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時空を超えて‥‥小説(世流寝狐18)


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 合志は運ばれたうどんを食べながら沖縄に居る母を想い出した。自分は小さい頃からわがままで、他の子供より素直にはいと言う回数が極端に少なかったように思う。遠くで働く事が多かった父は二ヵ月に一度帰って来れば良い方で、その分自分が母の力にならなければいけない立場だったが、それが理解できるようになったのは大学に入学してからであった。中学に入るまでは六畳に台所と板張りがあるだけの小さな借家に住み、母に対しては強く厳しいイメージを抱いていた。それから中学生になると同時に父の働きと母の貯蓄のお蔭で、それまでの三倍の広さの家に引っ越した。もちろん借家には変わり無かったが、この時新しい柱を手で撫でながら、ここがいいと言ったのを今でも鮮明に覚えている。子供ながらに何か幸せを掴んだような気がした。
 しかしその思いとは裏腹に、自分では全くコントロールのできない反抗期の中で、ますます父の仕事先は遠くなり母と二人きりの生活が多くなっていった。そしてあれは高校二年の時だ。母は力では及ばないと判っていながら髪を振り乱し、この首を絞めようとしたことがあった。原因は自分にあり、この頃は母に限らず回りの物すべてに対して逆らって生きていた。勿論母は本気ではなかったのだろうが、その瞬間は不思議な時間だった。死んでもいい、母になら殺されてもいいと思った。母が生んだ子だ、その母なら自分の子を殺しても許されると思った。だから抵抗もしなかった。心の底ではいつも謝っていた自分に初めて気づいたからかも知れない。そしてその頃から少しずつ近くに居る母をわずらわしく思うようになり、部屋に閉じこもることが多くなっていった。その分衝突する回数は少なくなったが、母にとっては口応えをするよりもっとつらい思いをしていただろう。
 曇り空の下を歩いている様な二人の日々が続く中、父が久しぶりに仕事先から帰る土曜の日だけは、それが違った。雲の切れ間から急に陽が射したように、母のすべてに力がみなぎり、てきぱきと家事をかたづけ父の車のクラクションの音に備えていた。もちろんこれは父への感謝と、妻としての役目を果していたのだが、そんな母を見るたびに、しだいに妻や母である前にやはり一人の女性なのだと感じるようになっていった。優しい言葉をかけてやらなければとも思った。(結局それは一人暮らしの大学生活が始まり、できずに終わったが)

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週末に少しずつ投稿する予定です。作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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秋下 左内(あきもと さない) 「背中を押してみるか」な~んて、ほんの僅かでもお気持ちが膨らんだらよろしくお願いします。貴方様の最大限のご支援は、目薬、クッション、栄養ドリンクなど、KEYを叩く力に代えさせていただきます。