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冥府への玉座 第2話

第1章 混沌の世界への誘い

1.消えた宝石

 この身を裂かれるような痛みは、左腕に負った傷の痛みなのか、ポーランツ王子を救うことができなかったことへの痛みなのか、白馬の騎士ヴァイスにはわからずにいた。
 夜空にぽっかりと浮かぶ寝待月を眺めながら白馬の騎士ヴァイスは、どこかで生きていてくれるであろうポーランツ王子を思いつぶやいた。
「この傷の痛みなど、お前が受けているであろう屈辱に比べたなら、毒虫に刺された痒みのようなものだ。ポーリー、お前に何かあったならば、俺はひとり、この国で生きていくこなどできぬ。必ず迎えにいく。必ず」
 白馬の騎士ヴァイスは、もっと鮮明に寝待月が見えるように窓から身を乗り出した。夜空に浮かぶその月は、ニッコリと微笑むポーランツ王子のように温かみを帯びていた。
「ポーリー、お前の柔らかな巻き髪は、あの月の丸みよりも柔らかい。お前の温もりは、あの月の光よりも心地いい」
 白馬の騎士ヴァイスは痛む左腕の傷を押さえ、ポーランツ王子の身体の温もりを感じていた。
「ポーリー、傷がとても痛むんだ。あの時のように癒してくれ」

 白馬の騎士ヴァイスは、暴漢に襲われ負傷した時のことを思い出していた。

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「ダメだ、ダメだ! 私の命令が聞けないのか!」
 ポーランツ王子はいつになく興奮していた。
「王子、無理をおっしゃらないでください。いくら警護を兼ねると申されましても、わたくしが王子のベッドで横になることなど、できませぬ」
 包帯姿の白馬の騎士ヴァイスを心配そうに見つめるポーランツ王子を納得させるため、勢いよく上着を手にとって言った。
「そうですぞ、王子。ヴァイスには職務を廃して自室で休ませるべきです。ご無理を申されますな」
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスを幼い頃より教育係として支えている家老のハイツが眉間にしわを寄せて言った。
「うるさいぞ。ヴァスは私のナイトだ。いかなる時も、私とともにおるのが職務ぞ。ハイツこそ自室に戻れ」
 家老ハイツはポーランツ王子のあまりの強引さに負け、しぶしぶ部屋をあとにした。
 白馬の騎士ヴァイスは痛む左肩を押さえつつ、ポーランツ王子のその無邪気さに目を細めた。
「なぜ、私のように目を細める必要がある」
 少し拗ねた調子で白馬の騎士ヴァイスを睨んでいるポーランツ王子。
「私は、お前の前でなければ目を大きく開くこともままならん。お前まで、そんな姿になってほしくはない」
 そう言ってポーランツ王子は、目を伏せた。
「人は、かわいいもの、愛しいものを見つめるとき、王子のように目を細めるのです」
 ポーランツ王子は白馬の騎士ヴァイスの言葉を受けて、ゆっくりと顔をあげた。
「私は、ヴァスを見ている時ぐらい大きく目を開けていたい。父が言うような人間に眼球を奪われないよう瞳を閉じたりしたくはない」
 ポーランツ王子は白馬の騎士ヴァイスを碧く澄んだサファイアの瞳で見つめた。
「熱があるのだろ、さ、早うここに横になれ」
 ポーランツ王子は白馬の騎士ヴァイスから上着を受け取ると天蓋へ誘った。白馬の騎士ヴァイスの左肩から胸に巻かれている白い包帯が、いびつなハートの形に赤く染まっていた。
「ヴァス、知っているか? 人の熱を取るのには、人の温もりが一番良いのだ」
 そう言うと、ポーランツ王子は自らも上着を脱ぎ、白馬の騎士ヴァイスが横になっているベッドに滑り込んだ。
「私も、何度かこうしてもらったことがある」
「お母上に、ですか?」
「ああ」
 仰向けになって横たわる白馬の騎士ヴァイスの傍らで、腕と足を絡ませ必死に抱きついてくるポーランツ王子。
「母上が、このようにしろと命じておられるのだ。ヴァスは貴方のナイトであると同時に、兄上なのよ、とよく申しておった。だから、このようなことをすることは、私自身の気持ちでもあるが、母上の思いでもあるのだ」
 白馬の騎士ヴァイスは天蓋上部に装飾された絵柄をながめていた。もう少し幼かった頃は、ここでよく二人で眠っていた。この天蓋の装飾をながめながら眠りにつくと、俺はひとりじゃないと思えた。
「兄上を傷つけてしまった」
 悲しそうな声音を漏らすポーランツ王子を見やると、美しいサファイアの瞳に憂いがおびていた。
「それならば、もっと早く熱が取れるように……こうしましょう」
 と言って、白馬の騎士ヴァイスは仰向けだった身体をポーランツ王子の方へ向き直した。
「こうやって抱き合えば、たくさん人の温もりが伝わりますよ」
 白馬の騎士ヴァイスが微笑みながら言った。ポーランツ王子は碧い瞳により一層の輝きを乗せた。
 ポーランツ王子は白馬の騎士ヴァイスの胸の中に顔を埋め、思いきり彼を抱きしめた。
「いつまでも、私の傍にいてくれ。ヴァス」
「どこにも行きませんよ」
 左肩の痛みも感じないほど、安らかな気持ちに浸る白馬の騎士ヴァイスは、右手でそっとポーランツ王子の巻き髪に触れた。
「ありがとう、やさしい君」
 白馬の騎士ヴァイスはポーランツ王子の栗色した巻き髪を指にからめながらささやいた。

 押さえていた左腕の傷が、またズキズキと疼き出し、ポーランツ王子がこの腕の中から消え去ってしまったことの深さを知る白馬の騎士ヴァイスであった。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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