時空を超えて‥‥小説(黒いワンピース1/4)
SS(ショートショート) or 短編
黒いワンピース
どうしたんだろう──、今日も電話に出ない。
週末の土曜日、ついに須崎慶介の脳裏に最悪な場面が過った。慶介は意を決してテーブルの上の携帯電話と二つの鍵を掴んだ。襖の隙間から妻の美也子の寝息が慶介の両腕に絡みついたが、音を立てずに外へ出て、ドアに鍵を掛けた。早朝から気が遠くなる程の日射しを首筋に感じた。車に乗り込み、妻の大きな目が開かないように、いつもより慎重にキーを回し、クーラーを効かせた。
慶介は車を走らせて直ぐに、シャツのポケットから一枚の写真を取り出した。写っているのは、大学を卒業したばかりの慶介と知り合って間もない浅葱(あさぎ)の笑顔だった。慶介は小柄な体の浅葱に寄り添っている。
会いたい、もう一度……。
何となくバックミラーを気にしながら、二時間余り国道を飛ばした。記憶にある赤い屋根のたばこ屋から市道に入る。しばらくして車を山道の入り口に止め、そこから二十分程歩いた。汗が吹き出す。遠くに入道雲が居座っていた。時より強い風がつきまとうように吹きつけ、山草がカサッカサッと音を立てる。
あれだ──。
木々が途絶えた先に、数本の湯煙が見えた。目的の一軒宿に近づくにつれ、慶介の鼓動は、景色を過去へとすり替えていった。
浅葱と初めて出会ったのは、ちょうど七年前の夏。当時福岡S大の陸上部員だった慶介は、合宿のため大分の姫島にいた。それは全部員が一斉に島を周回するハードな練習を5日間繰り返す、陸上部の名物合宿だった。3年生で主力選手の慶介でさえも、3日目を過ぎる頃にはへとへとになっていた。
ようやく疲れた体がバーベキューと花火で癒された離島する日の前日、その夜はやけに波の音が気になった。繰り返される音は、慶介をバンガローから引きずり出した。胸の奥底では何かを期待していたのかも知れない。
すべてはランニング中に見かけた女性のせいだった。周回する他の部員がその女性を目にしていたかは分からない。ただ慶介には砂浜で夕陽を浴びる黒いワンピース姿の女性が頭から離れなかった。
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