冥府への玉座 第3話
第1章 混沌の世界への誘い
2.二つの結晶
ポーランツ王子が目覚めた時、激しい頭痛と視界の悪さで、この眩しさが陽射しの明るさなのか、月明りの明るさなのかわからずにいた。ポーランツ王子は重たい頭を抱えながらベッドから起き上がり辺りを見回すと、今自分がいるこの場所がラシエナガ城ではないことだけは確認できた。
「一体、ここはどこなんだ。どこぞの城であることには違いないようだが」
小さな窓に目をやりながら、ポーランツ王子は戴冠式での混乱を思い出していた。ポーランツ王子が気を失う前の白馬の騎士ヴァイスの身体は血に染まっていた。
「ヴァスは無事でいるだろうか。お前に何かあったならば、私ひとり、このような囚われの身で生きていくことなどできぬぞ。ヴァス、私は必ず戻る。必ず。だから、生きていてくれ」
硬いベッドのすぐ横にある太い鉄格子がついた木の扉が、ガチャガチャと言っている。
ポーランツ王子はすぐに身を守る物を探した。だが、裸のポーランツ王子には成すすべがなかった。ポーランツ王子はベッドの上に掛けてある毛布を腰に巻いた。
太い鉄格子のついた木の扉を開けて入ってきたのは、ポーランツ王子を眠らせた偽の大司教だった。
「やっと、お目覚めになりましたか。ポーランツ・フォン・カール1世。これから、いろいろとお忙しくなりますからな。今のうち、ゆっくりとお休みくだされ」
偽大司教がジリジリとポーランツ王子に歩みよって、彼の逞しい上半身を舐めまわすように見ている。ひと通り見ると、ニヤリとし再び口を開いた。
「名乗るのが遅れました。私は、このキャリコダウン国の執政、ソレル・ラナキュスです。おや? はじめて耳にするというようなお顔ですな」
ラナキュスが、ポーランツ王子の鎖骨から厚い胸、みぞおち、臍の先へとなぞるように人差し指を滑らせていく。思わず“ヒッ”と声をあげるポーランツ王子。
「私は、殿下のすべてを知っている。殿下が幼き頃より、お父上とともに戦ってきた者です。覚えておいでではないのも当然ですな。その頃の殿下は、本当に幼くあどけなかった」
ラナキュスは、じっとポーランツ王子の瞳を捉えている。
「殿下は、あの宝冠にふさわしい宝石の瞳をお持ちだ。あの反乱の時、抵抗せずポーランツ王子を差し出しておれば、お母上もお亡くなりになることはなかったと、心が痛みますぞ」
「き、貴様があの反乱の首謀者だったのか! 生きていたのか!」
ポーランツ王子は思わず目を見開いてしまっていた。
「哀れですな、あれから何十年と経っているとはいえ、この憎きソレルの顔を殿下も、白馬の騎士ヴァイスもお忘れになられるとは、幼きことは罪ですなあ」
ポーランツ王子は、己の不甲斐なさと怒りでうち震えた。
「それでは、これから殿下の新たな臣下になられる方をご紹介せなばなりませぬな」
ラナキュスは、怒りに耐えているポーランツ王子の背に向けて言った。
「新たな臣下だと? さっさと我が命を絶て」
「ご自身がよくおわかりでしょうに。世界征服のためには、あの宝冠のサファイアと、殿下の“その”サファイアが必要だということを」
とラナキュスは言い、鼻で笑った。
「だから、父が亡くなった、この時を待っていたというのか」
「そうです。あの伝えが本当ならば」
ラナキュスは一呼吸おいて、静かにつづけた。
「完全なるサファイア・ブルーの瞳を持つ者、完全なるサファイアの宝冠被りしき時」
「一天四海を手にいれし時」
と、扉の前に立っていた口ひげを蓄えた漆黒の騎士が言い放った。そして、深く被った帽子の奥からポーランツ王子を捉えている。
「殿下、紹介しましょう。これから先、わが国キャリコダウンでの戴冠式を終えるまで、このケネス・レインブーネ様が殿下の新たなるナイトとなります」
漆黒の騎士ケネスがコツコツと床を鳴らし、ポーランツ王子の鼻先まで近づいた。鋭い眼光がポーランツ王子の瞳に突き刺さる。ポーランツ王子は漆黒の騎士ケネスの鋭い視線に恐怖を感じた。と同時に懐かしさをも感じた。
漆黒の騎士ケネスが黒く大きな帽子を脱ぐと、小さな窓から差し込む光に照らされた金色の髪が現れた。口ひげこそあれど、その姿は白馬の騎士ヴァイスそのものだった。
「ヴァス!」
ポーランツ王子は思わす叫んだ。
そんなポーランツ王子の姿を見て、薄笑いを浮かべながらラナキュスが憎々しく言った。
「どうです。このケネスも白馬の騎士ヴァイスと劣らず、いい男でありましょう?」
ポーランツ王子は夢を見ているのだと思った。目の前にいる漆黒の騎士ケネスは血に染まった白馬の騎士ヴァイスそのものだったからである。いかなる時も白で統一してきたヴァスの服が血糊で染められ、どんどん赤黒くなり、しだいには漆黒となった。今、ここにいる男へと乗り移ってしまったのだろう。これは悪い夢を見ているにちがいない。
「さあ、ケネス様。名乗って差し上げたらいかがですか」
漆黒の騎士ケネスは、その鋭い眼光をポーランツ王子に向けたまま、口角を少し上げて冷めた微笑みを投げた。
「私は、貴方にお仕えするために、この時までお待ちいたしておりました。この城の当主、ケネス・レインブーネ2世です。ようこそ、キャリコダウン国へ」
「当主だと⁈ 当主である貴様が、この全世界を手に入れ神にでもなるつもりか!」
ポーランツ王子に罵倒されても漆黒の騎士ケネスは、視線を外すことなく言葉をつなげた。
「完全なるサファイア・ブルーの瞳を持つ者、ペルセウスが北東に出ずる空の下立ちし時、全ての命が永遠になる時。貴方のお力が必要だ」
深く碧く透明な湖のように美しい瞳を漆黒の騎士ケネスに向け、ポーランツ王子は彼を諭すように言った。
「ケネス・レインブーネ。お前は間違っている。いのちには終わりがあるからいいんだ。終わりがあるから思い出が作られる。花が美しいのも咲き終わることを知っているから美しく咲く。人が明日に希望を持つことができるのも、いつか来るであろう終焉があるからだ。いのちが永遠に続くのであるのならば、感情を持つ必要もない」
漆黒の騎士ケネスのアイス・グリーンの瞳に、ほんの少しだけ明るさが足されたようにポーランツ王子は感じた。
「何を馬鹿げたことをおっしゃってるのです。人は誰しも永遠の命と富がほしいのです。誰も終焉など迎えたくはないはずです」
そう言い切ると、ラナキュスは部屋を出ていった。
愁いを帯びた漆黒の騎士ケネスのアイス・グリーンの瞳が、じっとポーランツ王子の碧く深いサファイア・ブルーの瞳を見つめている。その時、ポーランツ王子は、彼の瞳の奥に白馬の騎士ヴァイスと同じ耀きを見た。
漆黒の騎士ケネスは帽子を深く被り直すと、太い鉄格子の付いた木の扉までコツコツと床を鳴らしていった。
扉の前で立ち止まり、何かを考えるかのようにうつむくケネス。
「貴方の考えの方が正しいのかもしれない。しかし、私はもう、何も失いたくはないのだ」
“バタン”と音がして、しばらくすると錠前がかけられた。
今しがた出ていった漆黒の騎士ケネスが、血染めの服に身を包んだ白馬の騎士ヴァイスの寂しげな後ろ姿を、ポーランツ王子には払拭することはできなかった。
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