自分の目で人々の熱気を見つめてこそ、物事の芯にある真実を感じ取れる」
 そう固く信じているのだ。
 クラウディアは、バザールでの買い食いがしたいがため、そんな大義名分を作ったのではない。
 バザールの喧騒の中で、気ままに買い食いをすることで、見えてくるモノがある。料理方法、使われている香辛料。食材。そんな人が興味を持たないコトをモノを見ることで、これから何を作って売ればいいのか肌で分かる。
 そんなことを、気ままに自分の思い通りにやるために、ディアになるのだ。
 だから、彼女は愛馬と共に、夢の地であり、目指す形であるトレドに通うのだった。

 反省という名の蟄居を命じられ、城で引きこもって覇気のないクラウディアを見ていた兄サンチョが、クラウディアのその姿を見て憐れだと、父に取り直してくれた。
 やっとお許しが出た。荘園までならということになった。

 荘園まで来てみると、件の学者たちは荘園に、もう馴染んでいて、農夫の格好をして、畑を耕してきたり、職人街で、職人に色々とアドバイスをしていたりした。

 クラウディアはしばらくの間、大人しくその学者先生たちと、様々な課題の解決に取り組み、時間を過ごしていた。
 さあ、そろそろ城に戻ろうとなった時だった。キャラバンがやってくるという話が舞い込んで来た。
 クラウディアは、エマヌエルに、誠心誠意、お願いしまくった。そして、遂にエマヌエルが折れた。
 もう絶対に面倒ごとを起こさないと約束させられて、バザールにきたのだ。
 もちろん、城には内密でバザール行きを決行した。

「さあ、着きました、ディア様。まずハビエルの所に行ってからですね。そこで馬を預けましょう」
 そうエマヌエルが、言い馬から降り、交易所を目指す。
「えっー、私、お腹空いたから、先にご飯を食べてからでいいでしょう。うわー可愛い、ラクダたちもいる。なら馬ぐらい平気よ」
あれほど約束してと言いそうなエマヌエルが、声を発する前に、
「さあ、ヒメノ行くわよ。お腹空いたんでしょう」
そう言い、馬からするりと降りる。バザールの喧騒に、馬を連れたままクラウディアは向かってしまった。

バザールにて

「ハビエル! ハビエルはいるか! 大変だ!姫様がいなくなってしまった」
 そこは、バザールの入り口付近の交易所。
 まあ有体にいえばバザールの口入れ屋だ。バザールにはキャラバンがくる。中には貴重な香辛料や金銀という共通貨幣とかもあるだろ。それらを両替したり保管したりする。またバザールでの揉め事請負人でもある。キャラバンなんて荒くればかりなので揉め事は、おかわりがいらないくらいなのだ。 

 ここを仕切るのは、この辺の商いの顔役のハビエル・ガブリエル。マグレブ人の彼だ。
「あっあ? 誰だ、偉そうに俺様を呼びつける奴は? おっとエマヌエル様じゃないか? どうした」
また何か面倒ごとかー、とやれやれという態度のハビエルが仕方なさそうに訊ねてきた。
「クラウディア様が迷子になってしまった。今日は城門の外だ。姫様を知らないものも多い。豪商の娘姿だ。拐かしが心配だ。あれほど、サンチョ様より重ねてのご指示を賜りながら、このような失態を…」
 今にも、どこかへ走って行きそうなヒメノのを押さえながら、告げた。ハビエルは、やっぱりという感じで、
「まあ、待ちなあ。そんな遠くに行ったわけではないだろ。姫様なら、きっと中央広場だ。屋台がたくさん出ているからな。ここに寄らないくらいにお腹を空かせているのだろ。オイ、ちょっと見てこい」
 そうハビエルが配下のものを広場に向かわせる。
「すまない。俺が馬に気を取られて、いやお腹空いたなど言わなければ良かった」
 エマヌエルに襟首を掴まれながら、ヒメノがそう言えば、
「しかない。この人混みに馬など連れて入るなど、無理なのだから。お止めできなかった、自分のせいでもある、お腹を空かせていたのは、姫様もご同様だ」
 そうこうしているうちに、配下のものが戻ってきたが、なんか顔色が悪い。ハビエルに耳打ちして、ハビエルも目を丸くしている。
「あっしは嘘なんてつきやせん。あの『青の護衛』たち……間違いねえ、南のカリフの影だ。あの目つき、こえ〜っ」
 と、何か怯えて、支離滅裂な分からなぬことを喚いている。ハビエルは手下に手を振り、
「まあいい。下がれ」
 そう命じると、真剣な顔で、
「ちと、まずいことになっておいでです。エマヌエル様」


※この物語のガイドブックを作ったので、時代背景や出てくる人物のモデルなど書いてあります。良かった、物語をより深く楽しむことができると思います。リンクつけてあります

前編
後編

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