冥府への玉座 第7話
第1章 混沌の世界への誘い
6.戦のはじまり
サンタスタスクの村は、昨日ラシエナガ城であのような惨劇があったとは思えぬほど、平穏な村だった。
白馬の騎士ヴァイスは、このサンタスタスクで2、3日休み、左腕の傷を癒そうと考えた。
かすかな記憶として残っているラナキュスという名。モンティ卿が伝えたことが本当ならば、あの偽大司教がラナキュスである。
白馬の騎士ヴァイスがフォン・カール王家にきた5歳の時から、ハフェンベルグ王国の顔役として君臨していたような名。顔ははっきりと思い出せないが、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスが愛した美しき王妃、テレサの命を奪った者の名だということだけは知っている。
白馬の騎士ヴァイスにはもう一人気になる男がいた。
馬上からポーランツ王子をさらい、白馬の騎士ヴァイスに傷を負わせた漆黒の騎士。
(なぜ、いとも簡単に近衛兵の守りを突破できたのだ。なぜ、俺の名を知っていた?)
ここが宿泊施設なのかと疑われるほど、ひどい室内と食事にげんなりしながも、身体を休めなくてはと白馬の騎士ヴァイスは硬いベッドに横になっていた。
(ここにきて何度もケネス・レインブーネと呼ばれた)
ポーランツ王子にやさしく抱かれながら左肩の傷を癒した時のように、左肩からみぞおちにかけて巻いた包帯に赤黒く血が滲んでいる。
「漆黒の騎士……ケネス・レインブーネ」
細く小さなローソクの炎がユラユラと揺れている。
その小さく揺れる炎の中にポーランツ王子の姿を投影している白馬の騎士ヴァイス。
「傷つられたりしてはいないだろうか」
ローソクの炎が、すきま風に押されさらに激しく揺れている。その炎に投影されているポーランツ王子が、悶え苦しむ姿に変わった。
激しくユラユラと揺れていたローソクの炎が、突然〝ふっ〟と消えた。
「まずいぞ。奴にとってポーリーはただの道具だからな。早くこの手で取り戻さなくては」
翌朝、白馬の騎士ヴァイスは訝しる宿の主人に戦闘時の落馬による記憶喪失だと説明し、漆黒の騎士ケネスがいるキャリコダウン国の城がある場所を聞き出し向こうことにした。そこには白馬の騎士ヴァイスが計り知れない事態が待ち構えているかも知れない。今さらながら一人で来てしまったことは無謀だったかと、恐怖とも不安とも違った感覚がよぎった。
「ペルセウスが来る時までなどと、流暢なことを言っている場合ではないということだな。急ごうオリバー。東の空がポーリーの瞳のように深い青色に変わる前に」
白馬の騎士ヴァイスは愛馬オリバーに勢いよく鞭を打ち、小高い丘を一気に駆け上がっていった。
丘を登りきった先には、荒涼とした茶褐色の土地が広がっていた。時折、足元に薄緑色したタンポポのような草がロゼッタ状に葉を広げ、この荒れた地で精一杯生きていこうとしているのがわかった。
白馬の騎士ヴァイスは、遥か北北東の地平線の先に、廃屋のような城を見つけた。
(あれがキャリコダウン国の城なのか? あそこに、ポーリーは囚われの身となり、俺の助けを待っているのだろうか。無事でいてくれ、ポーリー)
キャリコダウン国の城は、屍蝋が浮き出したような不気味なほど静まりかえっていた。確かに人が住まわっていた痕跡はあるが、何年も前に忽然と消えたようにも白馬の騎士ヴァイスには思えた。
「ここではなかったか」
ローソクの炎の中で悶え苦しみ、煙とともに消えたポーランツ王子。
(考えたくはない。ポーリー、お前が死を迎えるなんてことを)
白馬の騎士ヴァイスは主塔へむかい、地下につながる揚げ戸を引き上げた。土牢が存在しているのだろうと思い、地下へ続く短い階段があった。階段を降りきると、そこには太い鉄格子のついた木の扉が半分開いていた。天井近くに明り取りのための小さな窓があり、部屋全体を見渡すことができた。
木の扉のそばにはサンタスタスクの宿にあったような硬くて小ぶりなベッドが置かれたあった。
「ここではなかったのか」
白馬の騎士ヴァイスが部屋から出ようとした時、ベッドの下に光る何かを見つけた。それは、フォン・カール王家の紋章が入ったポーランツ王子がはめていた指輪だった。
「やはり、ポーリーはこの城にいたのだ。ペルセウスが来るのを待つんだな、漆黒の騎士ケネス。所詮、貴様も欲望に生きる愚かな輩というわけだ」
フォン・カール王家の紋章が入ったポーランツ王子の指輪を自分の右手人差し指にはめると白馬の騎士ヴァイスは、わずかな光が入る小窓に目をやった。
「いにしえの、伝説の場所へ向かっているに違いない。もう何日かでペルセウスが北東の空にやってくる。急がねば」
白馬の騎士ヴァイスは愛馬オリバーに跨り、大きな屍と化したキャリコダウン国の城を振り返り眺めた。
(あの反乱ののち、何年もの間、この荒涼とした土地でこの機会を待っていたのか、ラナキュス。貴様の思い通りにはさせぬ)
再びオリバーのわき腹を力強く蹴り上げると白馬の騎士ヴァイスは、ペルセウスがやってくる北東へ向け勢いよく走り出した。
(貴様の野望、絶対に止めてやる。貴様の汚い願いのためにポーリーを犠牲にはさせない)
白馬の騎士ヴァイスを乗せたオリバーの土をける音が、ポーランツ王子が走り去った時の水面のような美しい空の色へと変わっていく北東へ流れていった。
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