【裁判傍聴記】江別大学生集団暴行死事件|第二章「間違いありません。」
「それでは、開廷します。」
裁判長の一言で、法廷内の空気が変わった。
805号法廷は静まり返っている。
傍聴席には約80人。
法廷内、左側には報道各社の記者。
法壇には3人の裁判官。
その正面には6人の裁判員。
この日、この法廷にいる全員が、これから一つの事件と向き合うことになる。
人定質問
最初に行われたのは、人定質問だった。
裁判長が被告人一人ひとりに問いかける。
「氏名は。」
「生年月日は。」
「住所と本籍は。」
川村葉音被告は落ち着いた口調で答えた。
「川村葉音です。」
声だけを聞くと、ごく普通の若い女性だった。
私は、その声に少し驚いた。
勝手に抱いていた「重大事件の被告人」というイメージとは違い、どこか幼さが残る声だったからだ。
瀧澤海裕被告も同様に質問へ答えていく。
一方、事件当時16歳だった少年Bについては、少年法による保護のため、氏名や住所などは法廷で読み上げられなかった。
裁判長は机上の書類を示しながら、
「机の上にある紙に、氏名、生年月日、住所が書いてあります。内容を確認してください。間違いありませんか。」
と尋ねる。
少年Bは短く、
「はい。」
と答えた。
続いて裁判長から、この裁判では実名を用いず、共犯者については**「少年A」「少年B」、被害者については「V」**と呼称して審理を進めることが説明された。
少年事件では、こうした配慮が取られることを私は初めて知った。
起訴状の朗読
裁判長が検察官へ視線を向ける。
「それでは、起訴状の朗読をお願いします。」
検察官が立ち上がった。
法廷には検察官の声だけが響く。
起訴状によると、被告人らは他の共犯者と共謀し、令和6年10月25日夜、北海道江別市文京台南町公園で、当時20歳だった被害者Vさんに対し、顔面や腹部などへ殴る、蹴るといった暴行を加えた。
その後、
「血付いたべや。弁償しろ。」
などと言って現金を要求し、財布、クレジットカード、キャッシュカードなどを奪ったとされている。
さらに、奪ったクレジットカードを利用してコンビニエンスストアでたばこなどを購入。
再び利用しようとした際にはカード会社が異常を検知し、利用停止となったため、詐欺は未遂に終わったという。
また、奪ったキャッシュカードを使用し、ATMから現金12万7,000円を引き出したことも起訴内容に含まれていた。
そして、一連の暴行によってVさんを死亡させたとして、
強盗致死
詐欺
詐欺未遂
窃盗
の各罪に問われていた。
検察官は終始、感情を交えることなく、起訴状を淡々と読み上げた。
しかし、その内容は極めて重かった。
法廷内は静まり返り、誰一人として物音を立てる者はいなかった。
「間違いありません。」
起訴状の朗読が終わると、裁判長は被告人らへ問い掛けた。
「今読み上げた内容に間違いはありませんか。」
川村被告は、
「ありません。間違いありません。」
瀧澤被告も、
「ありません。間違いないです。」
少年Bは、
「ないです。間違いないです。」
と答えた。
続いて、それぞれの弁護人も立ち上がる。
「公訴事実について争いはありません。」
3人の弁護人全員が、起訴内容そのものは争わないという姿勢を示した。
つまり、この裁判では、
「事件があったかどうか」
は争点ではない。
誰がどのような役割を果たし、どこまで刑事責任を負うべきなのか。
そして、どのような刑を科すべきなのか。
そこが、この裁判の中心になることが、この時点で明らかになった。
記者が一斉に動いた
その瞬間だった。
法廷内の記者席から、数人の記者が一斉に席を立った。
静かな法廷の中で、その動きだけが際立って見えた。
おそらく、被告人らが起訴事実を認めたことを速報として編集部へ伝えるためだろう。
重大事件の刑事裁判では珍しい光景ではないのかもしれない。
しかし、私にとっては初めて目の当たりにする光景だった。
ニュースでは数行で報じられる「起訴事実を認めた」という一文。
その裏では、法廷で確認が行われ、その瞬間を逃すまいと記者たちが走っている。
裁判は、法廷の中だけで進んでいるわけではない。
その一つひとつが、社会へ向けて発信されていることを実感した。
この裁判で争われるもの
起訴事実を認めた以上、この裁判は有罪か無罪かを争う裁判ではない。
裁判員6人と裁判官3人は、
被告人らが事件の中でどのような役割を果たしたのか。
誰が主導し、誰が同調し、誰が暴行を加えたのか。
そして、その責任の重さはどこまで及ぶのか。
これから約1か月にわたり提出される証拠と証言を基に、
一人ひとりについて判断していくことになる。
私はノートを開き、ペンを握り直した。
ここから、本格的な審理が始まる。
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