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冥府への玉座 第6話

第1章 混沌の世界への誘い

5.未知の国への招待状

 ポーランツ王子は、もう14時間も眠り続けている。
漆黒の騎士ケネスは、ポーランツ王子がこのまま目を覚まさないかもしれないという悲しみにも安堵にも似た気持ちで彼の寝顔を見続けていた。
ポーランツ王子が目を覚ました時、逃亡しないよう見張る必要があると主張し傍にいることができている。ラナキュスには完全に見透かされているようだった。

(ソレル。きっとお前だって彼の碧くやさしい瞳にふれたら、深みに嵌ってしまうはずだ。だから、ポーランツ王子は伝説の人になったのだ)

 穏やかに眠るポーランツ王子の寝顔を見つめながら漆黒の騎士ケネスは、戴冠式の前夜、月明りの中でのポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスとの情熱的な光景を思い出し、そっとポーランツ王子の柔らかな巻き髪に触れた。

(あのように狂おしいほど、お互いを必要とする関係を目にするのは初めてだった。なぜかしら私は、同じ顔を持つヴァイス、お前に嫉妬した)

 赤子を見るようなやさしい眼差しをポーランツ王子に向けたまま、漆黒の騎士ケネスは彼の肩を強く抱き寄せた。
「あのようには、求めてはもらえないのでしょうね」

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 ペヒナーゼ、鼻と呼ばれる番人がいる小さな出窓から番人が覗き込んで漆黒の騎士ケネスに誰何すいかした。
「これはブロンデン卿、今お戻りで」
 漆黒の騎士ケネスはコクリと軽く頭を下げて城内へ入った。

 ラシエナガ城は広く大きな城のため、家臣たちが住まう居館パラスはかなりの規模がある。主君であった亡きアドルフ国王の部屋はすぐにわかるが、喪に服している今夜まではポーランツ王子は別の部屋にいるはずだ。だが、近衛兵が扉の前にいる場所に違わない。
 まずは別棟に向かい、この白装束をはぎ取らねば、月明りに反射し白馬の騎士ヴァイスに見つかってしまう。漆黒の騎士ケネスは歩をはやめた。
ラシエナガ城の構造はキャリコダウン国の執政ソレル・ラナキュスに聞いていたので完璧に頭に入っている。別棟のひとつの部屋に入り、真っ白なサーコートを脱ぎ捨てた。
 部屋から出た漆黒の騎士ケネスは、礼拝堂の扉をあける。亡きアドルフ国王が埋葬されている礼拝堂へ入ると空気が一段と重く感じられた。漆黒の騎士ケネスは祭壇の前へ行きひざまずく。そして天を仰ぎ、十字をきった。
 礼拝堂の回廊を抜ければパラスだ。漆黒の騎士ケネスはパラスの壁をよじ登り窓の外から一つ一つ部屋の中を確認していった。

 暗い部屋の窓の下、ひとつになった影。
天井まで届く窓から差し込む月明りに照らされ、碧く妖艶に光る瞳を漆黒の騎士ケネスは見た。ポーランツ王子だ。その身体を母親のように包み込み守っている白馬の騎士ヴァイスの姿が見えた。
「王子、震えていますね。お寒いのですか?」
 座った状態で後ろから抱きしめている白馬の騎士ヴァイスは、その腕をせばめ身体をさらに密着させた。そのようなことができるのは、よほどお互いを信頼し合っているか、お互いを求め合っているかだ。
「恐ろしんだ。王になるということが」
 ポーランツ王子は震える声で言うと、瞼をふせた。巻き髪のような長いまつ毛が濡れている。星の光のようだと窓の外から見つめる漆黒の騎士ケネスには感じた。
「王子なら大丈夫です。この国を、いえ、この世界を変えられます」
 白馬の騎士ヴァイスの言葉を聞いてポーランツ王子は、自身を抱きしめている白馬の騎士ヴァイスの腕に手をおいた。
「ヴァス、今夜ぐらいは敬語はやめてくれ。昔みたいに友として接してほしい。お前の前でなければ、己をさらけだせない。お願いだ」
 ポーランツ王子の思いを受けて白馬の騎士ヴァイスは彼の首筋にそっと唇をあてた。
「わかったよ、ポーリー」
 ポーランツ王子はふせていた顔をあげた。そして、ゆっくりと瞼もあげていった。高く上がっている月の光が、碧く透明なサファイアのような瞳に差し込んでいく。差し込まれた光はポーランツ王子の瞳に取り込まれていく。
「本当に恐ろしいのは、ペルセウスがすべてを飲み込んでしまうのではないかということ」
 白馬の騎士ヴァイスは沈黙していた。何か言葉にすれば余計にポーランツ王子を不安にしてしまうと思った。
「だから……ペルセウスが来る前に、あの宝冠を破壊する」
 ポーランツ王子の発した言葉に動揺が隠せない白馬の騎士ヴァイス。それは窓の外で二人のやり取りを見ていた漆黒の騎士ケネスも同じだった。
「だから……ヴァス。お前の力を借りたい」
 そう言うとポーランツ王子は立ち上がった。ポーランツ王子の裸体が月明りに照らされ浮かび上がった。
 厚い胸板と割れた腹筋、無駄な贅肉を一切そぎ落としたかのような美しい姿だった。
「宝冠を破壊できなかった場合。私のいのちを奪ってほしい」
 そしてポーランツ王子は、長い毛並みの絨毯の上にうつ伏せになった。その広い背中、引き締まった腰、丸く上がった臀部。そのすべてが神々しかった。
 薄暗さとともに静寂が続いた。
「お前にしか頼めない……お願いだ」
 やっと絞り出したような声で懇願するポーランツ王子。
 白馬の騎士ヴァイスは立ち上がると、覆いかぶさるように静かにポーランツ王子を抱いた。
「……わかった」

 抑えようもない恐怖と不思議な感情を抱いて、ベルクフリート主塔へ向かう漆黒の騎士ケネスは、計画を変更せざる得ないと思った。早急に執政ソレル・ラナキュスに伝えなければ、全世界の至宝を失うことになる。

 満月が過ぎて何日目かの月が、切なそうに鋼のような青みがかった灰色に輝く雲の中へ隠れていった。

 


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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