【ドラマ感想】『バスカヴィル家の犬』と『ハウンド』
シャーロック・ホームズシリーズの中でも一番人気が高いと言われる、「バスカヴィル家の犬」。原作の面白さを底上げしているのは、個性際立つキャラクターとダートムーアという荒地ロケーションである。
221Bを飛び出したホームズとワトソンの冒険を、グラナダ版(「シャーロック・ホームズの冒険」)と現代版(「SHERLOCK」)がどう描いたのか。無謀にも、三作品の内容を感想を交えながらまとめてみた。
たくさんの人物が入り乱れるため、SHERLOCKの探偵と助手(ただ1人の友達)を「シャーロック」と「ジョン」。グラナダ版の探偵と助手(マイディア…♡)を「ホームズ」と「ワトソン」とする。
“バスカヴィル”に向かうまで
ポットの蓋に映り込むワトソンを観察しながら、「君は光の伝導体だよ……」なんてイチャイチャしているところに、おどろおどろしい依頼が飛び込んでくる。
依頼人は先ほどステッキを忘れて行ったモーティマー医師。デボン州で開業医をする男性だ。グラナダ版ではかわいい猟犬(キャバリア?)を同伴して221Bを訪問する。

犬とよい関係を築くモーティマー
モーティマー医師が持ってきた依頼の内容は、ダートムーアの名家バスカヴィル家に関するもの。

アクセントや立ち振る舞いがホムワトと異なる
当主が不可解な亡くなり方をしたため、アメリカに住むヘンリー・バスカヴィルが帰英し、家督を継ぐことになった。ただし、バスカヴィル家には”魔犬”に関する呪いの言い伝えがあり、先代も魔犬関連で亡くなった疑いが……。
ひとまずホームズは、ワトソンをヘンリーに同伴させ、自分は221Bで他の仕事をしながら待つことにする。
一方、SHERLOCKでシャーロックたちが依頼を得る朝は騒々しい。シャーロックは豚の返り血を浴びて(「ブラック・ピーター」が元ネタ)帰宅。
「タバコをよこせ!(7%強い…の台詞は「四つの署名」からの引用)」と大騒ぎ、そのうえ「うさぎのブルーベルが突然光りはじめ、いなくなってしまったの。探して!」という少女(注:苗字がステープルトン)の依頼にすらイライラ。
そこに幼い頃父親をデュワーズ窪地で亡くしたというヘンリー・ナイトが現れる。

ミスマープル「殺人は容易だ」の
メインキャストでもある
シャーロックが奇人すぎるので依頼をやめようかと迷うヘンリー。タイミング悪いしね。しかし、シャーロックは高速推理でヘンリーの列車旅を言い当てた。列車旅の推理は「まだらの紐」からの引用である。この推理を聞いて、ヘンリーは依頼を決心する。
ヘンリーは父が魔犬に襲われるのを目撃し、その時の記憶に苦しみながら生きてきた。だが、記憶を克服するために窪地を訪問。そこで大きな犬の足跡を見つけてしまう。ヘンリーの父はバスカヴィル研究所で動物の交配実験が行われていると主張しており、ヘンリーは父を襲った魔犬が今なおダートムーアに生息すると信じこんでいる。
そこまで好奇心が刺激されないのか、シャーロックはジョンに一人でダートムーアに向かうよう言う。しかし、なぜかその後自分同伴することに決める。ここの心の動きはまだよく分からない……。
ちなみにこの回は珍しくシャーロックとジョンが車移動する。しかもしっかりアウトドア仕様のランドローバーだ。誰の車なんだろう。お兄ちゃんには極秘だから、シャーロックがレンタルしたのだろうか。
グラナダ版ではダートムーアに向かう前に、ホームズとワトソンがホテルでヘンリーと顔合わせを行う。ヘンリーは短い滞在時間で二足も靴を盗まれ、怪文書(「荒野に近付くな」)を受け取っていた。原作の怪文書解読のシーン、新聞の切り貼りが面白いのにカットされていて残念。怪しげなヒゲの男に付き纏われる描写はあったものの、そこもサラッと流す感じ。
キャラクターの改変について
ホームズを怖がらせるモーティマー医師
グラナダ版のモーティマー医師は、原作よりややキャラが濃いかもしれない。猟銃を使いこなす描写はワイルドで本作で一番強そうだ。
初対面でホームズの頭蓋骨を褒めちぎり、「いずれ手に入れたい…」と囁いて怖がらせる。自分以外の人間に引くホームズ、初めて見た。設定は原作通りなのだが、人当たり良さそうなビジュアルでややサイコじみた雰囲気がものすごくいい。
一方、SHERLOCKのモーティマー医師は女性である。ヘンリーの専属カウンセラーのような立ち位置でなかなかの美人。ジョンが口説こうとするも失敗、無念である。ジョンは女性に結構振られる(ほとんどがシャーロックの邪魔が原因)が、そういえばワトソンは直接口説いたりはしないなあ。
執事のバリモアとバリモア少佐
バスカヴィル家に到着したワトソンを待ち受けていたのは、先代につかえていた執事のバリモア夫妻。

推理があるがグラナダではほぼなし
バリモア夫妻は先代の死でショックを受けているようだ。先に述べてしまうが、バリモア夫人の弟セルデンは刑務所に入っている殺人犯である。(セルデンについては後に詳しく触れます。)
SHERLOCKにおける「バリモア」はバスカヴィル研究所で出会うバリモア少佐。バリモア少佐は執事のバリモアに倣って顎ひげを生やしているが、軍人が顎ひげを蓄えるは原則禁止で、限定された階級の軍人のみ認められているらしい。
昆虫学者ステイプルトンは協力者に
原作の真犯人ステイプルトンは昆虫学者。荒野をふわふわ駆け回る奇人で、その道では名が通っているらしい。このステイプルトンが先代のバスカヴィル家の当主が遺した息子で、ヘンリーを亡き者にして家督を継ごうと狙っているわけだ。ヘンリーにロンドンで怪文書を送ったのはステイプルトンの妹ベリル。兄(というか実は妻だが)の企みを知って警告してくれていたのである。
一方、SHERLOCKに登場するステープルトンはラボの研究者だ。

シャーロックが冒頭でくだらない!と怒っていた「光るうさぎを探して」という依頼。この依頼の差出人がステープルトン博士の娘である。光るウサギのトリックは発光塗料で、これは原作でも魔犬の演出に使われている。
ステープルトン博士はシャーロックたちとヘンリーの記憶の断片として残る「HOUND」の謎解きを行う。HOUNDはかつてアメリカのインディアナ州リバティーで行われていたガス兵器開発計画で、H.O.U.N.Dはチームメンバーの頭文字です(ここはいつも一息)。その組織の筆頭が、次に書くフランクランドなのだ。
真犯人に格上げのフランクランド
原作のフランクランドは訴訟好きなおじさんである。道路の保有権を主張して通行料を毟り取るとか、いちゃもんを付けて利益を得ようとするタイプの迷惑人物。
昔からこういう人いるんだ…と思っていたが、グラナダ版のフランクランドは原作ほど悪印象ではない。豪快なおじさんという感じで、道の使用料云々も「酔って話を盛っただけでは?」とさえ思った。映像化で印象が変わるのは本当に不思議である。原作でも、フランクランドは本人よりその娘ローラの存在意義が大きいからこれでいいんだろうな。
そしてSHERLOCKのフランクランドは、ステイプルトンにかわって真犯人に格上げである。
お兄ちゃんの身分証でシャーロックがラボに潜り込んだ時、バリモア少佐に詰められていたところを逃がしてくれたのがラボの研究者フランクランドだ。携帯電話を「セルフォン」と呼んだことから「アメリカの方ですね?」とバレて、先述のHOUND計画の一員であることが明らかに。
英語におけるイギリス、アメリカそれぞれの表現の違いで犯人の背景がバレるというのは、原作の短篇「三人ガリデブ(「鋤」のスペルが異なるというネタ)」からの引用。
フランクランドはガス兵器開発に気付いたヘンリーの父殺害を企てる。そしてデュワーズ窪地にて、残酷にも幼いヘンリーの目の前で実行してしまったのだ。
フランクランドが幻覚ガスを散布したことと装着していたガスマスクと赤いライトから、幼いヘンリーは「黒いボディに赤い目の巨大犬に襲われた」と認識してしまった、というのがオチ。
脱獄囚セルデンとUMQRA
SHERLOCKでシャーロックと喧嘩したジョンが荒野で見つけたヘッドライトの点滅。「モールス信号だ…!」とすぐに気付いたジョンは、解読を試みて内容を「UMQRA」だと結論づける。しかしこちらは空振り。
グラナダ版のライト点滅は、原作の通り脱獄囚セルデンに向けたもの。バリモア夫妻が夜な夜な行って、セルデンの逃亡を助けていたのである。
グラナダ版のセルデンはおでこに傷跡があることと、「もはや弟は赤ん坊のよう」だと夫人が言うことから受刑中にロボトミー手術を受けた?と思ったのだが、この治療法が確立したのは1930年。
よってセルデンを「無害」と裏付る証左はない。結果として原作もグラナダも、セルデンは魔犬に襲われて亡くなっているのだが、見逃すのには説得力に欠けるような……。
グラナダ版と現代版のラスト比較
結末の比較の前に……
現代版にはなかったヘンリーとホームズ、ワトソンそれぞれの関係から見える二人の人物像について。
ワトソンとホームズ、それぞれのヘンリーへの接し方
ホームズがなかなかダートムーアに来てくれないため(実は来てはいるのだが)、ワトソンはヘンリーのボディーガードとして孤軍奮闘する。
ワトソンがホームズ以外の人間と関係を深める描写を珍しく感じた。グラナダ版のワトソンは女性に対しては「美しい」とか「聡明だ」とポジティブは評価をすることが多いが、男性に思い入れがある描写がとても少ない。落ち着いたフラットなワトソン像だからだろうか。
一方、ホームズは魔犬に飛び掛かられたヘンリーを救い、まずは抱きしめて「勇敢でしたよ」と声を掛ける。

ここ、すごくホームズらしいなと思った。このシーンの直前に、ホームズはやむなく魔犬を射殺する。ジェレミーの顔つきはとても険しく辛そうだ。
ホームズは動物に優しい。冒頭のモーティマー医師の来訪時にも、ジェレミーはセリフを言いながら犬の頭を撫でていた。人間の都合で殺人の道具にされた犬に対し、ホームズはきっと心を痛めているはず。こうやってホームズは、正義を貫きながら犯人の悪意に何度も触れるんだ。きっと沢山傷ついているはずなのに、優しくあろうとする姿に感動する。
グラナダ版の最後のシーンは気分転換に出かけるホームズとワトソンの姿。原作でもホームズは音楽が大好きで、事件の合間にも音楽鑑賞をねじ込み気分を切り替えようとする。ホームズなりのセルフケアである。こういった描写があることで、ホームズが超人ではなく傷付きやすい普通の人の心を持った人物だと親しみが湧く。
救いのない天罰が下る
グラナダ版の犯人ステイプルトンは、沼に嵌って死んでしまう。一方、SHERLOCKの犯人フランクランドは自分が設置した地雷を踏み抜く。
どちらもまるで天罰のようなラスト描写だ。「まだらの紐」でも、犯人自らが放った暴力が跳ね返り、命を落とす描写がある。明確な悪意には救いのない天罰が下る。シャーロック・ホームズ作品らしいラストだと思った。
おまけ「大好きなワトソンに手料理を食べさせたいホームズ」と「何かを飲ませたいシャーロック」
シチューを食べて欲しいホームズと、コーヒーを飲んで欲しいシャーロックがかわいい。
前者はグラナダ版。荒野で潜伏するホームズの隠れ家にワトソンが到着する場面で、ホームズは鍋に作り置いたシチューを温めて振る舞おうとする。しかしワトソンは「ひどい食事だな」の一言だけで、口をつけてくれない……ちょっぴり寂しそうなホームズ。でも確かにあまり美味しくはなさそうだ。
後者はSHERLOCK。ジョンに何らかの薬品(この時点では不明)を飲ませるため、シャーロックがコーヒーを淹れる。しかもタイミングとしては「仲直りの印」である。うるうるした瞳でコーヒーを差し出すシャーロック。傷つけまいと断れないジョン。「SHERLOCKはやっぱり最高だな!」という翻案だ。

