時空を超えて‥‥小説(世流寝狐4)
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「毒が回るまで二時間もかかったのに、何とかならなかったのかしら」
一係では良子が、デスクを拭きながら誰とも無しに呟いた。
「どうやら倒れた時の衝撃で、意識を失ったらしい。先月のように、雪が積もっていたら結果は変わっていたかもだけど」
合志は現時点の見立てを交えて、それに応えた。
「ふうん。と言うことは頭を打つまでは苦しんでたわけね……自殺じゃないかしら。自殺だったらほら、毒が自分の手に付くことだって考えられるじゃない」
良子が振り向いて言う。
「あんな所で?」
合志はただの自殺で片づけたくなかった。めったに無い抜擢なのだ。
「そう。苦しくてたまらずに、自分の指で掻きむしったのよ。もしかしたらあの場所、想い出の場所かも知れない」
良子はテーブル拭きを裏返し、そうよきっとと頷く。
こんな冬にわざわざYシャツ姿で死ぬ意味はなんだ――
合志は半信半疑で聞いていた。
良子は話題を変えて係長のデスクへ向かった。これ以上推理しない方が真実味が増すと閃いたからだ。
「でもいつも思うけど鑑識ってすごいわね、何でも判っちゃうんだから」
内野は、二人の会話を聞きながら先ほどから真剣な面持ちで考えていた。そして、ふとその顔を上げると訊ねた。
「合志君、その男性の体中の傷を、君は何だと思うかね」
「はい、被害者の傷は女性に引っかかれたものだと考えます」
それほど広くない部署を、つかつかと内野の席まで歩み寄りながら、そう応えた。
「しかし、それにしてはものすごい傷痕だと思わないか」
内野は、さらに聞く。
「よほど頭にきて無我夢中で引っ掻き回したのではないでしょうか。最近の女性は相当長く爪を伸ばしていますから」
と言うと、電話の位置を直す、良子の指の先を横目で見た。良子の爪も短くはなかった。
内野も良子の爪から目を離しながら、
「無我夢中ね……」
と呟いた。
するとすかさず手を止めて良子が口を挟んだ。
「あら、おかしいわ。もし殺人だとしても、それじゃ自分の爪に毒物を塗り付けて相手を引っ掻いたことになるのよ。頭にきてというような衝動的殺人じゃないと思うんだけど」
内野も良子の推理に同感だとうなずき、受話器に手をかける。
「そ、そうですね。うん、そうとも考えられます」
とり残された状態の合志は苦笑いを浮かべ、右手で頭を掻きながら、必死で二人の推論に入ろうとした。それから思いついたように、
「では係長、その肝心な傷について鑑識は何と言っているのでしょうか」
と合志は訊いた。
「それが君の仕事だ、早く鑑識に行って聞いて来い」
鑑識課の内線番号を押していた内野は、次の番号の代わりに、合志の鼻の先を指し命令した。眉間のしわが、さらに増えていた。
しまった、藪蛇だった――
合志は鑑識へ向かいながら、そう思った。
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